帝光編


デビュタント未満


私は帰途を急いでいた。
今日は両親から、パーティーに出るから早く帰る様に、と言われていた。

正直…親の仕事関係のパーティなんて、面倒なんで出たくない。
でも、家族としての体裁もあるものだから、こればかりは仕方ない。

帰宅して、私は急いで着替えて、薄くお化粧した。
この日の為に誂えた薄いピンクのパーティードレス。

私は両親と一緒に車に乗り込む。

その時、私は今日が貸し出し期限の本も一緒に持って行った。
そして、親に図書館に寄ってくれる様にお願いした。
まだ、時間は十分に余裕があるので、10分以内に戻る事を条件に、図書館に寄ってくれる事になった。

※※※

図書館は静かだった。
ふと、奥の机に視線が吸い寄せられた。
そこには緑色の髪の人が座って本を読んでいた。
…あれは緑間君か。

私は急いで本を返却し、続きの本を借りようと本棚に目を彷徨わせた。
そしてチラリと奥の方を見たら、緑間君はいなくなっていた。

その時、窓から射した光が何かに反射して、私の目を射る。
私は目を細めた。

『……?』

その場に行ってみたら、折り畳みの簡易版の将棋盤が置かれていた。
その他に荷物は無い。
…そう言えば、今日の蟹座のラッキーアイテムは将棋盤だったな、と思いつつ、それを手に取った。

忘れ物だろうか。
他に荷物が無い所を見ると、緑間君は帰ったのだろうか?
さっきいたから、図書館を出たら捕まえられるかもしれない。

私は、将棋盤を持って図書館を出た。
でも、緑間君はいなかった。

私はカウンターに忘れ物を預けようと踵を返しかけたが、両親に「時間が迫っている」とせかされて、仕方なくそれを持ったまま車に乗り込んだ。

※※※

パーティ会場は、一流ホテルの中にあった。

父母は、私に赤司さんが来てる事を告げた。
丁度いい。
赤司君がもし来ていたら、将棋盤を預けて緑間君に返して貰おう。
私は赤司君を探す事にした。


ホテルのパーティ会場は広かった。
どうやら政財界の大物も来ているらしい。
「だから名前、あまり一人でうろついてたりして、失礼のない様に」と、親に釘を刺された。

気持ちは分かるけど、もう少し他に言い様は無いのだろうか?
『…大丈夫だよ。気を付けるし』と、両親に返す。
今日の私はおまけみたいなものだし、用が済んだら大人しくしてるつもりだ。

パーティ会場は、吹き抜けになっていて、階上から階下が見渡せる構造になっている。
私は手っ取り早く探す為に、上から入って会場を覗き込んだ。


…いた!


お目当ての赤頭は、すぐに見付かった。

丁度階段の下にいる彼に駆け寄ろうとしたが、ふと目にした光景に思わず足を止めた。

赤司君は、どこぞの美しいご令嬢と話をしていた。
正確には、主に話をしているのは、一緒にいる年配の女性で、お嬢様は淑やかに相槌を打ったり微笑んだりしている。

『うわー…もしかして、お取込み中か』
私はこっそり呟いた。
下手に声をかけたりしたら、彼女達に一生恨まれそうである。

しょうがない。…話が終わるまで待つか。別に急がないし。
私は、少し離れた階段の上で、様子を見つつ待つ事にした。

※※※

-赤司side-

…はぁ。困ったな。
僕は内心で溜息を吐いた。

父に連れられて、パーティに出たは良いが、さっきから赤司家と縁を繋げたい人…
主に女性達が引きも切らない。

「うちの娘も征十郎様に憧れてまして、是非お付き合いしたいと、いつも申しておりますのよ」
僕は、当りさわりの無い笑顔を浮かべて見せた。
「身に余る光栄ですが、こればかりは僕の一存で決めかねるお話ですので…」
「そうですわね、赤司様ともなれば、ことお家の事情もおありでしょうし。でも、娘は征十郎様をお慕い申し上げておりますの。
娘の幸せを願うのが、世の常の親心ですから…友人からでもよろしいのですわ。是非ご一考くださいまし」

…やれやれ。
娘の幸せの為、と言いつつ、赤司家の影響力や財産目当てなのがあからさまだ。
さっきからこんなのばかり。
上辺だけ上品に取り繕っているが、腹の中は欲望で真っ黒に渦巻いている。

ふと、視線を感じた僕は、上を見上げた。
薄いピンクのドレスを纏った、見覚えのある少女が目に入った。
「…苗字…?」

※※※

-名前side-

私はぼうっと階下の赤司君と令嬢達を眺めていた。
そうしたら、突然赤司君が上を見て、私を視線で射抜いた。
『…えっ!?』

私はぎょっとして、降りかけた階段から足を戻そうとした。
しかし、私は見事に足を踏み外した。

やばっ…!!!
私は手摺を掴もうと手を伸ばした。
しかし、その手は空を掴み、身体は宙を舞った。

落ちている時はスローモーションがかかったみたいに、周りの状況が手に取る様に把握出来た。
人は危機の時は、一瞬の内に走馬灯の様に色々と頭に浮かぶと言うが、本当の事なのかもしれない。

「女の子が階段から落ちたぞ!!」
周りで私に気付いた人々は悲鳴を上げた。
驚いた顔、茫然としている人々。

私が落ちる時に手放してしまった将棋盤が、開いて駒が散らばっていく。

その中で、鮮やかな赤色だけが私の視界を染めていた。

ドサッ!

私が衝撃と痛みを覚悟して目を閉じたが、予想に反して、私は温かな腕に抱き上げられていた。

恐る恐る目を開くと、そこには真っ赤な髪と赤と金のオッドアイが私の視界を占めていた。
『……赤司君』
「苗字、大丈夫か?」
「…うん。助けてくれて、ありがとう」

赤司君は、そんなに身体は大きくはない。
キセキの中では、黒子君は別として、一番小柄と言っても良い。
しかし、私を支える腕は意外と安定感があって、しっかりしていた。

「あの…征十郎様」
先程まで話していた令嬢と母親に、赤司君は如才ない微笑みを浮かべた。
「ああ、すみません。お話の途中ですが、この様な状態ですので失礼します。では、また後ほど」

何このあしらい方。…本当に中学生かよ。

『ご、ごめんね?…お話している最中に。…もう、下ろしてくれて大丈夫だから』
私の小声の謝罪に、赤司君は不敵な笑みを浮かべた。
…何かイヤな予感がする。

「苗字、助けられて僕に感謝しているなら、少しは時間潰しに付き合ってくれても良いだろう?」
『じ、時間潰しって。…あの、それよりも赤司君と話したい人達が、まだ沢山いるみたいだけどいいの?
私は、散らばった駒を集めないといけないし』

赤司君はそれに目をやった後、興味深げに私に聞いてきた。
「苗字は、将棋をやるのか?」
『いや…全然知らないし。これは緑間君の忘れ物だよ。赤司君に預けて返して貰おうと持って来たんだけど』
「…君は、僕を真太郎へのパシリにするつもりかい?いい度胸だね」

ひいっ!!!滅相もないですっっ!!!

赤司君の尤もな指摘に、私は血の気が引いた。
『そ、そんなつもりじゃ…!!確実だと考えただけだからっ!!ごめん、私が直接返すね!』
「別に構わないよ。君が今、僕の防波堤になってくれるならね」

赤司君は、ホテルの人に、将棋盤の駒を一つ残らず拾い集める様に依頼した後、そのまま私をお姫様抱っこして、パーティ会場を後にした。 
私は赤司君に、ときめくどころではなかった。心臓が止まりそうだ。
しかも、超注目されちゃっているんですけど!?

私が連れて行かれたのは、会場に近いホテルの一室だった。
私は途中で下してくれとお願いしたが、赤司君は万一見られた時に、パーティを抜ける大義名分が無くなってしまうと承知しなかった。

そして、私は結局、ずっとお姫様抱っこされて目的の部屋まで運ばれた。
もう、生きた心地がしないよ。
…両親が知ったら、きっと大喜びするんだろうなぁ。誤解だけど。


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