妖精の襲来
私はご機嫌だった。
今日、初めての料理部で作った、マフィンがとても美味く出来たのだ。
…と言っても、別にあげたい人とかはいないんだけどさ。
良いんだ、私一人で食べるから♪ これで暫くお菓子には困らない。
クラブ終わって、下校時刻のチャイム音が響く。
私は片付けを終えて、下駄箱に向かう。
ぐ〜きゅるる…
『何?…この音??』
紫頭の大男が途中で座り込んでいた。
こいつは…紫原敦!?
私は、嫌な予感がして、一歩後退った。
紫原君は振り返って私を見た。
「なんか良い匂いがする〜」
へっ!?
彼は立ち上がった。
「ねー、何か食べるもん持ってない〜?…君、甘い匂いがするんだけどー…」
180cm以上ある大男は威圧感ある。
『えっ!?あ、いや…』
ぐーきゅるるる……
「お腹空いたー…」
へたりと、また座り込んだ。
うーん…なんか…そのままにしておくのは可哀想な気がする…
私は、鞄から出来立てのマフィンを取り出す。
途端に、紫原君の眼が輝きだす。…現金なヤツ。
『…はい』
「ありがとー♪」
彼はそのままそこで袋から取り出して、もっきゅもっきゅと食べだした。
…どんだけ腹減ってんだよ?
私は、その様に半ば呆れながら、靴を履き替えて校庭に出る。
彼は、私の後をついて来た。
「ねー、まだあるんでしょ〜?さっきの、もっとちょーだい?」
『ちょーだいってね…アンタ』
確かに、作ったのは後3つだけある。
幾つ食べたら気が済むんだ?
結局、私は数十メートル進む毎に強請られて、一個ずつやってしまった。
パンを落としたヘンゼルとグレーテルかっつーの!…こっちは残らないのを承知してるのが違うけどな!
しかし、これは私の災難の序章にしか過ぎなかった。
※※※
私は今中学一年で、紫原君とはクラスは違う。
帝光中学校はマンモス校なので、クラスの異なる特定の生徒には、そう何度も出くわす事は稀だ。
しかし…
「あ、見ー付けた〜!お菓子ちょーだい!!」
『いっっ!?』
この紫頭にお菓子をやって以来、私は校内で、しょっちゅうこの男に出くわしていた。何故だ。
しかも、料理部でお菓子を作った日に限って、エンカウント率は劇的に跳ね上がる。
この男は、お菓子センサーでも付いているのか!?
※※※
-紫原side-
体育館
がさごそ…
バスケ部の休憩時間、俺は彼女から貰ったクッキーを、袋から取り出してポリポリと食べていた。
本当に、あの子の作るお菓子ってば美味しい。
市販のより、こっちの方が絶対美味しい。
「おっ、紫原、お前美味そうなもん食ってんな!!」
峰ちんが、横から一個持ってった。
俺はむっとして抗議した。
「峰ちん、取らないでよー」
「あっ美味えな、これ!!どこで買ったんだよ!?」
「買ったんじゃないしー。貰ったんだしー」
「貰ったって、誰からだよ!?…お前のファンか!?」
俺は首を傾げた。
あれ…そう言えば、あの子の名前って……?
「ファンじゃないけど、名前知らないー」
峰ちんが訝しげに俺を見る。
「…何だお前? 名前も知らないヤツから菓子貰ってんのかよ!?大丈夫なのか?それ」
「……名前、知らなくても顔は知ってるしー」
名前…今度聞いておこうっと。
クッキーを食べてる俺を見たミドチンが顔を顰めている。…いつもの事だけど。
「紫原!お菓子ばかり多量に食べるのは、身体に良くないのだよ!!」
「けど、ミドチン〜、これは手作りだから、添加物とかは入ってないよー」
「…!?手作りだと!?…俺が言っているのはだな、糖質と脂質の摂り過ぎ、と言う事でもあるのだよ!!」
そこへ峰ちんも加わる。
「へぇ。これ、手作りなのか…作ったの誰だよ、教えろよ!!」
と、また一個持ってった。もぉ〜止めてよ!
「だーかーらー、顔しか知らないって言ってんじゃん!」
俺はクッキーの袋を、峰ちんから遠ざけた。
「…もしかして、クラスも知らないのか?」
ミドチンも不思議そうな顔をしてる。
「うん。でも別にクラス知らなくても問題はないでしょ。匂いで分かるしー」
「に…匂いだと!?」
「あの子、甘い匂いがするのー。特にお菓子を作った日は〜」
ミドチンは眼鏡を上げながら、呆れた様に呟いた。
「……全く、動物並に鼻が利くヤツなのだよ…!」
「むっくーん」さっちんが来た。
「手作りが良いなら、私が作って来ようか!?」
「えっ……!?」
俺はクッキーの袋を落としそうになった。
峰ちんは、そんな俺を見て苦笑する。
「あー、さつき、お前は止めとけ。紫原を病院送りにする気か?」
峰ちんの援護射撃に感謝!
「うーん。俺も、さっちんのは…ちょっと無理〜」
「ちょっと!!青峰君だけじゃなくて、むっくんまで!?酷いっっ!!」
だってさー、以前さっちんの作ったクッキー見たけど、真っ黒で…貰ったヤツが歯欠けさせてたんだもん。
怖くて食べられないよ〜
※※※
-名前side-
最近、紫原君に頓にお菓子を強奪される率が増えている…
なんか…エンカウント率も増えてる様な…
だって、今は別にお菓子も持っていないのに、ほら。
廊下歩いていただけで、出くわすし!?
「あっ、いた〜!」
うわ見付かった!!?
私はクルリと180度回転すると、ダッシュした。
取られる物持ってないのに、もう条件反射で逃げたくなるっつーか。
大体、私はこいつのお菓子係ではないのだよ!!
「待ってよ〜!」
誰が待つか!!!捻り潰されちゃ堪らない。
私は全速力で走った。…が、階段のホールに差し掛かった所で、黒い影が風を起こして私の横を通り過ぎる。
私は急停止した。
紫原君は、キキキー!!と擬音がしそうな勢いで足を止め、そのまま私の前に素早く回り込む。
『ひいっっ!?』
「だーかーら〜待ってってばー」
私はその勢いに圧倒された。
バランスを崩し、すぐ横にある下り階段に足を滑らす。
『あっ!?』
落ちる!!!
私は次に来る衝撃と痛みに備えて、目を固く瞑った。
衝撃は来なかった。
ぽすっ
軽い音がして、身体の前面が、柔らかいものに軽くぶつかった感触がしただけ。
恐る恐る目を開けたら、私は両腕を捕まれて、紫原君の身体に引き寄せられていた。
あの距離から、一瞬で動いて私を捕まえたのか。
巨体に似合わず、恐るべき素早さである。
『わっ、私はお菓子なんか持ってないんだからねっっ!!?』
紫原君は、むっとした顔をした。
「お菓子じゃないしー…名前、訊きたいだけだしー」
は…?名前…???
『…お菓子……じゃないの?』
「そりゃ、お菓子は欲しーけどー…それより、なーまーえー!教えてよ〜」
『…あれ?…名前って、知らなかったっけ??』
私は首を傾げた。
そー言えば。
自己紹介はしてなかった様な…私の方は普通に知ってたから、うっかりしてた。
…でも待てよ?
それこそ名前なんか教えたら、更にエンカウント率が増えるんじゃ…???
言い淀んでいた私を、紫原君はぎろりと睨んだ。
「…教えてくれなきゃ、捻り潰すよ?」
とんでもない脅し文句に負けて、名前を教えてしまった…
「ん〜苗字名前ね〜…なら、綽名ちんだねー」
だからって、何で頭撫でるの…?
巨大なお菓子好き妖精に、ロックオンされました。