帝光編


指輪は繋ぐ


『…で、担任から進路希望用紙貰って来たんだけど』
私は、母に用紙をちらつかせた。
『私としては、家から通える進学校がいいかなー…と思うんだよねぇ。もし推薦が取れるなら、受験にあくせくしないで済むし』

「名前は、赤司君と同じクラスなんでしょ? 赤司君はどこに行くの?」
『……さぁ?バスケ部の三年のレギュラーは、人気者が多いから、聞いても教えてなんかくれないよ』
「……あら、そうなの? 残念ねえ」

私は、前世の漫画の内容から、赤司君が洛山に行くのは知っていた。
でも、そんな情報をうっかり洩らそうものなら、親はきっと、私を京都に放り込むだろう。
幸か不幸か私の成績は良いから、洛山は合格圏内だ。名門だし、寮生活さえ許容出来れば問題は無い。

三年になってやっと、私と赤司君とは同じクラスになっていた。
親は喜んではいるが、私はバスケ部には入ってない。偶に普通に話す…その程度の間柄だ。

三年は後半になれば、受験体勢に入り、学校で顔を合わせる回数も多くはなくなる。
要するに、今更取り入っても遅いっつー話だ。…別に取り入りたいとも思わないけど。
赤司君、怖いし。完璧過ぎて底知れない。嫌いではないけど、少し苦手かも…
(以前、パーティで会った時、貰ったケーキは美味しかったけどね!)

※※※

休日に、私はふらりと繁華街に出て行った。
『あれ?こんなお店があったんだー?』

目に付いたのは、こじんまりとしたアクセサリーショップ。
意外と手頃な値段で、私の小遣いでも手が出せそうだ。
でも、私は別に買うつもりも無く、面白半分で店頭の指輪を片端から嵌めてみる。しかし。

『ぬおっ!?し、しまった!!抜けなくなったー!!!』

細めでシンプルな銀の指輪が、左の薬指にぴったり嵌って抜けなくなってしまった。
暫く格闘し、お店の人にも協力して貰ったが、とうとう私は降参して、そのままレジに持って行った。
…まぁいいか。割と好きなデザインだし。

半ば自棄気味と言うか、無理矢理な前向き思考で、自分を納得させながら店を出た。

「苗字さん?」
声をかけられて、私は振り向く。
『あ、黒子君! お久ー♪』

能天気な声で返事をするも、彼の様子がおかしいので、私は首を傾げる。
『どうしたの?…何か暗いよ?』

「そう…ですか?」
『そう言えば、帝光バスケ部、全中優勝したね!連続制覇なんて凄いじゃん。おめでとー!』
「………」

あ、あれ?…私、何か間違った?
原作の記憶が幾らか曖昧になっていたが、元々の黒子君のキャラ立ての内容を思い出し、私は失言を悟った。
『…ご、ご免ね?』

黒子君は、不思議そうな顔をして私を見た。
「なんで苗字さんが謝るのですか…?」

黒子君は目を伏せたが、何か決心したかの様に顔を上げた。
「苗字さん、僕は…バスケ部を辞めました。もう、学校に行く事も無いと思います」
『学校に…来ない…って。…何かあったの…ね?』
「……」
黒子君は黙って頷いた。

確か、原作では全中で何かあって…それから彼は、キセキを倒す為に誠凛に行くんだっけ?

『何かあったか…聞いていいかな?』
「……ここでは…長くなるので、マジバに移動していいですか?」

※※※

『…そう。そんな事が……』
「僕は…バスケが好きです。試合に参加出来て勝つのは、とても嬉しかった。…でも」
あんな試合に勝てても、全然嬉しくないです、と消え入る様な声で呟く黒子君は、とても痛々しかった。

「僕は、あの後、バスケそのものを辞めようと思いました。
…でも、先日明洸中に行って、荻原君のチームメイトに会って…」

キッと顔を上げた黒子君は、真直ぐな瞳をしていた。
「僕は、キセキを倒します!…例え、それがどんなに困難でも…!僕は、僕のバスケを求めて誠凛に行きます!」

誠凛に行ったのは…偶然じゃなかったんだ。
これから君は、新たな光と出会う。

頑張って、と微笑んだ私に彼は力強く頷くと、驚く様な提案をして来た。

「苗字さん、誠凛高校に来ませんか?」
『えっ!?』
「僕はバスケ部に入ります。…苗字さんもマネージャーになって、一緒にやりませんか?」

彼の提案に、私は考え込んだ。

誠凛か…
そこに行けば、もろ主人公側の展開に巻き込まれそうだな。
それも面白そうだけど…

『誠凛は考えて無かったな』
「…苗字さんは、赤司君からバスケ部のマネージャーの勧誘を受けてましたが、
結局受けなかったのは、こうなる事を知ってたから…ですか?」

黒子君は、真っ直ぐに私の目を見据えた。
彼の澄んだ瞳は、私の全てをまるで見透かすかのようで、私は思わず視線を逸らした。

『……こうなる事って? 黒子君は私の事、買かぶりし過ぎだよ』
「そう…ですね。すみません。苗字さんなら、未来の僕達の事も分かってる様な気がして。…そんな事、ある筈ありませんよね」
黒子君は、軽く頭を振った。

さすが人間観察が趣味なだけはある…
私は内心の動揺を悟られない様に、振る舞うのが精一杯だった。

※※※

『へー…今日のラッキーアイテムは"銀の指輪"かー。偶然すげぇ』

私は、ぼーっと朝食を食べながら、丁度テレビを点けたら放映していた、おは朝を観ていた。

「左手の薬指に嵌めると、運命の相手が分かるかも?」

嵌めるとっつーか、抜けないんですけど。

私は内心で、おは朝に突っ込んだ。
別に運命の相手なんて、知りたくなくても強制か、それは?
私は、昨日から何度も試みていたが、もう抜けないんで開き直っていた。

校則違反とか知るか。なら、外してみやがれってんだ。
勿論、私はそのまま制服を着て、学校へ行った。


「……君は蟹座なのか?」
唐突に朝会うなり、赤司君に声をかけられて、私は吃驚する。
『……ええ。それが何か?』

赤司君は、私の左手を凝視していた。
「……真太郎が、君と同じ指輪をしていた。まさか、君もおは朝を信奉しているとは」
いや、してねーし。勝手におは朝信者にするなし。

そして、彼は苦笑気味に付け加える。
「…でなければ、真太郎と婚約したのか、と思うところだよ」

ちょ、今、婚約って言った!!??この人っ!!!???

私は引き攣り、一瞬、絶句する。

『まっさかーw私、緑間君と話した事無いし。それにまだ、私は中学生ですよ?…将来の相手なんて』
「早過ぎる、と言うのかい? 一般的にはその通りだが、僕にはそんな話が時々舞い込む事もあるんでね」
『赤司君は…大変だよねぇ。それだけ、期待されているんだろうけどね』
「……時々…その期待が重いよ」

やはり財閥の御曹司となると、結婚は本人だけの問題とは行かなくなるからな…
彼の人格の不安定さは何となく感じていた。
あの何でも、そつなくこなす赤司君でも、弱音を吐く事があるんだ…?

思わず、まじまじと彼を見てしまった。
「…何だい?」
『……いや、赤司君も人間なんだなぁ、と思っただけ』
「君は、僕を何だと思っているんだ…?」

軽く睨まれたが、うっかり魔王だとか口を滑らそうもんなら、鋏で切り刻まれそうだから黙っておく事にする。

私は自分の指輪が、他の生徒達からも、好奇の視線に晒されている事に気が付かないでいた。

※※※

-緑間side-

今日の蟹座のラッキーアイテムは、銀の指輪。
別段、運命の相手を知りたいとは思わないが、折角のアドバイスなので、念の為に左手の薬指に嵌めた。

ただ結果として、それは周囲に、いらん誤解と騒ぎを生む元になってしまった様だ。

いつもはテーピングして保護している指が、その日はテーピングの上に指輪を嵌めているのだから、奇異の目で見られてしまっている。

ラッキーアイテムによっては、変な目で見られる事はよくあるので、俺は一々気にしてはいない。
流石に練習する時は、指輪は邪魔になるので一旦外し、チェーンで首にかけておく事にした。

昼休み。黒子と青峰を除く、バスケ部レギュラーが食堂に集まって昼食を摂っている。

今回は、黄瀬がやけに絡んで来る。
「緑間っち…誰かと婚約したんスか?」
「…何の事なのだよ?」
「またまたwwwその指輪! 左の薬指に嵌めるなんて!! 緑間っちも隅に置けないっスw……で、誰っスか??」
「何度言ったら分かるのだよ!?これは蟹座のラッキーアイテムだと言っとろうがっ!!!」

…誰か、この能天気な恋愛脳ダダ漏れの男の頭をかち割って欲しい。
俺は疲れて溜息が出た。

更に、その事態を悪化させる要因が別にあったらしい。

「あっ、きーちゃん!…私ね、他のクラスの女子から聞いちゃったんだけどー♪」
一体何なのだよ?桃井まで…

桃井は、ごにょごにょと黄瀬に耳打ちしている。
「本当っスか!?」と、黄瀬が大声を上げた。
それに桃井は、懐疑的な表情で顔を顰めた。
「でもねぇ…今までの私の情報では、ミドリンとは直接の接触は無いみたいなんだよねぇ…」
「俺と…?何だと!?」

今まで我関せずだったが、桃井の口から俺の事が出て来たのは聞き捨てならない。
俺は思わず桃井を問い詰めてしまったが、その口から出て来た内容は、俺の想像の遥か斜め上を行っていた。

「ミドリンと苗字名前さんが婚約している、って」


一体、桃井は何を口走ってるのだ?
俺は頭が真っ白になってしまった。

俺は痛む頭に手をやりつつ、やっと口を開いた。
「……桃井、お前の言ってる意味が俺には、さっぱり理解出来んのだが…
大体、苗字とは話した事も無いのに、どうしたらそんな事になるのだよ?」

「真太郎」
横から赤司が口を出した。
柔らかな声音の奥底に潜められた冷たさを感じ、俺はびくりと肩を揺らした。
「本当に、苗字とは何も無いのか?」

俺は驚いて赤司をまじましと見やった。
「…赤司まで一体、何なのだよ!?」
俺の心外だと言う抗議に、赤司はやっと表情を緩めた。
「何もないと言うなら良いんだ。済まなかったな、真太郎」

まるで何事も無かったかの様に、食事を再開する赤司を見て、俺は安堵と困惑の溜息を吐いた。


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