赤色の世界
『ここは…?』
「休憩室だ。」
休憩室には、私達だけしかいなかった。
赤司君が私をソファに横たえた後、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。落し物を届けに参りました」
ホテルの従業員が将棋盤を持って来た。
「ご苦労様。あと、ジュースとサンドイッチを二人分持って来てくれ。それと僕と彼女がここにいる事は他言無用だ」
さすが。…命令し慣れているなぁ。
赤司君は私に向き直った。
「さてと。ここには時間潰しにもってこいの物があるね」
赤司君は、将棋盤を開いて駒を並べだした。
『ええっ!?』
待て待て待て待て待て!!!私と将棋する気か?
『私、全然将棋知らないって言ったよね?』
「なら覚えればいい。ルールから教えてあげるよ」
マジかよ。
それから私は赤司君から、ルールと駒の動かし方と囲い方、禁じ手等を、叩き込まれる事になった。
※※※
頭疲れた…
私はテーブルに突っ伏した。
「頭の疲れには、糖分の摂取が効くと言う。ケーキを持って来てくれる様に頼むかい?」
『ケーキ!?』私はがばっと頭を上げた。
いやいやいや…その前に。この人、私の頭の中を読まなかったか?
私の反応に彼は吹き出していた。…悪かったな、色気より食い気で。
「このホテルのケーキは美味しいよ。フランス帰りのパティシエが作っているからね。何なら全種類持って来て貰うかい?」
『流石に全種類は…w食べ切れないし太るし。…そうだな、イチゴのショートケーキかレアチーズケーキっぽいのがあれば欲しいかな?』
赤司君は、部屋にある内線を使って注文してくれた。
ホテルの人は、カートにケーキを全種類持って来てくれて、私はその中から一つ選んだ。
ホワイトチョコレートがコーティングしてあり、チーズムースが入って、ベリー系のコンポートが層を成している。
ついでに紅茶も追加して貰う。
そして、ケーキを食べながら続きを始めた。
今度は簡単な指し方から。
赤司君は「苗字は筋が良いな」と言いながら教えてくれた。
しかし、囲い取っても、色々な指し方があり、一筋縄ではいかない。…覚えきるのは大変そうだ。
結局、かなりの時間を将棋で過ごしてしまった。
私が、まだほんの初心者…にまでも行ってない、入口を覗いたに過ぎないのに、赤司君は妙に満足気だった。
「苗字の家に将棋盤はあるかい?」
『…家でやってる人いないから、無いと思うよ』
「…それは残念だね。忘れない為にも、是非復習して欲しい所なんだが。覚えたら僕と対戦してくれないだろうか?」
『私が多少覚えた所で、とても赤司君の相手には足りないでしょ?』
「君は筋がいい。僕は君の成長を見ていたいんだ」
ええ〜っ!?…本気かよ。
…家の両親、裕福だけど意外とお金の使い道に厳しいからなぁ。
でも、赤司君に教えてもらってるとか言えば、喜んで買う…どころか教室にも通わせかねないのが家の親だ。
変な期待はしないで欲しいんだけど。
彼も私も、お互いに恋愛感情なんて無いし。…無いから気楽に付き合えるんだろうし。
『…そうね。折角覚えたのを忘れるのも勿体無いし。将棋セットの購入考えてみるわ』
「楽しみにしてるよ」
『でも、私に期待するよりも、今現在なら、将棋部に行けば良いんじゃないの?』
「…将棋部は、僕に萎縮しているから面白くない。今は真太郎に相手して貰っているがな」
『……真太郎って、緑間君?』
赤司君は、何となく面白がっている様な表情を浮かべた。
「そう言えば…君は真太郎に会った事はあるのか?」
『んにゃ、無いね。見かけた事は何度もあるけど』
「へぇ…面白いね。関わりはあるのに、会った事は無いなんて」
『クラスも部活も委員も違うから、同学年でもそうそう会う機会は無いよね』
…それで言うなら、青峰君も黄瀬君も会った…とは言い難いよな、あれは。
私は遠い目をして、かつて関わった事件の数々を思い出した。
その時、私の携帯が鳴った。
『ちょっとごめんね』と、赤司君に断りを入れてから電話に出た。
携帯にかけて来たのは母だった。
《名前!!あなたどこにいるの!?勝手にうろついたりしないでって言ったでしょ!?》
『あー、ごめんね!今ちょっと…』と言いかけて、私は今の状態を知らせても良いのか躊躇った。
携帯のマイクの部分を手で塞ぎ、赤司君の方を見る。
『…母からなんだけど』
赤司君は落ち着き払って言った。
「僕が出よう」
私は、赤司君に電話を渡した。
「すみません。今、お嬢さんをお借りしてます。僕は同級生の赤司征十郎と言います。
…いいえ。僕の方から名前さんに声をかけまして…今、休憩室で一緒してます。はい、お待ちしております」
私は携帯を返して貰いながら怖々と聞く。
『…母は何て?』
「すぐに向かうって。相当慌てていたな。家の娘がご迷惑をって。僕から声をかけたって言ったから、大丈夫だとは思うが」
『……お気遣い、ありがとうございます』
大人しくしているつもりだったのに、階段から落ちて赤司君に抱えられて休憩室にお籠りした、
なんて真実知ったら…きっと大目玉食らうに違いない。
だからって、別にフラグなんか立てていないし。
…将棋教わるだけだから!断じてフラグじゃない!!!
私は首を左右に軽く振った。
そんな私を見て、赤司君が私の耳に口を寄せて囁いた。
「…どうしたの?」
『えっ!?いや…っ、状況を頭で整理していただけですっ!!』
フラグを必死で否定してたなんて言えるか。
「…君は、何かを隠そうとする時には、敬語になるね」
余計な分析は止めて。
それにしても近いぞ、この距離! 何で近寄られているんだ私?
私は席を立って、距離を取ろうとした。
『わっ!?』
テンパっていたので、足を縺れさせて転びそうになる。
尻餅を突きそうになる直前、腕を引っ張り上げられて支えられる。
赤司君はクスクス笑っていた。
「苗字、君は何をそんなに慌てているんだい?」
こっの〜!私をからかっているな!!?
私はムッとして軽く睨んだ。
彼は、そんな私を面白そうに見ている。
その時、ドアが開いて両親が顔を出した。
「名前!!」
「あ、赤司様、すみません。家の娘がご無礼を…」
「いいえ。こちらこそ充実した時間が過ごせました。では、僕はこれで失礼します」
赤司君は柔らかな笑みを湛えて、片付けた将棋盤を持って部屋から退出した。
私はホッと息を吐いた。
やっぱり、彼に対応している時は、無意識に緊張を強いられているらしい。
母は浮き浮きとして言った。
「名前は、征十郎様とあんなに仲が良かったとは知らなかったわ。何故教えてくれなかったの?」
『…別にそんなに仲は良くないと思うけど』
「何を言ってるの!?さっきまであんなにくっついていたじゃない!!?」
くっついて…だと!?
私は、あの時の赤司君の悪戯っ気たっぷりなオッドアイを思い出した。
あの…電話からの一連のは…もしかしてわざとか?
『………たく…冗談じゃないよ。両親が本気にするから、止めろっての…』
私は頭を抱えて溜息を吐いた。
※※※
-後日-
「赤司様の御子息って、意中の娘がいるのですってね?」と、母が残念そうに言った。
『…へぇ。そうなんだ?』
私は、将棋の本を睨み、将棋盤に駒を並べながら生返事をした。
両親に、赤司君から将棋を勧められた、と言ってみたら、案外あっさりと買ってくれた。
今度はソフトも買って貰うか…
「そうなのよ。…どうやら、パーティで階段から落ちた時に、御子息が助けたお嬢さんがその本命らしくてね」
…んんっ?
「その時に、抱っこして連れて行ったのが、かなり親密そうだったんですって」
……ちょっと待て。
私は動揺のあまり、駒をポロリと落としてしまった。
「名前、どんな方か見なかった?」
…それは貴女の目の前にいます。
なんて勿論言える筈も無く。
『…さあ…?』
とぼけながらも内心で、パーティの後まで弾除けにされてる事に愕然とした。
今更ながらも、赤司様をパシリに使った事の代償の大きさを思い知り、盛大に冷や汗をかいたのだった。