揺らめく気持ち
「名前、単なる捻挫で良かったな」
『…うん』
私は、帰途に寄った病院から、また青峰君におぶわれている。
広い背中、逞しい肩。
私を支える強い腕は安定感があって、伝わる体温と息遣いが私をドキドキさせる。
そして、迫られていた時の事を思い出すと、恥ずかしくて堪らなくなる。
(緑間が好きなのか?)
さっきの青峰君の言葉が脳裏に蘇った。
…あれはどう言う意味?
どんな気持ちで言ったのだろうか?
もし、私が緑間さんが好きだと言ったら?
(許さねえ)
……まさか…ね。
大輝…が…?…私…を??
そんな、都合が良い事ある訳がない。
こんな近くで触れているのに、彼は怒ったり優しかったり…
どうして?
その一言が言い出せない。
言い出してしまったら、取り返しがつかなくなる様な気がして。
でも、これだけは言わなくては。
『…大輝君、緑間さんは良い人で、私にとっては良い友達だよ。…だけど、それだけだから。
あの電話は、彼のラッキーアイテムを私が壊してしまったから、その弁償する話だっただけよ』
青峰君は、ぼそりと返した。
「…アイツのラッキーアイテム壊して、よく無事だったよな、おめー…」
『壊したのはパットだし』
「あー…道理でな」
私が事の顛末を詳しく話すと、青峰君は肩を震わせて笑っていた。
「ぶはっw!! 名前、おめー、あんまり笑わせっと、落っことすぞ!?」
『あの時に、こんな説明が出来る空気じゃなかったし』
青峰君は気まり悪げに俯く。
「……あー…怪我させちまって…悪かったな」
『ケーキ…』
「あ?」
『今度、奢ってくれたら帳消しにする』
「…っち!俺も小遣い足りねーんだよ!…でも、そうだな。今度、マイちゃん写真集の礼を兼ねて奢ってやるわ」
『ん、約束だよ!』
「おー」
家に送って貰って、彼の後ろ姿を見送る。
今になって、じわじわと顔に熱が上がって来た。
私は、甘くてもどかしい気持ちを抱えたまま、玄関に立ち尽くした。
※※※
次の日の朝
『行って来ます』
私は支度を終えて玄関を出た。
そこに、のっそりと出て来た思いがけない人物を見付け、驚いて立ち止まる。
「うーす…」
『……っ!大輝君っ!?』
何で家の前にいるんだろう?
「おめー…足の具合はどうだ?」
『ああ…軽く捻っただけだから、一晩湿布してかなり楽になったよ』
「名前、鞄貸せ」
『…は?』
「さっさと寄越せ。遅刻すっぞ」
青峰君から信じ難い言葉が出て来て、私の鞄が引っ手繰られた。
『あ、あの…っ!?』
それに青峰君は煩わしそうに振り向いて私を見る。
「んだよ。行かねーのか?」
『いっ、行くけど!!』
「そうかよ」と言い捨てて、青峰君は先に行ってしまう。
私は慌てて、足を引き摺りながら彼を追った。
青峰君は、数歩先を歩きながらも、彼にしては、かなりのゆっくりした速さで歩いていた。
時々振り向いて、私の位置を確認しながら、立ち止まってはまた歩く。
私はテンパりながらも、彼の後について歩いて行く。
…もしかして、怪我をした私の為に来てくれたんだろうか?
『あの…っ!』
「何だ?」
『……ありがとう。…大輝君』
私のおずおずとした礼に、青峰君はニヤリと微笑った。
「背負う必要までは無かったみてーだな」
背負うって!?
私は昨日の事を思い出して、顔を赤らめた。
学校に近付くにつれ、周りには、同じく登校する生徒達が増えて来る。
ただでさえ、青峰君と二人で一緒に登校して、注目されちゃってる。
これで背負われてるのを皆に見られたりしたら、どうなることか。…考えるのも恐ろしい。
『背負われるのは…さすがに恥ずかしいよ』
「なら、抱っこしてやろーか?」
『止めて!!無理っ!!!』
青峰君は軽く舌打ちをした。
「…ちっ、そこまで拒否されっと、こっちも傷付くっつーの…」
青峰君のその言葉は、あまりにも小さくて口の中でだけの呟きだったので、私には届かなかった。
※※※
青峰君と教室に一緒に入ると、クラスメイト達が騒めいた。
朝練を済ませた桜井君が駆け寄って来る。
『名前さん、おはようございます!青峰さんも!?』
『おはよう、良君』
「うーす…」
桜井君が、何とも言えない表情で、私達を見比べた。
「…さっき、女の子達が言ってたのは本当だったんですね…?」と呟く。
『何?どうしたの??』
「いえ…っ、名前さんと青峰君が一緒に登校してる、二人は付き合っているのか?って」
『ええっ!?』
「あっ、いや、僕が言った訳ではないです!スミマセン!!!」
青峰君は何も言わずに、席に付いて長い足を投げ出した。
何で…青峰君は、この噂に関して何も言わないのだろう?
まるで…自分が関与して無いかの様に。
そこまで考えて、私は胸がズキリと痛んだ。
何とも思って無い…か、自分に関係が無いと思っているのだろうか?
私は、桜井君に苦笑いをした。
『そんなんじゃないから。私が足を怪我した時に居合わせたから、心配してくれてるだけだよ』
桜井君は、それでも腑に落ちない顔をしていた。
「…そうなんですか。…でも、青峰さんは…」
青峰君が追い被せる様に、低い声で不機嫌そうに絡む。
「良…俺が何だって?」
「わっ!!それが他にも噂の出所があって…スミマセン!!」
『出所?』
「ああ…えっと、サッカー部です。うちのキャプテンも聞いたと言ってました。若松先輩も大騒ぎで」
それに、青峰君は興味無さげに言う。
「ああ。道理で、さつきからのメールが煩せーと思った」
「バスケ部では喧嘩していましたからね。…あれから仲直りしたのですね」
「ああ。まーな」
桜井君の言葉を聞いた私は頭を抱えた。
確かに…あの追っ払い方は、そう考えられる方が自然だ。
私に二度と手を出さねーと約束しろ、って喉を絞め上げていたんだから…
それに事も無げに青峰君は言う。
「ま、いいんじゃねーの? おめーも、その方が周りが静かになって良いだろ」
『…っ、青峰君はそれで良いの?』
「別に俺は構わねーよ」
…それって、どう言う意味?
私の胸の騒めきは止まる事が無かった。
※※※
昼休みの時間、私は、足の湿布を取り換えて貰う為に保健室に行った。
戻る時、いつもはあまり人気のない渡り廊下に差し掛かった。
ふと、青峰君の後ろ姿が目に止まり、校舎の裏手に歩いて行くのを見付けた。
私は吸い寄せられる様に、彼の後ろを着けて行く。
彼に声を掛けようとして、慌てて私は校舎の柱に身を寄せた。
彼は、一人では無かった。
女生徒と一緒にいた。勿論、桃井さんではない。
声ははっきりと聞き取れた。
青峰君の声は不機嫌だった。
「何だよ。こんな所に呼び出して、何か用か」
女生徒の声は切羽詰まった様に真剣なものだった。
「…っ、青峰君。……あの、私…青峰君が好きです!付き合ってくれませんか?」
これは…!!!
私は頭を鈍器で殴られた様な気がした。
『告白だ…!!』
以前、私もされた事があるけど、よりによって青峰君の現場に居合わせてしまうなんて。
私は、それ以上聞くのが怖くて戻ろうと思ったけど、足が震えて動かなかった。
私は心の中が熱く焼けてしまうのではないかと思った。
灼熱の嵐が私の中を吹き荒れ、醜い感情が頭をもたげる。
(お願い!!大輝君、断って…!!!)
他人の恋路が成就しないようにと、願ってしまう私は最低だ。
分かってはいたけど、止められなかった。
今なら、私は彼へ宛てたラブレターを破り捨ててしまうかもしれない。
彼が私にした様に。
誰かを好きになる事が、こんなに苦しいだなんて。
その時、青峰君の声が私の耳朶を叩いた。
「…っあー…わりぃ。俺、付き合うの無理だわ」
「何で…っ!?苗字さんと付き合っているから、ですか?」
「…そー言う訳じゃねーけどよ、俺、好きなヤツいっから」
好きな…人がいる…!?
「誰ですか…!?それ…!!!?」
私はそれ以上、聞く事が出来ずにヨタヨタと駆け出した。
『…好き…な、人が…いる』青峰君に。
それは誰なんだろう?
それが私だったら…どんなに嬉しい事だろうか?
でも、それが他の人だったら?
聞いてしまえば良いんだろう。…さっきの彼女みたいに。
でも…それで終わってしまったら。
私は頭を振った。
『…告白って、勇気がいる事だったんだな…』
勿論、頭では分かったつもりでいた。
でも、自分の身で考えてみて、実感する所まではいかなかった。
皆…この感情を乗り越えて告って来たのか。
そう考えると、私は振った人達に申し訳無くなって来た。
でも、それとは別に、私にも譲りたくない、譲れない思いがあるって事に気が付いてしまった。
『…うっ…!』
無理して走ったものだから、捻っただけの足の痛みは増していた。
『痛っ…!!!』私はふらついた。
「名前、何をしてんだ?…おめー」
後ろから、私の肩を掴んで支えてくれたのは…青峰君。
『…っ、大輝君!?』
「足治ってねーんだろが。走ってんじゃねーよ。これ以上、手間かけさす気か」
『……ごめんなさい』
「ったく…掴まってろ」
結局、教室まで私は青峰君に寄りかかり、青峰君は私の肩に腕を回して支えて歩いたものだから、周り中の注目と噂の的になってしまった。
そして、私は青峰君を直視する事が出来なくなってしまった。
彼を見る度に、好きな人がいるって事を、思い出して辛くなってしまうから。
彼の好きな人は誰なのか聞きたくても、それ以上踏み込む勇気のない、傷付く事が怖い意気地なしの私。
ライバルの失恋を喜ぶ、醜い私。
きっと、彼の本心を知るには、私も相応のもの…自らの気持ちを曝け出さなくてはならないのだろう。
今の私には、未だ、その決心が付かなかった。