帝光編


過去と未来の交差


もうすぐ中間試験。
私は、図書室の片隅で勉強をしていた。

窓が開いていて、ふわりとカーテンが風を孕んで揺れた。
もうそろそろ初夏になる。
でも、今日は過ごし易い日で、涼風が頬を撫でて行った。

…気持ち良いなぁ…

私は本を広げ、ノートを取りながら、うつらうつらし始めた。

図書室は、テスト前だから割と人が多い。
でも、この奥まった席辺りは閑散としていた。
良い穴場だ。

そして、気が付いたら本を枕にして、うつ伏せで眠ってしまった。

※※※

-緑間side-

帝光中学のバスケ部は、強い事で定評がある。
それだけに、練習はいつも厳しかった。

…でも、最近は。
もうすぐ3年目の全中が控えているにも関わらず、俺と赤司と黒子以外のキセキの世代は練習に出て来ない。
練習しなくても勝ててしまうからだ。
実際、真田監督に赤司が提言し、キセキの世代だけは、試合に出て勝つ事を条件に練習を免除されていた。

俺は練習に来なくてもいい、と言われても、相変わらず練習を続けていた。
俺は人事を尽くさないチームメイト達に嫌気が差していた。

でも、そんな事はどうでもいい。
俺は、俺の信じた道を進むまでなのだよ。

今は中間試験の前だから、クラブ活動は基本休みだ。
俺達は、常勝バスケ部員である前に、一介の学生。
学生の本分は勉強する事だ。


俺は図書室に行った。

ある生物関連の本を探していたが、俺の欲しい本が書架に見当たらない。
…確か分類番号は460で合っていた筈…?
「……」
俺は溜息を吐いた。
きっと誰かが借りているのだろう。

さすがにテスト前だけあって、図書室は混んでいる。
俺は、空いている席を探して彷徨った。

そして、目に付き難い奥まった場所に、まだ空いている席を見付けた。
…見付けた…が、同じテーブルの席に突っ伏して一人女生徒が眠っていた。

「苗字…?」
俺は思わずその女生徒の名前を呟いた。

だが、俺とその女生徒は、直接話した事はない。
今までクラスも同じになった事はないし、クラブも全く異なるからだ。
…最も、俺のチームメイトのうち何人かは、彼女と面識や交流があるらしいが。

俺にとっては、成績を常に争う相手…それと、彼女の描く絵は俺の好みに合ってたりする。
変な意味では決してないが、妙に気になってしまう相手でもある。

俺は、彼女が枕にしている本に気が付いた。
…それは、先程俺が探していた本だった。

俺は苗字に声をかけた。
「おい…おい!苗字、起きるのだよ!!」

しかし、彼女は完全に眠っていて、目が覚める気配がない。
「その本、枕にするのなら、俺に寄越すのだよ!!」
その時、苗字が身動ぎした。
『…んっ…』

一瞬、聞こえた声にどきりとした。何故かは分からない。
俺は溜息を吐いた。
…全くなんなのだよ。…この女は。

俺は仕方無しに、苗字の肩を軽く揺さぶってみた。
『ふぁ…?』
漸く、彼女は頭を起こした。
だが、まだ夢現状態の様だ。完全に寝惚けているらしい。

俺は、そんな苗字に構う事なく、枕にしている本を抜き出した。
彼女は、そのままの状態で、また寝入ってしまった。
「全く!…女性ともあろうものがはしたない…!!…寝るなら、家に帰ってからにするのだよ!」
寝ている相手に、つい説教の一つでもしてしまいたくなる。

俺は、もう目の前で寝ている苗字に構う事なく、本を開いてノートを取り出した。
時間は限られている。一刻も無駄にする事は出来ないのだよ。
…この目の前の相手よりも、上の成績を狙っているのだから。

※※※

しばらく勉強に集中していたが、少し疲れたので、身体を起こして軽く伸びをした。
「………」

俺は、まだ寝ている苗字を何となく眺めていた。
「…気持ち良さそう…なのだよ」

俺は、ここの所ずっと苛々していた。
勉強も、部活も表面的には順調過ぎる位に順調なのにも関わらず、俺の中で何かが渇いていた。

…俺は人事を尽くしている。何も問題などある筈がないのだよ。
それなのに、俺を蝕むこの虚無感は何だ?

俺も奴等も、何かが欠けてしまった。
これは…もう、元には戻らないのだろうか?

こいつは…その様な事はないのだろうな…
誰が来るかも分からないこの様な公共の場所で、無防備に寝息を立てている苗字を見てると、不思議にささくれだった心が凪いでくる。

捻じれてしまった俺の世界の中で、ただ眠っている少女だけが自然に息づいている様に感じた。

「………」
俺は、そのまま何も考えずに手を伸ばし、苗字の頭に触れようとした。
「……!!」
途中で、我に返って手が止まる。

俺は、何をしようとしているのだよ!?
直接話した事もない女の眠っている時に、必要も無いのにいきなり触れようとするなんて…我ながら…どうかしているのだよ!

俺は、触れようとした手を引き戻し、握りこんだ。
「全く…らしくないのだよ」

俺は机の上を片付け、苗字が枕にしていた本を彼女の頭の横に置くと、席を立った。

ふと書架の方を見ると、知った顔がいた。
「…黒子…!」
…まさか…今のを見ていたのだろうか…?
俺は顔が赤くなるのを感じた。

「…黒子か。…どうかしたのだよ?」
黒子は、俺の顔をチラリと見やった。
「…もうすぐ、図書室の閉める時間になりますので、残っている人に声をかけに来ました」
「もう、そんな時間か。俺も帰らなければ」

そのまま俺と黒子はすれ違った。
去り際にチラリと後ろを振り返ると、黒子が苗字を起こして会話しているのが見えた。
何故かその光景は、俺の胸にチリっとした不快感を残した。

※※※

-秀徳高校-

図書室

俺が席を探していたら、名前が机にうつ伏せになって寝ていた。

…俺は溜息を吐いた。
「…まるで…どこかで見た様な光景なのだよ」

でも、以前に見た時と今では、俺達を取り巻く状況と二人の関係は全く変わっていた。

俺は、以前と同じ様に座って、彼女の前で勉強した。
そして、秋の日差しを受けて輝く名前の髪を指で梳いてやり、頭を撫でた。

俺は、この状況に満たされていた。
以前の様な虚無感や渇いた気持ちは無く、喜びと愛しさに満ち溢れていた。

あの時に焦がれたものが、手に届く場所にある。
「これが幸せ…なのかもしれんな」
俺は独り言ちた。

『んーっ……あれ?真太郎?』
名前は目を擦りながら顔を上げた。
「名前、女性ともあろうものが、どこでも無防備に寝るのはいただけないのだよ!」

『えー!?だって、気持ち良かったんだもん!』
「俺以外のヤツの前で、無防備になるのは危ないのだよ!女性としての慎みを持て!」
『…真太郎の前では、ある意味もっと危ないんじゃ…?』
「ふん、名前がその気なら、俺はいつでも要望に応えるのだよ」

『えっ…!?それって…!?』
名前が目に見えて狼狽えた。
俺はフッと笑って、顔を名前に近付けた。
名前の顔が真っ赤になった。
…本当に可愛いのだよ。…これだから止められないのだよ。

「おーい、お二人さーん!!」
後から高尾の声がした。
全く…気が利かないヤツなのだよ!
「図書室閉める時間だってよー!…続きは家に帰ってからやってくれ、だってwww」

「分かった。そうするのだよ」
『えっっ!?ちょっ…!?』
俺は名前の手を引きながら、図書室を出た。
「うっわーww真ちゃん、マジかーwww大胆だねぇ!」
「続きは家でやるのだろう?」

※※※

『…で、続きって…』
「名前、教科書を開くのだよ」
『勉強の続きかい!?』
「…他の何があるのだよ?」
俺はニヤリと笑って、絶句した彼女の手を両手で包み、耳元で囁いた。

「要望があるなら、言うのだよ。…俺は、お前の彼氏なのだから」


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