Dangerous★Valentine day
-紫原side-
…バスケ部に行く気がしないなー。
試合に出れば、別に来なくてもいいって、赤ちんも言ってたし。
でも、何かつまんないんだよねー…
ふと、甘い香りが微かに鼻腔を擽った。…これは、チョコレート?
「もしかして、綽名ちん?」
確か、クラスの女子が料理部でチョコ菓子を作るって言ってたっけ?
きっとそうだ!
「綽名ちんのお菓子が食べられる〜♪」
俺は、久しぶりにわくわくして、調理室に向かった。
途中、階段に差し掛かったら、峰ちんと出くわした。
「よー、紫原!」
「あ、峰ちん〜」
峰ちんは、怠そうに欠伸をしながら階段を降りてきた。
「屋上にいたのー?」
「おー。外はさみーな!紫原はどこに行くんだ?」
「…べっつにー。どこだっていいじゃん」
峰ちんは、綽名ちんのお菓子をいたく気に入っていたから、教えたらきっと俺の分が減っちゃう。
俺はしらばっくれた。
でも、峰ちんは、何故か俺の後を付いて歩いて来た。
「…峰ちん、何で後付いてくるのー?」
「あー?いいじゃんw…何か面白いもんがあるのかと思ってよ」
「面白いもんなんか、何もないよ!」
「えー?そうかぁ?でも、お前、何だか嬉しそうじゃん?」
何で分かるんだろ?
赤ちん辺りの言う所の「野生の勘」ってヤツかもしれない。
峰ちんは、鼻をひくひくさせた。
「おー、甘ったるい匂いがするな?チョコレートか!?紫原はこれが目当てか?」
峰ちんにばれてしまった。
俺は、無言で足を速めた。峰ちんも同じく足を速めて追い付いてくる。
次第に早歩きは駆け足になり、俺と峰ちんは廊下を競う様に走った。
「峰ちん、付いてこないでよ!!」
「俺の行く先に、お前が偶々いるんだよww」
俺達は調理室まで競走し、先を争う様に飛び込んだ。
※※※
調理室には、何人かの女子達が片付けをしていた。
でも、綽名ちんはいなかった。
「あ、紫原君!」「青峰君も!!」
女子達が黄色い歓声をあげた。皆、チョコケーキみたいなお菓子を持っている。
「ねぇ、ブラウニー作ったんだけど、紫原君、食べて?青峰君も…」
女の子達が、俺達にブラウニーをくれようとした。
でも俺はまず第一に、綽名ちんのお菓子を食べたい。
「ねー、綽名ちんのお菓子はどれ?」
「紫原、そいつは以前、クッキーを作ったヤツだろ?」
やっぱり峰ちん、覚えていたよ。
バスケと胃袋だけは、峰ちんの記憶力は抜群なんだな。
「綽名ちんって、苗字さん…?部長だよね?…確かこれだよ」
その中の女子が示したブラウニーを手に取り、俺は首を傾げた。
「…ホントにこれ?綽名ちんの??」
上手く言えないんだけど、何故だか違和感があった。
それなりに見栄え良く出来てはいるんだけど…匂いが違うって言うか。
「おー、これか?美味そうだな。俺にも寄越せ!」
「ちょっ…!!峰ちん、取らないでよー!!!」
俺達は、同時にブラウニーを頬張った。
※※※
-名前side-
私は、茫然と立ち尽くしていた。
…これは、一体どういう事態なんだろう?
私が席を外した僅かな時間に、何が起こったんだ?
私は、無人の調理室で途方に暮れていた。
いや…無人と言うのは正確ではない。
お菓子作りが終わって、他の部員や生徒達は帰宅していた。
粗方片付けも終わって、後は私の物と最終チェックの確認を残すだけとなっていた。
そして…今、私の足下には、紫原君と青峰君が倒れている。
彼等が手に持っていたのは…ブラウニーだった。
私の冷ましていた、桃井さんのとすり替えたケーキが減っていたのを見れば、何が起きたか一目瞭然だった。
『ぎ…犠牲者が出てしまった…?』
私は手を額に当てて、よろめいた。
帰ろうとしてた部員と偶々会った時、「紫原君と青峰君が来た」と言っていた。
それで騒ぎになっていないと言う事は…これは遅効性か。部員達が出てから倒れたのか? 恐ろしい…
『と、とにかく吐き出させないと!…って飲み込んでいて無理か?』
私は、屈んで彼等の頭を抱え、口の中を調べた。
『保健室に運ばないと…!それよりも胃洗浄なら救急車?…バスケ部にも報せないと…まだ練習してるかな?』
こんな大きな男子を、一人ずつでも私が運ぶのは無理がある。
誰か…呼ばないと!
黒子君に相談してみようか? 彼なら、まだ体育館で練習しているかも…?
放課後の第一体育館が鬼門だとか、この際は言っていられない。
私は慌てて、階段を駆け下りた。
あんまり慌てていたので、階段を一段踏み外した。
『わっっ!?』落ちる!!?
「うぉっ!?」
がしっ!
誰かに抱き止められた。
「おい、お前…大丈夫か?」
『は…はい、すみません!』
私を抱き止めたのは、三年の虹村修造だった。
「どーしたんだ?真っ青だぞ?」
『先輩…』そう言えば、この人は引退したけどバスケ部主将だった人だ。
私は涙目で虹村さんの腕を掴んだ。
『助けてください!!!』
「んあ??」
かいつまんで訳を話したら、一緒に体育館に行ってくれる事になった。
「苗字と言ったか。うちの部員が世話をかけたな。…もう俺は主将じゃねーから、赤司を呼んで何とかさせるわ」
…やっぱりこうなるのか…
私は重く溜息を吐く。
体育館で、虹村さんは赤司君を呼び出した。
黒子君は、私に気付いてこっちに来ようとしたが、練習中なので緑間君に止められていた。
「どうしました?」
「赤司、紫原と青峰が調理室で倒れているそうだ」
赤司君は眉をひそめた。
「今日は、彼等は練習に来てませんけど…何があったのですか?」
『…失敗作を…私がいない間に食べてしまったらしいの』
「分かりました。部員を何人か連れて行きます」
赤司君は、緑間君に話をしに行った。
恐らく、訳を話して代りにここの管理を任せる内容だろう。
ここで虹村さんと赤司君が交代する。
後ろに屈強な部員達を4人従えて調理室に戻る。
「失敗作って…君が?」
『…ええ。バレンタインのチョコレート菓子を試作していて…』
「…そう言えば…桃井も、今日はそれで部を休んでいるな」
私はぎくりとした。
『今日、料理部が主催のチョコ菓子作りの教室を開いていたからね』
「彼等が倒れる程の失敗作…ね」
赤司君が見透かすような視線を寄越してくる。私はいたたまれなくて目を逸らした。
彼女に内緒ですり替えてる以上、実は桃井さん作とは言えない…
恋する乙女にとって、バレンタインデーは大切な行事だから……
※※※
調理室に戻った。
倒れている二人を保健室に運んでもらって一息を吐く。
私は、自分の件のブラウニーを置いたテーブルに、見慣れないピンク色のペンが置いてあるのに気が付いた。
赤司君は、そのペンを拾い上げた。
「このペンは君の?」
『いいえ。誰かの忘れ物ね』
「…これとよく似た物をうちの桃井が持っていたな」
『………』
赤司君は、私の肩に手を置いて呟いた。
「苗字、借りが出来たな。…後で返させてもらうよ」
『借りだなんて。…それよりも、彼等に後遺症が出ないといいんだけど』
料理部のせいで、常勝バスケ部の活動に支障が出たりしたら、まず廃部は間違いなしだ。
「…苗字は優しいな」
勘違い発言をした赤司君を見上げて、ぎょっとした。
今までに見た事がないくらい、優しい表情で私を見て微笑んでいる。
私は心臓がざわつくのを感じた。思わず、視線を逸らしてしまう。顔が熱い。
「あの二人は〆ておく。…まぁ、今回の事で懲りただろうけどね」
赤司君の瞳が物騒に煌めいた。
気のせいか、オッドアイみたいに片方の瞳が金色に光って見えた。
※※※
私は後日、余った材料で、小さなチョコレートケーキを7人分作った。
虹村さんに一つ、赤司君に残りを手渡す。
『これ…料理部からお詫びに。今度は失敗作じゃないから安心して』
赤司君はクスクス笑っていた。
「ありがとう、苗字。…この数は、借り出した人数+αと考えていいのかな?」
『うん。…赤司君と、緑間君にも迷惑をかけたから』
「今回の事は、料理部の名誉にも関わる事だ。連中に渡しがてら箝口令を敷いておく事にするよ」
『そうしてくれると助かる。別に賄賂のつもりじゃないけど』
「まぁ…ほぼうちの部員達がやらかした事だからね。迷惑をかけてすまなかったね」
あの後、病院に行く事もなく、青峰君と紫原君は目を覚ました。
後遺症も出なかった。
赤司君に、めっちゃ〆られてたらしいが。
これで、取りあえずは一件落着した。
私は安堵の溜息を吐いた。
※※※
更に後日…
学校中で、とある二人が噂になっていた。
何と、赤司君と緑間君だ。
両方とも見目麗しい男子だからなー…しかも、両方共彼女いないし。
嘆く女子大多数、喜んでる女子も若干名www…帝光も腐った方々がいるんかw
何でそんな噂になったかと言うと、バレンタイン当日に、赤司君が緑間君にチョコケーキを手渡ししている現場を、何人もの人が目撃していたらしい。
…そう言えば。
私が彼等にケーキを渡したのが、たまたま14日の昼休みだった。
あの騒動のお陰で、私はその日がバレンタイン当日だったと言うのは、きっぱり失念していた。
…何となく、前日の方が騒がれていたから、過ぎていたと思い込んでいた。
赤司君は、他の手伝ったガチムチ部員達にも渡した筈だから、そこら辺も噂が出ても良い筈だが…
皆さん、そんな都合の悪い話はスルーする事に決めたらしいw
しかしそれって…私は14日に、虹村さんと赤司君に手作りチョコを渡した事になってるって事だよな…?
流れから言って、彼等には誤解される事はないだろうが…後でよくよく考えると、冷や汗が出てくる。
そして…それから暫くは、料理部でお菓子を作っても、紫の巨大妖精の襲撃は無くなった。