チャリア組再び
私は急いで元の場所に戻った。
パットを繋いでいた場所に、犬は影も形も無かった。
私は慌てて辺りを見回す。
火神君は犬が苦手だから、連れ去りは出来ない筈だ。…どこ行ったんだろう?
『…また、脱走したのかなぁ…?』
私が公園での捜索を一通りしても見つからなくて、警察にでも届けるか、と半ば諦めかけた時。
「…全く、お前の主人はどこに行ったのだよ?…火神に泣きながら押し付けられて、俺は良い迷惑なのだよ」
と、聞き覚えのある声が聞こえた。
そこには、緑間君が日本人形を抱えて、セントバーナードを連れていた。
「一応…高尾も探してはいるがな。俺も暇ではない。お前もさっさと苗字を見付けるのだよ」
『緑間さん!?』
彼は、私の声に気が付いたが、怪訝そうに眉を顰める。
「……?お前は…誰なのだよ?」
『…あ…?えっ…?』
その時、私は自分が眼鏡をしてない事に気が付いた。
でも、私がその事を知らせるより早く、パットが一声吼えて突進して来た。
『わっ!?』
「こら!止まるのだよ!!パット!!!」
緑間君は、パットに付けた手綱に引き摺られる様にして、一緒に突っ込んで来た。
私はパットにタックルされ、同時に引き摺られた緑間君が躓く。
私は、身体に衝撃を感じると同時に、地面に倒されていた。
私の身体にパットが乗り、その上から緑間君が片手を突いて被さっている。
『………!!!』
突然の至近距離に、私の心臓が跳ねる。
「…お前は…もしかして、苗字か?」
緑間君は、私の顔を興味深げに覗き込んだ。
「……眼鏡外すと、まるで別人だな」
…人の事、言えるのですか…?
…それにしても、び…美人だなぁ。……男の人に使う表現としては、どうかとも思うけど。
『……いいなぁ』睫毛長くて。
私の零した一言に、緑間君は眉を顰めた。
「何がいいのだよ?」
彼に問われて、初めて、私は独り言を声に出してしまったのを悟った。
『あっ…!?』私は狼狽えた。
この状態って…傍から見たら、不味いかも…?
緑間君は、身体を起こしてパットを退かしてくれた。
私は、お礼を言おうとしたが、緑間君はある事に気が付いて固まっていた。
彼が手にしている、一見、お雛様みたいな日本人形…その人形が胴体だけになっていた。
彼は、慌てて辺りを見回す。
「三宝の首が…!?一体、どこに行ったのだよ!??」
『三宝?』
「三人官女の真ん中の雛人形の事なのだよ!首が外れてしまったのだよ!!!」
『首…?』
「今日の蟹座のラッキーアイテムだ。妹のを借りたのだよ!」
雛人形って…結構高価…ですよね?
首が無い、なんて大事だ。
私は起き上がろうと、地面に手を付いた時、何か丸い物に手が触れた。
無意識にそれを掴む。
『…あ』
それは人形の首だった。
どうやら、ぶつかった時の衝撃で、人形の首が外れて転がってしまったらしい。
『…あの。これ……?』
緑間君は、私の手の中を見て目を見開き、半ば引っ手繰る様にそれを奪う。
「あったのだよ!!!」
緑間君は、首を胴体に捩じ込んで入れ、ドヤ顔で見せる。
「これでよし」
私は、その人形の違和感に首を傾げた。
『…それ、前後が逆ですよ?』
「……前も後ろも大差無いのだよ」
…大ありだよ。…妹さんが、この兄の言葉を聞いたら何と言うか。
「では、俺はこれで行くのだよ」
緑間君は踵を返す。
『あっ、あの!!』
緑間君は、青峰君と同じ中学のチームメイトだ。
彼なら、青峰君の事が聞けるかもしれない。
「…何なのだよ?」
『あの…っ!青峰君の事、教えて下さい!!』
「………」
緑間君は面倒だと言わんがばかりに、顔を顰めている。
私は重ねてお願いした。
『迷惑だろうけど…お願いします!!』
緑間君は、軽い溜息を吐いた。
「…仕方ない。お汁粉一缶で、手を打ってやるのだよ」
※※※
「…で? 青峰の何が聞きたいのだよ」
私達は、公園のベンチで並んで座った。
緑間君にあげたのと同じ冷たいお汁粉の缶を手の中で玩ぶ。
それを見た、緑間君が軽く目を瞠った。
「…お前もお汁粉が好きなのか?」
『見ていたら、美味しそうだな、と思って』
何か…久し振りだな。缶のお汁粉。
私は、お汁粉の缶を開けて飲んだ。
優しい甘さが気分を解してくれる。『…美味しい…』
緑間君は、そんな私を暫く凝視していたが、私が視線を彼に向けると、慌てた様に咳払いした。
「……俺の知ってる青峰は、基本的にバスケが好きな単純な男なのだよ」
『…彼、最近、私に怒ってるみたいで…コンタクトにしたら、今度は眼鏡に戻せって』
「…そう言えば、苗字が眼鏡を外したから、誰だか分からなかったのだよ。
そもそも、何でお前はコンタクトにした?」
私は俯いた。
『…青峰君に…良く思われたかったから。私、以前に青峰君の好きな、堀北マイに似てるって言われた事があって』
「外見だけ似せても虚しいだけなのだよ」
『そんな事、分かってる…!けど…っ!!』
激する私に対して、淡々と緑間君は言葉を続ける。
「青峰は知らんが、俺から見たら、苗字は、全然変わってなどいないのだよ。
眼鏡にしようが、コンタクトにしようが、苗字は苗字なのだよ」
『…私は…私?』
「誰に似て様が、お前はお前だ。
…例え、外見がそっくりだとしても、人は中身まで成り変わる事は出来ないのだよ」
『…私、青峰君に眼鏡に戻せって言われた時、私の努力が否定されたと思ったの』
「ヤツは他に何か言ってたか?」
私は、緑間君に言われて、青峰君のあの時の言葉を思い出す。
『…ええと。私の顔は、他の男性達の注意を引くって』
それを聞いた緑間君は頭を抱えた。
『…あの?…緑間さん?』
訳が分からず聞いた私に、緑間君は頭を抱えたまま、唸る様に返事をする。
「……繰り返すが、青峰は単純な男だ。それは多分、女に対しても当て嵌まるのだよ。…後はお前が考えろ」
「真ちゃーん!!」
遠くから、高尾君がチャリアカーで走って来た。
緑間君は軽く缶を振って、お汁粉を最後まで飲み干すと立ち上がった。
「馳走になったな。では、俺は今度こそ行くのだよ」
「あれっ!?」
高尾君は近くまで走って来ると、私の顔を見て、驚いた様に叫んだ。
「誰?この子…!?可愛いーじゃん!!お汁粉デートなんて、真ちゃんも隅に置けねーなぁ♪」
「何を言っているのだよ、高尾!…こいつは苗字名前だ」
高尾君は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしたが、すぐに騒ぎ出した。
「えっっ!!??…マジで!!???…って、名前ちゃんって、どっちかっつーと地味子で…って。あ、ゴメン!!!」
『そうですけど。高尾さん…本音がダダ漏れです…』
「わりー、わりー」
高尾君は手を拝む様に上げて謝った。…でも、あまり本気で悪いとは思ってないっぽい。
それに緑間君が眼鏡を上げながら、さり気なく追い打ちをかけてくれる。
「横にいる犬が証明している。セントバーナードを飼ってる者は、日本では、そう多くはないからな」
『火神さんじゃあるまいし、緑間さんまで、私をパットの付属品扱いにしないでください!」
「俺と、あのバカを一緒にするなっ!!!」
高尾君は、腹を抱えて笑い出した。
「成程ね!!確かに外見は変えても中身は同じ、面白い名前ちゃんのままだな!!」
『……面白い…??』
私は茫然と呟いた。
今まで真面目だの、お堅いだの言われた事は星の数程あるけど、"面白い"と、言われたのは初めてだ。
何だか、人生初の言われ様が酷い気がするのは、気のせいだろうか…?
私が納得行かない顔をしていたのだろう。
緑間君が珍しくフォローする。
「高尾にかかれば、何でも面白くされるのだよ。…例え俺でもな」
私は、うっかり言うとややこしくなるので、こっそり心の中でだけで呟く。
(…緑間さんは、十分面白いと思います…)
※※※
途中まで彼等と一緒に歩き、本屋に差し掛かった。
緑間君はリヤカーの中で、私に向き直る。
「では俺は参考書を買うから、ここで失礼するのだよ」
私は二人に礼をした。
『ありがとうございました。お二人共、大変助かりました』
「相変わらず礼儀正しいのだな」
「じゃーね!!名前ちゃん、また、何時でも頼ってくれよ!」
私は二人と別れて歩き出した後、パットが咥えてる物を見て目を剥いた。
『緑間さんっ!!』
私は犬を外に繋ぎ、慌てて本屋に飛び込んだ。
血相を変えて飛び込んで来た私に、彼等は驚いたらしい。
他の客達の耳目をも集めてしまったが、私はそれどころじゃなかった。
「苗字、一体何なのだよ?…こんな所で騒ぐなんて、お前らしく無いのだよ」
私は、彼等の前でピタリと足を止め、恐る恐る切り出した。
『…あの。緑間さんのラッキーアイテム、…今どうなってます?』
「どう、とは?」
そこへ高尾君が割り込む。
「真ちゃん、そのラッキーアイテム、出してみそ?」
「………!!!」
「ぶほっ!!」
出したアイテムを見た緑間君は固まり、高尾君は盛大に吹き出した。
またもや雛人形の首が無くなっていた。
ああ…やっぱり。私は頭を下げた。
『……ごめんなさい。それ、パットが玩具にしてて。…弁償するから!』
でも緑間君は、当然ながら実物を見てないので、それだけでは納得しなかった。
「…で、苗字、その首はあるのだろう?返すのだよ」
『見ない方が、精神衛生上良いと思うけど…』
仕方なく、私は後ろに隠していた物を、ゆっくりと差し出す。
「ぶわっはははwww!!!」
高尾君は弾ける様に爆笑し、緑間君は彫像の様に固まった。
雛人形の顔は奇跡的に無事だったが、元は大垂髪(おすべらかし)の髪の毛が見事に爆発していた。
「か…髪がっ…雛人形がパンクにっ…w!!」
その状態に関わらず、緑間君が首をそのまま戻したから、
高尾君は息が絶え絶えになるまで、笑い転げる羽目になった。
後で、ご家族と相談して連絡を貰う事になり、私は今まで散々注目されてしまった本屋を出ようと歩き出したが、
ふと、レジの横を貼ってあるポスターが目に付いた。
「堀北マイ写真集・新発売記念サイン会、当店で開催!!」
私はレジに駆け寄り、詳しく話を聞いた。
上手く行けば、青峰君との仲直りの切っ掛けを掴めるかも?
でも店員さんは、申し訳なさそうに、写真集購入特典での整理券配布は、既に終了していると告げた。
がっかりした私は、それでも未練がましく、ポスターにチラリと視線を走らせた。
…青峰君は、もう写真集を買ったろうか?
そう言えば…今月は、もうお小遣いがピンチだと愚痴っていたのを思い出す。
サイン会の整理券は無いけど良いか…
私は結局、写真集を購入した。
※※※
これで話す切っ掛け、掴めるかなー…?
私は、今、自室で写真集をボーっと眺めている。
写真集の彼女は、とても可愛くて、女の私から見ても、とても魅力的な肢体で。
『…羨ましい』
こんな風に魅力的になれたらなぁ…と溜息が出た。
『…どんなに外見が変わっても、私は私…かぁ』
緑間君はそうでも、青峰君はどうなんだろう?
…でも、コンタクトにしてから、彼とはおかしくなっていった様な気がする。
元に戻せるなら、眼鏡にした方がいいのかなぁ?
そうしたら、時間も巻き戻せるだろうか…?
『結局、私は私以外の者にはなれない。…眼鏡に戻して、またちゃんと青峰君と話してみよう。
…少しだけ、貴女の力を貸してね』
私は、写真集の表紙の水着姿で微笑んでいる彼女に語り掛けた。