高校デビュー




今日は、初めてコンタクトにして登校した。
最初は皆、戸惑っていたみたい。

「…え?誰??」

桜井君まで、不思議そうに私に言って来る。
「そこって…苗字さんの席ですよ…?」
『おはよう、良君』

私の挨拶に呆然として見ていた桜井君は、慌てて謝り始めた。
「すっ、スミマセン!!一見、名前さんだと分かりませんでしたっ!!スミマセン!!!」

一連を見ていた他のクラスメイト達も沸き立った。
「えーーーっ!?苗字さん!?」
「うっそー…眼鏡、どうしたの?」
『うん、コンタクトにしてみたんだけど…どうかな?』
「やだ、可愛いじゃん!」
「眼鏡っ子が眼鏡取ったら可愛いって、少女漫画みたい」

私は、正直、周りがこんなに反応するなんて思わなかったから、逆に驚いた。
『えっ…だって、眼鏡をコンタクトにして、髪型を少し変えただけだよ…?』
「こんなに可愛かったのに、今まで隠していたなんて…そっちの方が勿体無かったよ!」
「苗字さんって…真面目でお堅い印象だったけど、こうしていると…ほら、あの…グラビアの子に似ているよね?」
「堀北マイでしょ?…言われてみれば、結構似てる」

「うーーーす!」
『あ、大輝君、おはよう』
青峰君は、眼鏡を取った私を見て、顔を顰めた。
「…ああ、名前。コンタクトにしたのか」
『うん。先日、一緒に眼鏡屋に行ったでしょ?』

それをクラスメイト達が聞き咎める。
「えっ!?苗字さん、もしかして、青峰と付き合ってるの?」
『何でそうなるの?』
「だって…今、一緒に行ったって…?」
『大輝君とだけじゃなくて、さつきちゃんも一緒だったよ?』
「なーんだー…私はてっきりデートかと…二人共仲良いし」

私は、眼鏡が壊れた一連の出来事を説明した。
『だから、成り行きで、二人が付いて来てくれたんだよ』
クラスメイト達は漸く納得してくれたみたいだ。
でも、青峰君の不機嫌は直らなかった。

※※※

それから、私は、よく色々な人に話しかけられる様になった。
最近、明るくなった、可愛くなった、と周りの人達は皆言って来る。
……その言葉は、有難いけど…私は実際は、そんなに変わってはいない。
周りが騒ぐ程、私の戸惑いは増して行った。

「苗字さーん!」
クラスメイトが、私を呼ぶ。
『何?どうしたの??』
私が彼女の傍に行くと、戸口から遠慮がちに覗いている男子生徒がいた。

「この人が、苗字さんに話があるって」
『はい?何でしょう?』
「あの…ここでは話せないので、一緒に来てくれますか?」

彼は、私を人気のない校舎の裏庭に連れて行った。
そして、私に向き直った。
「苗字さん!…僕は、苗字さんが好きです!!…つ、付き合って下さい!!!」

私はびっくりして固まった。
このクラスも違う男子は、正直…よく知らない人だ。
顔を真っ赤にして、真剣な思いを伝えてくれているんだ、とは分かるけど…
『…何で私?…私、貴方の事は知らないし…』
「や、最近、可愛いなって…思ってて…」

今までの地味な私からすると、外見でもそう言ってくれる人がいるなんて、それは嬉しい事ではあるけど。…でも。
『……気持ちは嬉しいです。けど、ごめんなさい』

悄然と肩を落として去って行く彼の後ろ姿を、私はぼんやりと見送った。
私の外見に惹かれても、私自身の内面は地味な頃と何一つ変わっていない。
だから、きっとそのうちに「実際は思い描いていた私像と違う」と離れて行くのではないかと思った。

私は…何でこの様に姿を変える事にしたんだっけ…?

少なくとも、この様にモテたいから、ではない筈だった。
私は、溜息を吐いて踵を返した。

※※※

-放課後-

「名前ちゃーん!」
桃井さんが、私を呼ぶ。
「今日は、バスケ部に来て、お願い!!」
『いいよ。…大輝君も来るの?』
「名前ちゃんが来てくれるって言っちゃったから、来ると思う!」
『えー?まさか…いくら何でも、そんなんでは来ないでしょ?』

苦笑いして、体育館に行ってみたら…果して、青峰君は既に来ていた。
真面目に練習している。
「ふっふっふー」
桃井さんは、会心の笑みを浮かべる。
「ねっ、来てるでしょ?」
『……本当だ』
「全く、あいつも分かり易いよねー♪」
と、桃井さんは言っている。

彼女は幼馴染だから、よく分かるんだろうな…
でも、私には青峰君が何を考えているのか…今一つ分からなかった。

そんな事実を突きつけられて、私の心はツキンと痛む。
やっぱり…彼女には勝てないや…だって私は、最近の青峰君の不機嫌な訳も分からないんだもの。

「桃井!」若松さんが、桃井さんの隣にいる私を見た。
……何故か、みるみるうちに、顔が真っ赤に染まっていく。
「若松先輩」桃井さんは、若松さんに近付く。

「…あの娘は…誰だ?」
小声で話しているつもりなのだろうが、若松さんの地声が大きいので、少し離れた私にまで会話が筒抜けだ。
「苗字名前さんですよ」
「えっ…!?マジか??…言われてみれば、眼鏡かけたらそれっぽい…か!?」
「ねっ、可愛くなったでしょ〜?」

若松さんは、のしのしと私の前まで歩いて来た。
そして、私の肩をがっしと掴む。

大柄な彼に掴まれて上から睨まれると、私は半端ない威圧感を感じて、無意識に身を引いてしまう。
『ひっ!?…な、何ですか?若松さん』

「…っ!お…っ俺の彼女になってくれーーーっっ!!…いや、くださいっっっ!!!!

若松さんの声は、体育館中に響いた。

しーーん…


今まで練習の掛け声やバッシュやボールの音で、埋め尽くされていた体育館の中が、一気に静寂で満たされた。

体育館中の人の視線が私に集中して、私の頭の中は真っ白になる。
何これ!?どうすればいいの???助けて!!!

逃げたくても、若松さんが真っ赤な顔のままで私の肩を掴んでいる。
私は身動きが出来なかった。

そこに突然、ゴン!!と鈍い音がした。
「痛ってーーーーっっ!!!」
若松さんが、しゃがみ込んで後頭部を押さえる。
足下にはバスケットボールが転がっていた。

青峰君が不機嫌そのものの声を発する。
「若松…煩せえよ。一丁前に色気付いてるんじゃねぇ。このうすらボケ!」
「てめー、青峰っ!!!邪魔すんじゃねーよっ!!」
「今は部活中だろ。俺にも勝てねークセに、女なんか口説きやがって…練習サボって良い身分だなぁ、おい?」
「お前が言うなぁっっ!!!」

「まあまあ…」
今吉先輩が、火花を散らして対決する二人を宥めている。
「確かに…若松、今は練習中や。いくら彼女が可愛くなったからって、苗字さん口説くのは終わってからや」
「はぁ……すんません…」

青峰君は、私の方を振り向いた。
「だから名前、お前はもう帰れ」
「えっ!?…だって、名前ちゃんは来たばかりなのに…!?」
桃井さんは抗議の声を上げるが、青峰君はそれを無視した。

私が躊躇していると、青峰君は私の腕を強引に掴んで引いた。
私はよろけて青峰君にぶつかった。
青峰君は、そのまま私の肩を抱いて、体育館の外に出る。
若松さんの罵声が青峰君を追いかけて来た。

『大輝君…』
「このままここにいると、また若松のヤツが煩せーだろ」
『ああ…ごめんね。…練習の邪魔だよね?』
「……別にお前のせいじゃねーよ。ただ…若松には、もう近付くな」
『……うん。そうする』私は素直に肯いた。

若松さん、悪い人じゃないけど…あれにはびっくりしたな。
体育館中に声が響いて、すごく恥ずかしかったし。

下駄箱まで青峰君は送ってくれた。
私が下駄箱を開けると、中には何通かの手紙が入っていた。

『……何で、こんな所に手紙が…?』
私が取ろうと手を伸ばしたが、先に青峰君がそれを全部掻っ攫って行った。
そして、その中の一通を勝手に取り出して読み始めた。
…何て書いてあるんだろう?

彼は、伸ばした私の手を払い退けた。
『あの、それは私への手紙でしょ?』
「邪魔するな」
邪魔って…!?どっちが邪魔してるのよ!?

一応全部に目を通すと、青峰君はビリビリと纏めて破いていった。
『なっ…!?何で破くの!??』
私の抗議に青峰君は不機嫌に返した。
「おめー…これ、全部ラブレターだぞ?おめーは、一々こいつらと付き合うつもりなのかよ?
いいか、名前は今後一切、男からの呼び出しなんかに応じるなよ!分かったな!!」

『なっ……!?何それ、横暴っ!!!それがラブレターだとしても、大輝君には関係ないじゃない!!』
一生懸命に書いた物を読まれなくて破かれる…なんて。
私だったら耐えられない。…なら、まだ正面からフラれた方がマシよ。
それなら、少なくとも諦めが付くから。

私がそれでも拾い集めようとした手紙の欠片を、青峰君は靴底で踏みにじる。
私は彼を睨み上げた。
『…大輝君、足どけてよ』
「はっ!…どかせたいなら、力づくでやってみろよ」

青峰君の今までにない、底冷えする程の低い声に、私は思わず身震いした。
深い藍色の瞳は、冷ややかな光を湛えて、私を見降ろしている。

『……っ!』

私は、いたたまれなくなり、彼の視線から目を逸らし、靴を履き替えて外へ走り出した。

何故だか、涙がぽろぽろ転がり落ちる。
あんな…怖い表情が、私に向けられたのは初めてだ。

でも…怖い以上に心が痛い。悔しい…よりも悲しい。
私は、自分の気持ちを振り切る様にして、息が切れるまで泣きながら走り続けた。




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