赤い雪警報発令!
頭がぼうっとして温かくて気持ち良い。でも何故か身体が動かない…
目覚めて最初に目に入ったのは見慣れぬ天井。
…そう言えば、男子寮で勉強してそのまま寝入ってしまったんだっけ。
気が付いたら、私の身体には毛布がかかっていた。
…青峰君がかけてくれたのかな?
視界が霞んでいて焦点がぼやけている。『……!?』
私は違和感の正体に気付いた。
眼鏡をかけていなかったのだ。
私は慌てて辺りに目を彷徨わせたら、眼鏡はテーブルの上に乗せてあった。
取ろうと身体を起こそうとしたが、やはり身体が動かない。
ふと横に顔を向けたら、青峰君が私をしっかりと抱き抱えたまま一緒に寝ていた。
…道理で身体が動かないと思った。
腕も足も絡み付かれている。…どうしよう。
私は、有り得ない位の密着度合にドキドキする。
思わずまじまじと、寝てる青峰君を至近距離で観察してしまった。
浅黒くて彫りの深い、野性的で整った顔立ち。
いつもは鋭く人を寄せ付けない光を湛える瞳も閉じられていて、年相応にあどけなさを残している。
…何かちょっと可愛いかも?
いつも私を振り回している暴君だけど、寝顔見たら許せてしまうのが不思議だ。
でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。
時間を見たら、午前5時前。
私は青峰君の肩を揺すった。
『大輝君、起きて』
「んー…っマイちゃん?」
マイちゃんって…あのグラドルの?
私はちょっとムッとする。
『誰がマイちゃんよ!?もうそろそろ起きないと!』
「マイちゃんと一緒に寝れるなんて…マジかよ?…もうちょっと…ここに…いろよ?」
彼の寝惚けた声が、やけに色っぽく掠れている。
んもう!この寝坊助がっっ!!
私が抵抗して身動ぎしたら、青峰君は首筋に顔を埋めてきた。
『きゃっ!!?』
「良い匂い…だな」
何なの!?この体勢!!超恥ずかしいんですけど!!!
私はバタバタと暴れた。
漸く青峰君の目が覚めたみたいだ。不機嫌そうに文句を言う。
「あー…んだよ。折角マイちゃんの夢見てたのによ…って名前、お前か」
『お前か、じゃないわよ!いつまでやってんの?この体勢!』
「あ。道理で胸のボリュームが寂しいと思った…」
『最低っ!!』
「怒るな。…飯、貰って来てやっからよ。腹減ったろ?」
青峰君は大きく欠伸をすると、「名前は、そのままここにいろよ」と言い含めてドアを開けて出て行った。
私は暴れる心臓を宥めるので精一杯だった。
いつまでも、動悸が鳴り止まない。
青峰君の匂いと体温が、そのまま私の身体に留まっている様な気がした。
※※※
青峰君は、トレイに二人分の食事を乗せて運んで来た。
「食堂に行ったら飯があったぞ」
『へえ?随分早い時間なのに、もう朝ご飯が出来ているのって凄いね!』
テーブルに置いて、二人で朝食を食べる。
……朝食はとても美味しかった。…でも、この食事…味付けに覚えがある様な?
食事を終えて、青峰君は立ち上がった。
「そろそろ名前も出た方が良いだろ。見付かんねー内にな」
『そうだね。…私が教えた所はきっちり復習してね!』
「あー…そうだな、やってみるわ。付き合わせちまって悪りぃな。また頼むわ」
『あはは。今度は、男子寮じゃない所でよろしくね!』
「なら、女子寮か?」
『大輝君が女装出来るなら。でも、私も寮生じゃないから、部屋確保出来ないかも…?』
言いながら吹いた私を、彼は鋭い目で睨みつける。…少し怖い。
「…お前…今、何を想像した…?」
『いえ、何も?…黒くてデカくてゴツい女装姿なんて、決して想像してませんから!!』
「してんだろが!ったく…ハァ。じゃあ行くぞ?」
荷物を纏めて部屋を元通りに片付ける。
この部屋の元の主は、綺麗に使っているみたいだから気を付けなくちゃ。
青峰君は食器を重ねたトレイを持ち、私は勉強道具諸々を持った。
そして青峰君の後ろに隠れるようにして、廊下を進んだ。
1階に降りて食堂でトレイを置いた青峰君に、私は過去追試のコピーを手渡す。
『覚えるまで、反復して勉強してね。大輝君は出来る人なんだから!』
「ああ。悪りぃな…」
そこへ、どやどやと複数の足音が近付いて来た。
「ぼく、皆さんに朝食を作っていたんです!」
「おお、でかしたぞ、桜井!!」
「腹減った〜って…アレ?」
私は声が聞こえた瞬間、青峰君に腕を掴まれ、引き寄せられた。
若松さんが怒鳴る。
「あっ…!青峰!?お前、どこにいたんだ!?」
「別にどこだっていいだろ。寮の中にはいたんだからよ」
台所のテーブルを見た良君が叫び声を上げる。
「あっっ!!?僕の作った朝食が…無くなってます!!!」
「なんやて!?」
青峰君は私に小声で指図する。
「名前、俺の後ろに隠れてろ。隙を見て一人で外に抜け出せ」
今の私は一応変装しているけど、バレないとも限らない。
私はそっと頷く。
「青峰っっ!!てめぇ俺達がお前の課題をやってやってるってのに、俺達の飯まで奪うたぁ不届きな野郎だぜ!!」
「はぁ?知らねーし」
私はやり取りを聞いて首を傾げた。(課題って…何の事??)
「お、青峰?そちらさんは誰や?えらく小っこいお連れはんやなぁ」
『ひっっ!?』
今吉さんは私に気付き、覗き込んだ。
(やだ、バレちゃう!!!)
青峰君は、私を庇う様に今吉さんから遠ざけた。
「こいつは…俺んちの近所のクラスメイトで…忘れ物を届ける様に頼んだんっす」
「そうなんや…早朝から青峰に付き合せて悪いなぁ」
『い、いえ…では』
ふと気が付くと、良君が私をじっと見ていた。
「あれ…?君、もしかして…」
『………!』
気が付かれた?
「良」
青峰君が良いタイミングで良君に声をかける。
「はっはいいっっ!!!」
「腹減った。飯作ってくれ」
「なっ…!!お前っ…!!さっき食べたばかりだろー!?」
「俺じゃねーよ、大方小さいオッサンにでも食われたんだろ」
「何かいるのか!?この寮にっ!?」
「伝説だろ。知らねーのか?」
「伝説〜!??」
今だ!青峰君が彼等の注意を惹き付けている内に…!!!
私は這う這うの体で、男子寮を脱出する事が出来た。
※※※
朝SHR後 教室にて。
「『ふぁ〜あ〜…』」
私と良君は同時に欠伸をした。
「え?名前さん、珍しいですね?」
『良君こそ』
「僕は…バスケ部の先輩と、徹夜で課題を解いていたものですから」
『…3年の先輩と?何の課題なの?』
「……青峰さんの。今日中に提出すれば、追試の結果はどうあれ補習は免除される、と言うものです」
『追試の結果は…どうあれって』結果はどうでもいいの?
「青峰さんの事だから、追試も危ういので。…それが青峰さん、逃げちゃったから僕達だけで代りにやっていたんです」
『…そう…』
結果がどうでもいいなら、私とした勉強って一体何だったんだろう?
あの青峰君がその状況で、復習なんてするとはとても思えないんだけど。
『はぁ…』私は重い溜息を吐いた。
じゃあ、私のやった事って…無駄だったのかな。
私は寝不足で重たい頭を振った。
-青峰side-
俺は屋上の階段室の上に寝転がって、名前から受け取った問題を解いていた。
ベンキョーは嫌いだが、息抜きに携帯の待ち受けを眺めながら、一応やってはいる。
待ち受けは、昨夜撮った名前の寝顔の写真だ。
まぁなんだ。マイちゃんは別格だが、名前の寝顔もこうして見ると、中々可愛くて見飽きねーな。
いつまでも眺めていてーけど…
そろそろまたベンキョー続けるか。…面倒だけど。
「ふぁ〜…昨夜みたいな勉強会なら、またやりてーな!」
「あー!、ここにいた!大ちゃん!!?」
「あ…んだよ?さつき」
何をそんなに驚いてやがる。
「…!?大ちゃんがっ…勉強している!?嘘っっ誰!?この中の人、別人!??」
「誰が別人だ!?中の人なんて、いねーよ!コラ、顔ひっひゃるな!!!」
「ったく…」
頬引っ張りやがって。まだ顔がヒリヒリしやがる。
さつきは両手を合わせて謝っている。
「ゴメーン。だーって珍しいじゃない?きっと赤い雪が降るよ!」
「さつき…テメェ」
「名前ちゃんと勉強したんでしょ?」
「…何で知っている?」
「原澤先生が教えてくれたもん。追試、頑張れば課題やらなかった事も見逃すって」
「…ちっ」
「私よりも良い先生が見付かったじゃない?…どれどれ?…うわぁ。相変わらず凄い解答だねぇ。
…でも、これはちゃんと合ってる。名前ちゃん、凄いなぁ」
「邪魔するな。俺はベンキョーしてんだ!」
「えっ!!??」
(…これはマジで赤い雪、降るかも???)って面してやがんな。こいつ。
さつきに構わず勉強を続けたら、そばで携帯のシャッター音がした。
「…さつき、何をしている?」
「えー?うん、良く撮れたっ♪送信っと☆」
「おいっ!?」
-名前side-
気が付いたら、携帯のメール着信を知らせる光が灯っている。
『さつきちゃんからだ』
私は携帯を開いた。
「件名 激レア☆
青峰君が屋上で勉強なう。明日は赤い雪に注意!」
『えっ!?』
私は添付された画像を開く。
そこには、屋上で携帯を紙の重し代りにしながら、腹這いに寝転がって問題を解いている青峰君が写っていた。
『…大輝君…』
頑張って…私とやった課題を復習してくれてる?
何故だか、とても嬉しい。
そして…その写メは、私の宝物になった。
嬉しくて、ずっと写メを見てたら、傍にいた良君と目が合った。
『良君…?』
「スミマセン!!何か…この世ならぬものを見てしまいましたっっ!!スミマセン!!!」
『……この世ならぬもの…って』
凄い言われ様だな、この写真。
私は、その写真の青峰君にそっと微笑んだ。