フラクタルの行方
(一年・時期は1月〜2月)
「苗字さん」
私は黒子君に呼ばれて振り返った。
「苗字さんは今年の春の三科展入賞したのですよね?」
『あれ…黒子君、よく知ってるね!?』
「知り合いから聞きました。…苗字さんが、そんなに絵が上手だったとは知りませんでした」
はは…まぁ、元の私は絵のプロだからなぁ。
でも、油絵で入賞するとは思ってなかったから自分でも吃驚だ。
『ああ、うん。正直、自分でも吃驚したよ』
「それで、お願いがあるのですが…」
『何?』
「図書委員からのお願いなのですが、今度新しく入る本の紹介ポスターをお願いしたいのです」
『…へえ。何か面白そうだね!それで、今度はどんな本が入るの!?』
私が引き受けたのは、地中海の海戦史と生物の理論の本。
両方とも面白そう。
何よりも一番の役得…私がこれがあるから引き受けたと言ってもいい理由は、その新刊が真っ先に読めると言う事。
両方ともタイトルの割りには固くはない内容で、解釈や見方が面白いので、私はあっという間に読んでしまった。
「文芸系の本ではないのですが…」
黒子君は残念そうに言う。
『でも私は、むしろ歴史とか理科系や雑学系の本が好きだから、丁度いいよ』
「内容はお任せします」
そー言えば、私がトリップする前に描いていたイラストって、細部は異なるものの、正しく海戦のシーンだった。
ふと、私も忘れかけていた前世の事を思い出す。
間もなく、図書室の外の掲示板には、私の描いたポスターが二枚貼られた。
※※※
黒子side
「黒子」
僕は図書室の外の廊下で、緑間君に声をかけられた。
「…何ですか?緑間君」
「この生物のポスターを描いたのは誰なのだよ?」
「僕と同じクラスの苗字名前さんです」
緑間君は、眼鏡を直しながら唸る。
「…あの、三科展に油絵で入賞したヤツだな」
「この、海戦の絵…凄い迫力ですよね」
「確かに…それの絵にも驚いたが、それよりも俺が気になるのは、こっちの方なのだよ」
「生物の…?そっちは綺麗ではありますが、不思議な絵だとしか」
「これは、フラクタルを応用したデザインなのだよ! 自然界にはよく見られる図形でな…図形全体の相似形が図形の一部に含まれる…」
「……すいません。…よく分かりません」
「黒子〜〜〜っっっ!!!…とにかく、この本を借りたいのだよ!!」
「…分かりました。なら、手続きを取るのでカウンターへ来てください」
※※※
それから数日後
名前side
教室にて、私は黒子君に話しかけられた。
「苗字さん。あのポスターの事なんですけど…」
『ポスターがどうかしたの?黒子君』
「緑間君が、苗字さんの描いた生物の本のポスターが欲しいそうなんです」
『へえ…何で? もしかして、明日の蟹座のラッキーアイテムとか?』
「よく分かりましたね。その通りです」
…マジか?
「明日のラッキーアイテムは、手描きのポスターなんだそうです。…それで」
『あげるのは別に構わないけど、あれはまだ暫く貼り出しておくものでしょ?』
「ラッキーアイテムは明日一日必要なものらしいですけど、そのまま貸し出す訳にはいきませんよね…」
『なら、カラーコピーをポスターの代わりに貼っておくのはどうかな?』
「いい考えですね。それで行きましょう。僕はコピーして来ます」
次の日
私はテレビを点けて、おは朝にチャンネルを合わせた。
「…今日の蟹座のラッキーアイテムはラジオペンチ!…」
はれ??
私は首を傾げた。
あの緑間君が、ラッキーアイテムを間違うなんて事があるのだろうか?
何かがおかしい。
私は教室で黒子君に疑問をぶつける。
『ねえ、黒子君。今朝のおは朝チェックしたら、蟹座のラッキーアイテムはラジオペンチなんだけど…?』
黒子君は首を傾げた。
「ラジオペンチ…?そう言えば、今朝の朝練で緑間君はペンチを持っていましたね」
『…って事は、彼も今日のラッキーアイテムがポスターじゃなくて、ペンチなのは承知していたんだね? 間違えたんじゃなく?』
黒子君は暫く考え込んだ末に一人頷いた。
「……そう言う事でしたか…」
『は?』
「ああ、いえ…すみません。この件は、僕が確かめて来ますので、苗字さんは口外しないでもらえませんか?」
『う…うん。別に私は不都合はないから構わないけど。…ただ不思議に思っただけだから』
※※※
黒子side
僕は、一軍の更衣室で緑間君に尋ねた。
「なぜ嘘を吐いてまで、苗字さんのポスターが欲しかったんですか?」
「…黒子…!なぜ分かったのだよ?」
「質問に質問で返さないでください」
僕が軽く睨みつけると、緑間君は溜息を吐き、眼鏡のブリッジを上げた。
「単純な答えだ。…あのポスターが気に入ったのだよ。でも、あれは図書室の備品だ。その理由では通らないと思ったのだよ」
「ラッキーアイテムなだけなら、明日になったら返してくれるつもりだったんですか?」
「それは……返すつもりなのだよ。本当はずっと持っていたかったが、それはポスターの役割上、無理なのは分かっているからな」
「…そうですか…なら、苗字さんにそれを伝えていいですか?」
「…本当は、それは俺が直接伝えるべき事なんだろうな」
緑間君は、ほんのり顔を赤らめていた。
…これは、どういう事なんでしょうか?……まさか…?
僕は、頭を走った想像を振り払った。
「どうしますか?」
「黒子に任せるのだよ…苗字に嘘を吐いてすまなかった、と伝えといてくれ。ポスターは明日持って来る」
※※※
名前side
「…と言う訳です」
黒子君は淡々と事の顛末を教えてくれた。
『そ、そうなんだ?』
私は目が点になった。
でも、頼まれたポスターとは言え、欲しいと言ってまで評価してくれる人がいたのが嬉しかった。
それがツンデレの緑間君だなんて。
「苗字さん、顔が赤いですよ?」
『えー…言わないでよー…だって、緑間君に"欲しい"とまで言って貰えるなんて、嬉しかったんだもん♪』
「その言い方は、誤解を招きますから止めてください」
私は、黒子君に頭を軽くチョップされた。痛い。
「それで…あのポスターの展示期間が終わったら、緑間君に差し上げていいのですか?」
『自分で引き取るか、図書室の隅で埃被るかでしょ?…なら、欲しい人に譲るよ。緑間君なら、大切に扱ってくれそうだしね!』
※※※
後日、図書室の廊下を通りがかった私は、掲示板を見て、盛大にすっ転びそうになった。
危うく踏み止まって独り言ちる。
『…なんで、掲示板のポスターが額縁に入っているの…?』
しかも、生物の本のポスターの額縁には、[予約済みなのだよ・緑間]と書いてあるラベルまで貼ってある…!?
私は額を押さえて、ある記憶に思い当たる。
…そう言えば、美術部の連中が緑間君に頼まれて、額縁を二つ貸し出したとか何とか言ってた様な…w
これは美術品じゃないんだけどなー…
自分の描いた文字入りポスターが、アンティーク風のレリーフが施された金の額縁に入って、掲示板にかかっているwww
あまりのシュールさに、私は一人で身体を震わせて笑っていた。
緑間君って…本当に面白い人だなー。
…今度からオチ対象にしてやろ、なんて思いながら。