夢見る紅薔薇姫




私は青峰君に抱き締められていた。

ずっとそのままでいたかった。…けど、時間は無常に過ぎて行く訳で。
すっと私の身体から逞しい腕が解かれ、青峰君の体温が離れて行くのを名残惜しく感じた。

彼は薄らと赤い顔を背けながら言う。
「…じゃあ行くぞ」
『どこへ?』

私の問いに彼は答えず、私の手を掴んで勝手に歩き出した。
「……確か…さつきのリサーチだと…」
微かに呟く声が聞こえ、私の胸はチクリと痛む。

……もしかして、彼の好きな人って…桃井さんの事、だろうか?
桃井さんは他に好きな人がいるって否定していたけど、青峰君の方はどう思っているのか…聞いた事無かったな。
彼、巨乳好きだし。

そう考えると、彼女が彼に一番相応しいと思えた。
幼馴染…一緒に重ねた時間に勝てる筈はない。

私の片手は確かに彼と繋がってはいたが、心許無い気がして、縋り付く様に強く握り締めた。

※※※

「ここだな」

青峰君が足を止めたのは、住宅街の中の、こじんまりとした一軒の可愛らしいカフェ。
「っと…マジかよ…?」
『????』
彼は低く呻いた。私は訳が分からずに、首を傾げる。

軽やかな音のドアベルを鳴らして中に入った。
「いらっしゃいませー!」
明るい店員達の声に出迎えられ、席に案内される。

横にあるフランス窓のレースのカーテンを経て、柔らかな光が差し込んでいた。
外の緑の葉が透けてキラキラしている。
表から見た通りに中のインテリアも、とても可愛らしい。

「……あのヤロー……!」

…しかし…気のせいか、青峰君の顔色がどんどん冴えなくなって行く様な気がする…?

『あの、…大輝君、大丈夫?』
「…いや、あまり大丈夫じゃねぇ……」

青峰君はテーブルに突っ伏した。私は慌てた。

『具合悪いの!? 帰った方が良いんじゃ…?』
「そーゆーこっちゃねーよ…! この店の趣味が肌に合わねーだけだ。
…ったく、さつきのヤツ、幾らケーキが美味いっつっても、乙女ちっく過ぎんだろ…精神削られんだよ……」
『ケーキ!?』

私の驚いた声に青峰君は顔を上げた。
「…マイちゃん写真集のお礼に奢るっつってんだろ! 俺はどの店が良いか分かんねーからよ。
さつきに聞いたら、この店が最近女子に人気があるんだとよ。さっさと選べよ」

覚えててくれたんだ…? それで……

私は、さっきから続いていた心の痛みが消えて行った。単純な自分に笑みが零れる。
青峰君は、そんな私を見やり、眉を顰めた。
「名前、てめー何笑ってんだ…?」
『ううん、何でも無いよ!』
「…変なヤツ…!」

私は急いで手元のメニューを開いた。
綺麗で美味しそうなスイーツの写真が並んで載っている。

……どれも美味しそう。…でも、このメニュー……
「どーした? さっさと決めろ」
『……ならね…私は"夢見る紅薔薇姫"にする!』
「…何だそりゃ?」

青峰君は呆れた様に呟いた。私は膨れた。
『だって! このメニューにそう書いてあるんだもの!』
青峰君はメニューを覗き込み、うげぇっ!? と叫んで仰け反った。

「"森の妖精の散歩道"…"白雪姫のこっそりおやつ"…"サンドリヨンの秘密の時間"…???
ケーキの名前じゃねーな。意味分かんねぇ……!」
何で普通の名前にしねーんだよ、とブツブツと文句を言う彼に、私は思わず吹き出した。
「てめっ! 名前、笑ってんじゃねーよっ!!」
『いや、大輝君がどんな顔して注文するのかな? って…!』
「フン、そーは行くか!」

青峰君はニヤリと笑うと、メニューのページを捲った。
「甘ったるいケーキじゃなきゃ、そんなふざけた名前は付かねーだろ!?」
そして軽食のページを見て、彼は口を開けたまま固まった。

私が、そのページを覗き込むと、そこにはハニーフレンチトーストの写真の横に"クマさんからの贈り物"、
シーフードピラフには"人魚姫のお友達"、
クラブハウスサンドイッチには"赤ずきんちゃんとピクニック"、
ハンバーガープレートには"牛さんのすやすやお昼寝タイム"と書かれていて、青峰君は再度撃沈した。

結局、青峰君は写真を黙って指差すやり方で通した。
注文の後に「ぶれねえ店だぜ…」と、疲れた口調で呟いていた。

「何だ、結局来たのはフツーのケーキじゃねーか?」
『…うん。普通のラズベリーチーズムースだね。…で、大輝君のは牛さんのすやすやお昼寝タイム…w』
クスクス笑った私を彼は軽く小突いた。

「ただのハンバーガーだっつーの! …どーだ? それ、うめーか?」
『うん、甘酸っぱくて美味しい!』
「…そーかよ。なら良かったぜ! …恥ずかしい思いして入った甲斐があったわ」
青峰君はニッと笑い、私のケーキの飾りのホワイトチョコレートを一欠片取り、口の中に放り込んだ。

「甘めーな…」
『ちょっと、大輝君!』
私が窘めると、青峰君は顔を顰めた。

「何だよ、良いじゃねーか少し位。俺の奢りなんだからよ」
『…そ、そうだけど』
「ほれ、ポテトやるから、おめーも食え」

彼は、自分の皿からフライドポテトを数本取り、私の皿に移す。

『…あ、ありがとう』
甘い味に慣れた舌に、程好い塩加減のポテトが美味しい。

こうしていると、まるでデートみたい。
私は甘酸っぱいケーキをゆっくりと味わいながら、この一時だけの幸せがずっと続くと良いのに、と秘かに願った。

※※※

-青峰side-

「……名前…」

俺は帰宅した後、自室のベッドで寝転がりながら、手にしたチケットを矯めつ眇めつ眺めていた。
「黄瀬ルートっつーのが些か気に喰わねえが、アイツ…よく、こんなもん手に入れて来たもんだな…」

……何で、そんなに俺の事…に一生懸命になれるんだ…?
真面目で義理堅いヤツなのは知ってっけどよ。

つい、嬉しくなって、後先考えずに名前を抱き締めてしまった。
その事を思い返すと、甘くてこそばゆい気分になって来る。
「……ちっ!」

俺は身体を起こし、手近にあるマイちゃんの写真集を手に取る。
最新刊は、特別に大切にしている。
何も、ヤツがくれたからって訳じゃねーけどよ。何たってマイちゃんの最新刊だし。
…貰った時は喧嘩してたがな。

俺は、人知れず口許が緩む。

俺は、その写真集を捲りながらしみじみと呟いた。
「……こーして見ると、思ったより似てねーんだな…最初は似てると思って、ちょっかいかけたんだがな」

……それにしても、最近、俺は名前の事ばかり考えているな。

名前が俺の背中に手を回してくれた時には、心臓が壊れるかと思ったぜ。
柔らかくて…甘い匂いがして……可愛いっつーか…堪らなかった。

いや、マイちゃんには勿論負けてるけどよ…でも、胸がイマイチな事は全然気にならなかったな。
俺は首を振った。

そーいや…さつきのヤツ、名前が俺の気持ちを誤解しているとか何とか言ってたな。
俺の好きなヤツが他にいるとか何とか…?
何でわざわざそんな事を言いに来たんだ。……意味、分かんねー。

確かに俺は名前を気に入っている。
堅苦しくて頑固で…真直ぐで、俺にも怯まねえし、媚ねえ。
思ったより話し易くて、親切で。……それに、時々何つーか…可愛く…見えない事もない。

(このまま気持ち伝えないなら、名前ちゃん誰かに取られても知らないよ?)

何故だか、さつきの声が蘇って来た。
「…取られるって何だよ…?」

まぁ…アイツ、最近意外とモテる様になってっからな。狙ってる男は多いだろうな。
そう考えると忌々しくなり、舌打ちした。

心の中で不安が浸食し、どす黒い感情が滲みの様に広がって行く。

…アイツに手を出すヤツは…俺が許さねえ。
でも、気持ちを伝えるって…どう言えば良いんだ?
こんな…ドロドロの気持ちをぶつけても、前みたいに怖がられるだけじゃねーか…


ふと枕元に放り投げてある携帯を見ると、着信を示すランプが点いていた。
「…誰だ?」
秘かに淡い期待を抱いて送信元を見る。
「何だよ、黄瀬か」

俺は軽い落胆を覚えながら渋々電話に出た。
「…俺だ」
《青峰っちー!?》
「じゃあな」
《ちょっ…!? すぐに切るなんて酷いっス〜!!》

「……そーいや、マイちゃんのチケット悪ぃな。ありがたく貰っとくわ」
《それ、名前っちから聞いたっスよ。ついでの話だったんスけど、こっちも仕事上の関わりがあったんで
ちょっと言ってみたら、向こうの事務所から運良く送られて来たんス》
「ああ」
《それはそうと、あの後デートしたんしょ? 青峰っち》
「…………写真集貰ったお礼に、一緒にケーキ食いに行ったけどな」
《それは良かったっスね…!つか何っスか!? その妙な沈黙は!??》

チッ! …全く妙にカンの良い野郎だぜ。
ケーキ屋行く前に、やっちまった事を追及されたりしたら面倒だ。
「何でもねーよ!」
《さっき舌打ちしてなかったっスか!?》
「…気のせいだろ。じゃあな!」
《青みn…っ!?》

俺は強引にガチャ切りした。

黄瀬…緑間…火神…黒子…良…若松…
考えてみれば、アイツも何だかんだで関わっているヤローが多い。
その中には、名前を好きなヤツも少なからずいる。

(誰かに取られても知らないよ!)
取られる…!? 冗談じゃねーよ。名前は俺のだ…! 誰にもやらねー。

ごちゃごちゃ難しい事考えるのもいい加減に疲れたので、俺はそのままベッドに転がり目を閉じた。




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