灰色と危険な放課後
放課後
私は、拾った小銭入れの事を思い出していた。
図書室の声って…もしかしてこれの持ち主だろうか?
でも、それにしては、この可愛いハート型の刺繍入りの小銭入れは、その声の主にあまりにも似つかわしく無い物だった。
あれは、どう聞いても男子生徒。
このハート型のは、男子が持つには些かファンシー過ぎる。
蟹座のラッキーナンバー…ねぇ。それに、あの特徴のある話し方…まさか…?
『…でも、確証がないからなぁ。職員室にでも預けて置くか』
それなら、出来るだけ早い方がいい。
私は、職員室に急いだ。
だがその時。
「やぁっと、見付けたよ」
今、一番聞きたくない声が聞こえた。
私は恐る恐る振り向いたら、ククク…と嫌な感じの含み笑いを漏らす灰崎君がいた。
じわりと嫌な汗が背中に滲む。
私はくるりと回れ右をした。
「待て!!」
私は階段を駆け下りた。
彼も当然、追いかけて来る。
やばい、すぐに追いつかれる!!
そうしたら。
ぐわらんぐわらん
と、盛大な音を立てて、空のバケツが転がって来た。
しかし灰崎君は「こんなもんに引っかかるかよ!」
と言いながら、軽く飛び越えて足下を転がり落ちるバケツを避けた。
さすがの運動神経だ。
(バケツは幸いにして、私の足下は逸れて踊場の壁にぶつかって止まった)
でも、着地点が悪かった。
濡れた雑巾がそこに落ちていたのだ。
「うわっっ!?」
彼はそのまま足を踏み外した。
が、手すりに捕まって最悪落ちる事は免れた。
私は校舎を走り出て、グランドに入った。
相変わらず灰崎君は追いかけて来る。
もう、本当にしつこい!
私は校舎脇を走った。
今までのラッキーがこれ以上続くとは思えない。でも、どうしたら?
虹村先輩と赤司君。
取りあえず彼等を探すか。
バスケ部一軍の体育館にでも行けばいるのかな?
後ろを見た。
彼がすぐ迫って来ている。
これでは捕まってしまう!と、思った直後。
ばふっっ!!
灰崎君の頭に直撃した物が、白い粉を飛び散らせた。
地面に落ちた物は黒板消し。
どうやら今度も、まだまだ王子様はご健在のようだ。
上から暢気な声が降って来た。
「あー、わりーわりーwww黒板消し叩いてたら手が滑ったわー…って、灰崎? 何をやっているんだ〜?」
2階から顔を出している…あれは青峰君!?
「てっめー…!ダイキっっ!!!」
ガングロ王子に感謝!!
私は再び走って逃げる。
「待てっっ!!」
「ったく…女のケツなんか追っかけてないで、練習に出ろよな!?いー加減にしないと、スタメン外されっぞー!」
そんな声に送られながら、私は逃げ続けた。
でもまた、すぐに追いつかれそうになる。
早く校舎に入らなきゃ…!
私は別の入口を目指す。
ぐにっっ!
ドシャァッッ!!!
灰崎君は、グランド端に転がっている野球のボールを踏んで、盛大にライン引きに突っ込む。
おお!それにしても良い位置にあるな、ボールとライン引きのコンビネーション。GJ!!
黒板消しのチョークの粉と言い、今度は粉もんで行くと決めたのかね?
灰崎君は、今度は頭から石灰を被って咳き込んでいる。
さっきの黒板消しとは比べ物にならない粉の量である。
…これは、私の運が良いのか…はたまたは、灰崎君の運が悪いのか…
やはり日頃の行いの差なのだろうか?
さり気なく厚かましい事を考えながら、私は校舎の中に入った。
今度は逆に階段を走り上る。
そろそろ息が上がって来た。いよいよヤバいかも…
※※※
4階まで上った。
でも彼は、もうすぐ後ろに迫っている。
救い手はまだ現れない。
私は、開いた廊下の窓を乗り越えて外に出た。
そこは、下の階の渡り廊下の屋根の上。勿論、手すりなんて物はない。
灰崎君も、窓を乗り越えて来た。
絶体絶命か…!?
灰崎君は、ニヤリと笑った。
まるで獲物をいたぶる肉食獣の目をして。
「…どうする…?もう先は無いぜ?」
追い詰められた私は、チラリと下を見る。
そして、スカートを押さえて、思い切って飛び降りた。
「わっ!?」
バィーン、ガシャン!
私は跳ねた。
少しずつ跳躍が小さくなってくる。
下には、丁度トランポリンが運ばれている最中だった。
私が落下して、その衝撃に驚いた体操部の部員達が、手を放して地面に落としたのだ。
戸惑う部員達に、『すみません』と謝ってから、私は再び逃走を開始する。
バスケ部一軍の体育館に行けば、赤司君とかいるかもしれない。
そして。
「うわーーーーっっっっ!!!」
ザザザザーーー!
辺りに叫び声と異音が響いた。
何かと驚いて後を振り返る。
『…?』
別に異常はない。
部員達は再びトランポリンを運び出して、トランポリンの位置は全く変わってしまっている。そして、地面には何も…何も???
異変は、そこに生えていたケヤキの大樹にあった。
枝の高い場所に、灰崎君がしがみ付いていた。
私は、そんな彼を放置しておいて、職員室に落し物の小銭入れを届けた。
※※※
-灰崎side-
俺は、あいつを追いかけて、とうとう追い詰めたと思った。
ところが、あの女は、この4階相当の屋根から飛び降りやがった。
下には、トランポリンを運んでるヤツ等が通りがかっていたらしい。
俺も、流石に度肝を抜かれて、一瞬、唖然とした。
一見、大人しそうな顔をしてるくせに、とんだじゃじゃ馬だ。
俺も、当然続けて飛び降りた…筈だったのだが、そこにはトランポリンは無かった。
俺は慌ててそこの欅の枝に捕まったから、地面に激突するのは免れた。
が、そこの樹は高くて、俺は下りられなくなってしまった。
そこを通りがかったヤツに声をかける。
「おいっっ!助けろ!!」
だが、俺は声をかけた途端に後悔した。
よりによって、そいつは黄瀬涼太だった。
「…ちっ!リョータかよ」
ヤツは面白そうに俺を見上げている。
「灰崎クン…木登り楽しそうっスね?でも、そろそろ行かないと、部活間に合わないっスよ?」
俺は屈辱に、はらわたが煮えくり返っていたが、ぐっと堪える。
「…お前じゃ埒が明かねぇ。誰か…部の他のヤツを連れて来い」
「……それが、人にモノを頼む態度っスかねー?…でも、いいっスよ。他でもない灰崎クンの頼みなら、引き受けてあげるっスw」
涼太は去って行った。
そして暫くして。
ヤツはバスケ部スタメン全員連れてきやがった!!!(怒)
「黄瀬が灰色猿と言ってたのはこの事か。…全く。灰崎は何を遊んでいるのだよ?」
「ね〜崎ちん、木登り面白そうだねー??」
「女のケツ追っかけてたかと思えば、今度は木登り…一体何がしたいんだ?おめー…?」
「灰崎君、大丈夫ですか?…登って降りられなくなるとか、どこの子猫ですか?」
「灰崎…練習サボって木登りとは、いい度胸だね?…罰として、しばらくそこにいるといい」
「灰崎ィ…いい加減にしないと、〆るぞゴルァ!」
何で、俺が見世物みたいにされているんだ!?
それと言うのも、あのアマに関わったのが発端だ。
俺にとって、あの女は疫病神なのだろう。
俺は、あの女には二度と関わるまい、と心に決めた。
※※※
「緑間君、ラッキーアイテムは見付かったのですか?良かったですね」
「ああ…誰かが職員室に届けてくれたみたいなのだよ」
「確か…ハート型の小銭入れ…でしたよね」
「中の666円もそのままだったのだよ。蟹座にとっては強力な守りの効果があるのだよ。…これで、安心して練習に専念できるな」