亀裂の入った関係
私は、パットを連れて散歩をしていた。
『…大輝君のバカ…』
パットが心配そうに、私を見上げて鼻を鳴らした。
『…大丈夫だよ。心配かけてごめんね』
公園のストバスコートに差し掛かったら、ボールを突く音が聞こえた。
私は思わず足を止める。
バスケを見ると、どうしても青峰君を思い出してしまう。
私は最後に見た、彼の冷ややかな目が脳裏に浮かび、ずきりと心が痛んだ。
……青峰君が怖い。
最初に嫌っていた時ですら、怖い、とまでは思わなかった。
ガシャン!
何かを叩き付けた様な音が近くで聞こえ、私は我に返った。
足元にボールが転がって来る。
「あっ、わりぃ!」
駆け寄って来た人物を見てはっとする。
『…火神君!』
「…え…?…もしかして、苗字か!?」
火神君は、私を見るなり顔色を変え、ズザッと後ろに飛び退いた。
『あ…』
そうだった。
彼は、犬が苦手なんだっけ?
『ごめんね!…練習の邪魔だよね?』
そこから離れようとした私に、火神君が気遣わし気な目を向けた。
「苗字…お前、具合でも悪いのか?」
『何で……?』
「いや、何か元気が無いからさ。何かあったのか?」
『………』
「ああ、話したくねーなら聞かねえよ」
「聞いて…くれるの?」
「お前が吐き出したいならな。…その犬、繋いどいてくれよ?」
私はパットを繋いで、近くのベンチに腰掛けた。
「お前…眼鏡止めたんだな。一瞬、誰だか分からなかったぞ。
その犬で、苗字だと分かったけどな!」
『…私はパットのおまけですか…?』
「いや、そんなでかい犬、日本ではあまり連れてるヤツ見ないからな!」
そう言えば…火神君は、アメリカ帰りだったな。
私はぽつぽつと、最近あった事を話す。
眼鏡が壊れた事、青峰君達と一緒に買いに行った事、そして、バスケ部での騒動と、青峰君の豹変。
火神君は、指先でボールをクルクルと回しながら、黙って聞いてくれた。
そしてボソッと呟く。
「…俺、正直青峰は、会った事もねぇし…よく分かんねえけどよ。…苗字には一応、親切にしているんだな」
『親切な所もあるよ。けど、いきなり機嫌が悪くなったり、冷たくなったり…何を考えているんだろうって』
「そいつ、苗字が告られて…外に連れ出して、ラブレター破いて怒ったなら、
フツーに考えて苗字の事が好きなんじゃねーのか?」
『あれは…好きな人に対する態度じゃないよ。…まるで親の仇を見る様な顔だったもん』
私…気持ちを伝えようとした手紙に、真剣に向き合ってお断りしようとしていただけなのに。
何か私が悪い事した…のかな?
何も破かなくてもいいじゃない。…しかも、足で踏みにじるなんて。
あの時を思い出したら、じわりと目が熱くなって視界が滲んでいく。
火神君は慌てた。
「お、おい!…泣くなよ!!」
私は手で涙を拭った。
『……ごめん』
火神君は、私の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回した。
「あー…わりぃ。俺、こう言うの苦手でよ。…黒子なら、上手に慰めてやれるんだろうけどな」
『ううん。話、聞いてくれてありがとう』
「苗字!!」
呼ばれると同時に、火神君からボールを渡される。
彼はにかっと笑った。
「折角、コートまで来たんだ。バスケやってこーぜ!!」
『えっ!?』
「レイアップでも、ゴール下からのシュートでも、好きにやってみろよ。スカッとするぜ!!」
※※※
私は汗だくになって、火神君とバスケをしていた。
彼は手加減してくれて、ゆっくりと動いてくれる。
基本、私のシュートの邪魔をしないでいてくれるけど、それでも中々シュートが入らない。
『はっはぁ!…ちょっとタンマ…!』
「もうへばったのか?だらしねーな、おい!」
以前、彼等に教わったけど、あまりやっていないので、身体が忘れている。
「そんなフォームじゃ入らねーぞ!もっとバネを活かせ!!」
『………』
私がへたりと座り込んだら、火神君が寄って来て、私の腋に手を入れて立たせる。
「おい、しっかりしろ!!」
『ちょっと…キツイ』
「入らねーなら、こうするか?…よっ、と!」
『え……?きゃっ!!』
火神君は、腋を支えて私を持ち上げ、ゴールポストの前に掲げる。
「ほれ、名前!ボールを入れろ!!」
私は、持ち上げられたまま、ボールをゴールに投げ込む。
火神君は呆れた様に言った。
「苗字…それじゃ、ダンクにならないだろ!? もう一度上げてやるから、今度は叩き込めよ!!
何なら、気に入らねーヤツの面でも思い浮かべて、ぶっ飛ばすつもりでやれ!」
気に入らないヤツ…って。今は関係無く、青峰君の顔しか思い浮かばないよ!
…青峰君みたいに、叩き込めるかな?
私は、ほぼ自棄になって、ボールをゴールに叩き付けた。
ボールはバンッと音を立ててボードにぶつかり、リングを潜って地面に落ちた。
「nice!!」
火神君は、やたらと流暢な英語を発音し、親指立ててにかっと笑った。
「苗字、ダンクやった感想はどうだ?」
『ここまで高い視点で見た事ないから、何だか新鮮だね!』
背の高い人って、こう見えるんだな…青峰君の視点もこんな感じなのかな…?
「なっ!?スッキリしたろ?」
火神君は朗らかに笑って、私を下した。
『ありがとう!!楽しかったよ!』
その時、後ろから聞きなれた低い声がした。
「……何で、お前までここにいんだ…?名前」
私は驚いて振り向いた。
「さつきの情報網で来てみれば…ったく。名前、こんな所で油売ってんじゃねーよ」
『大輝君!?』
火神君は腑に落ちない顔をしている。
「だいき…?」
青峰君の目は、私を見ていなかった。
獰猛な飢えた獣が、久しぶりの獲物を見つけた時の様に、ギラギラと目を輝かせて火神君を凝視している。
「火神大我…だろ?相手しろ、試してやるから」
それに火神君が不機嫌に応じる。
「…あ?誰だテメー。名乗りもしないで相手しろとか、気に入らねーな」
「お前の気分なんか聞いてねーよ。やれっつったらやるんだよ。
…まー、名前位は言ってやるよ。…青峰大輝だ」
「青峰…っ!?お前が……?」
火神君は戸惑った様に、私と青峰君を交互に見た。
「名前は聞いてるぜ。けど、そんな上から物言われて、素直にハイなんて言う訳…」
「だから聞いてねーんだよ。グダグタ言ってねーでやれ」
私は青峰君に駆け寄った。
『あの、青峰君!いきなり何言うの!?』
「名前は黙ってろ。俺は火神に言ってんだよ」
火神君は、ゆっくりと息を吐く。
そして、青峰君を睨み据えた。
『黄瀬といい、緑間といい…「キセキの世代」ってのは、カンに障るヤツばっかだけど、
テメーはそん中でも格別だな!!ぶっ倒してやるよ!!!』
※※※
「…そんな…!!」
火神君は、青峰君に全く歯が立たなかった。
青峰君は、為す術も無く抜かされる火神君に、非情な言葉を投げかける。
「お前の光は淡すぎる」
『火神君!!』
私は火神君に駆け寄ろうとしたが、青峰君に腕を捉えられた。
「行くぞ、名前」
『あっ…!!ちょっと!?』
青峰君は不機嫌なまま、私の腕を掴んで離さない。
私は有無を言わさず、ぐいぐいと青峰君に引っ張られて行く。
私が多少抵抗して踏ん張っても、力の差は如何ともし難く、易々と引き摺られる。
私は抗議の声を上げた。
『大輝君ったら!!』
青峰君は、漸く足を止めて私を見た。
彼は、さっき程の様な冷ややかな瞳をしてはいなかった。
ただ、苛立ちと遣る瀬無さの混じった様な表情をしていた。
「俺の…欲しいものは、決して手に入らねえ。あいつも…期待外れでがっかりしたわ」
『大輝君…』
「名前、お前も…火神といる時は楽しそうだったな。くそっ!!あの野郎、お前を持ち上げやがって……っ!」
ダンッ!!!
彼は私の頭ごしに、塀を強く叩いた。
私は、ビクッと首を竦めた。
『大輝君…!?』
何?何なの??
私は、道添いの石塀に押し付けられた。
青峰君が両手を塀に突いて、私を見下ろしている。
私は涙目で、青峰君を見上げる。
彼は、私の顎に手をかけて、軽く持ち上げた。
青峰君に触れられながら、至近距離で見つめられ、私の心臓が暴れ出す。
頬にかっと熱が上がって行くのを感じた。
「名前…おめーは自覚ねーみてーだが、その顔は野郎共の注意を引くんだよ。
おめー…コンタクト止めて、眼鏡に戻せ」
『え…?』
私は、彼が何を言っているのか、分からなかった。
私がコンタクトにしたのは…
青峰君に、少しでも可愛く思って欲しかったから。
そうすれば…彼が好きなアイドルに似てると言われる、近い姿なら…振り向いてくれるかもしれない、って思ったから。
それなのに、肝心の青峰君を何故か不機嫌にして、怒らせている。
私は、他の男の人なんて要らない。
大輝君だけに見て…振り向いて欲しかった。
眼鏡に戻せ…か。
胸も、彼の好みと違って、そんなに大きくは無い私。
多少顔が似てると言われた所で、紛いものは所詮、紛いものでしかない。
アイドルとは、中身以前に、外見だけでも天と地程も差がある。
私の浅ましい欲望なんて…叶いっこないんだ。
「…おい?名前、聞いてんのか?」
私は、彼の手から顎を外し、下を向いて唇を噛み締める。
そして、再び伸びて来た彼の手を振り払った。
今、顔見せたら、泣きそうなのがばれてしまう。
私は、やっとの事で震えを押え、声を振り絞る。
『……分かった。眼鏡に戻すよ。だから離して。
……パットを連れて戻らなきゃ』
「名前」
『触らないで…!』
私の悲痛な声に、彼は目を見開き、びくりと手を止めた。
その時、後ろから可愛い声がした。
「あっ!?青峰君、こんな所で何やってんの?今日は練習でしょ?…って、名前ちゃん!??」
「さつき…何でいんだ?こんなとこ」
桃井さんは、胡乱気な目付きで青峰君を見やった。
「まさか…名前ちゃんに、何か良からぬ事をしてたんじゃないでしょうね?」
「してねーよ!」
「いくら、名前ちゃんが可愛くなったからって、強引に迫り過ぎると嫌われるよ?」
「……さつき…てめぇ…いい加減にしろ!」
青峰君が、更に苛ついて来ている。
私は慌てて誤解を解いた。
『さつきちゃん…可愛いと言ってくれるのは、ありがたいけど、そんなんじゃないから!』
「名前ちゃん…?」
『じゃね!』
私は彼らに背を向けて、逃げる様に走り出した。
今は、いたたまれなくて、ここに居たくない。
眼鏡…今度は持って来なくちゃ。
私は、落ち込んで泣きそうになる気持ちを堪えて、パットを探しに戻った。