不穏な予言




朝、起きてダイニングに行ったら、母が朝食の支度をしていた。
『お母さん、おはよう』
「おはよう、名前。もうすぐ朝食出来るから待ってて」
『食器、出しとくね』

私は、点けてあるテレビを何気なく見た。
おは朝占いの時間になり、ぼんやりと自分の星座の箇所を目で追った。

「今日の12位は…星座! 思わぬ災難に気を付けて! そんな星座のラッキーアイテムは"ライフジャケット"!!」
『ええ〜〜〜っ!? 何それ!?』

おは朝は、たまにしか見ないけど、よりによって目にしたのが最下位の日だなんて。
正直、占いなんてあまり信じてはないけど、気分は良いものではない。

おは朝の占いは当たると評判だけど、示されるラッキーアイテムは鬼畜な物も多い。
ライフジャケットなんて、特殊な趣味の人とかでなければ普通は持っているものではない。
私は気分を変える為に、母に断ってからニュース番組に変更した。


支度を整えて、いつもときっかり同じ時間に家を出る。
歩き出してすぐに、青峰君がふらりと現れた。
「よー、名前!」
『大輝君、おはよー。ここで待っててくれるなら、家に来てくれても良かったのに?』

青峰君は決まり悪げに頭を掻く。
「……朝っぱらから他人の家って…居づれーし、色々訊かれるのもウザってーよ」

家の方角が違うのに、いつも迎えに来てくれるのは有難いし嬉しい。
これのせいで、最近は私と青峰君が付き合っているなんて噂が立ってしまった。

『あれ? 大輝君、今日は何だか機嫌がいいね?』
私が何気なく指摘すると、青峰君は頬を僅かに緩め、口角を上げた。

「そりゃな! 何たって今日は、マイちゃんのサイン会があるんだぜ!?」
『そう言えば、サイン会って今日だったっけ?』
私の返しに拗ねた青峰君は「寄越したのは、おめーだろーが!? 忘れてたのかよ?」と口をへの字に曲げた。

「おめーからチケットを貰ってから、今日と言う日を指折り数えて待っていたんだぜ♪ 今日は這ってでもサイン会に行くからな!!!」
彼の決意表明に、思わず私は苦笑いした。

『…今日はバスケの試合無くて良かったね?』
「あっても、断然マイちゃんを取るぜ、俺は!!」
『……それ、さつきちゃんには絶対言っちゃダメだよ?』

青峰君の大好きなアイドル。
こんなに嬉しそうにしている彼は滅多に見られない。

私は、アイドルに到底敵わないのは分かっていながら、胸の奥に焼け付く様な不快感を感じた。
……これは嫉妬。アイドルとファンだとしても、こんなに彼女に焦がれる彼を見るのは辛かった。

勝手なものだ。このチケットをあげたのは他でもない私だと言うのに。
その時は、ただ彼に喜んで欲しかったけど、それ以上に自分を見て欲しいと言う欲望が根底にある事に気付かされる。

そう、比べても無駄なのだ。それ以前に、彼には他に好きな人がいるのだから。
私は軽く頭を振って、意識を切り替えた。

※※※

「…ん? 何だありゃ?」
『どーしたの?』

青峰君はいきなり足を止め、不審気に顔を顰めて前方を見た。
私も同じ方向に目をやり、見覚えのあるモノがこちらに近付きつつある事に気が付き、足を止める。

「おーーーい!!!」
自転車に乗ってる人…高尾君が、こちらに手を振っている。その自転車はリヤカーを牽いていた。

「…緑間!?…何であいつ等がいるんだよ!?」
『…今日って…平日だった…よね?』

青峰君と違い、彼等はまず授業は真面目に受けるタイプだろう。
秀徳高校は、ここから離れている。登校でかち合う事は無い筈だ。

私達が茫然と立ち止まっていると、彼等はぐんぐんと近付き、目の前まで来てチャリアカーを止める。

「……苗字、確かお前は星座生まれだったな?」
緑間君がリヤカーから降りるなり、私に確認した。私は驚きながらも答える。
『そ、そうですけど…? 何でご存知なのですか?』

彼はフッと口元だけで笑うと、眼鏡のブリッジに手をかけた。
「…俺は、俺の周りの大抵の者の星座は網羅している。人事を尽くす為にな」
青峰君が、私と緑間君との間に立ち塞がる。緑間君は青峰君を睨んだ。

「どけ、青峰。邪魔をするな」
「てめー、何のつもりだ? 名前に手ぇ出したらタダじゃおかねーからな!」
青峰君の剣幕に、私は慌てて宥めに入る。

『大輝君、落ち着いて…私と緑間さんはそんな仲じゃないから…』
そして私は緑間君の方を向き、頭を下げた。
『すみません。まさか今日、こんな所で会うとは思ってなかったので、お汁粉はまだ用意してなくて…』

私の言葉を聞いた高尾君は吹き出し、緑間君は鼻を鳴らした。
「当たり前だ。律儀にもあの約束を覚えているのは感心するが、俺もここでお汁粉を回収する気は無い。
…今ここに来たのは、お前の身を慮っての事なのだよ」

私の身に何があると言うのだろう?

「おめー、授業はフケたのか?」
「お前と一緒にするな青峰。今日は創立記念日で秀徳は休みなのだよ」
お前達は登校途中だろう、だから手短に済ますと彼は告げてから、私に紙袋を寄越した。

私は、その紙袋の中を覗いて首を傾げる。
『…緑間さん、これ…何ですか?』
「ライフジャケットだ。今日一日はこれを身に着けていろ」

"ライフジャケット" その言葉に不吉な占いの記憶が蘇った。
『……あっ!?』
「その様子だと、お前もおは朝はチェックしているのだな。アイテムは持っているか?」
『…持っていません』

私の答えに彼は嘆息し、真剣な表情で私を見る。
「星座の順位は最下位だ。今すぐそれを身に着けるのだよ」
『い、今すぐ、ですか?』
戸惑う私に、痺れを切らした青峰君が、横から口を差し挟み、私の腕を掴んで引き寄せた。
「いい加減にしろよ、緑間! 別に学校に着いてからでもいいだろ。遅刻しちまうぞ」

「お前の遅刻は今更だろう」
「俺は良いけど、こいつは優等生なんだよ!」
「おは朝は"思わぬ災難"と告げたのだよ。苗字の身の安全に関わるのだよ!」

言い合いに発展しかけて、見かねた高尾君が苦笑しながらも仲裁に入る。

「まあまあ…この間、真ちゃんもね、珍しくラッキーアイテム聞き損ねて…ププッw
その日の蟹座は、予想外の事が起こり易いってお告げで、有り得ない位の酷い目に沢山合ってしまった事があるから、
他人事とは思えなくてわざわざ来たんすよ。…だから……ね?」

彼の言葉を聞いた私と青峰君は引き攣った。
……有り得ない位の酷い目に沢山って…?
ちょっと聞いてみたいと好奇心が疼いたけど、時間も無いし、何よりも仏頂面の緑間君を見ていたら、好奇心で突つくのは憚られた。

…それにしても、ライフジャケットが必要な状況って、普通の生活の中では想像もつかないんですけど?

私達の表情を見た高尾君は苦笑いし、思い出したのか、緑間君は苦虫を噛み潰した様に秀麗な顔を顰めた。

でも、彼等が心底、私を心配してくれている事だけは分かったので、
私は彼等の言葉に従い、その場で大人しく制服の上からライフジャケットを身に着けた。

私がライフジャケットを身に着けて、やっと彼等は納得したらしい。
緑間君は私に、特に気を付ける様にと念押ししてから、やっと去って行った。


「っはー……何なんだ? あいつ等…」
青峰君は疲れた様に嘆息する。
『ちょっと時間食っちゃったね。急がないと』

私をチラッと見下ろした青峰君は、クックッと喉の奥を震わせ低く笑う。
「マジかよ…? おめー、そんな恰好で学校行くのか…?」
『……しょうがないでしょ? …彼等も心配して来てくれたんだし。別に校則で禁止されてる訳じゃないしね!』
「そりゃー、ライフジャケットなんて着て来る生徒がいねーってだけだろ…? まー、桐皇(うち)は服装規定はそんなにキツくねーけどよ…」

※※※

学校に着いたら、やはり皆から奇異の目で見られてしまう事は避けられなかった。

「おはようございます、青峰さん、…名前さん」
「うぃーっす」
『おはよう、良君』

桜井君の視線は、私の姿に釘付けだった。
「……で、名前さんは何故、そんな物を着ているのですか…?」
「クッ…!」

想定された突っ込みに、私は視線を泳がせ、青峰君は低く笑い出す。
口篭った私に、聞いてはいけないものだったかと早合点した桜井君は、慌てて謝り始めた。


「……こう言う訳でよー…」
「……はぁ。…それは大変ですね…」

青峰君の説明に、桜井君は真面目くさって相槌を打つ。
クラスメイト達も、何気なく聞き耳を立てているようだ。
他にも私と同じ星座の人もいるのに、その人達が不安がったらどうするんだ。

教室でライフジャケットは悪目立ちするし、危険な事はなさそうなので、一旦脱いで手元に置く事にする。
正直…私は泳げないので、海や水場に近寄りさえしなければ大丈夫だと思う。


実際、放課後まで大過無く過ごす事が出来た。身に着けてはいないけど、ラッキーアイテムのお陰かもしれない。

一方、青峰君はそわそわしっ放しで、その原因に心当たりがある私は、一人でクスクス笑ってしまった。
青峰君は軽く私を睨む。
「てめー、何笑ってんだ?」
『だって大輝君、そわそわしてるのが何だか可愛くて』

私の言葉に、彼は顔を真っ赤にする。
「かっ…!? 何言ってやがる!? …そりゃー、マイちゃんに会えるんだから、そわそわもすんだろーが!」
『…そう? 楽しんで来てね』
「おう! ……名前」
口調が変わり、躊躇いがちに呼んだ彼に、私は首を傾げる。

『……ん?』
「ありがと……な…」
真面目な表情に改め、不器用に言葉を紡ぐ彼に、私は温かな気持ちになった。
その気持ちのままに、私は柔らかく微笑んだ。

彼の一番が私じゃなくても、その言葉だけで十分だ。
私もきっと……彼の心の片隅に置いて貰えているのだろうから。

※※※

今日は、彼だけじゃなくて、私も早く帰るつもりだった。
学校に居残る用事は無いし、気のせいでも占いの結果が気になったのもある。
私は、緑間君に貸して貰ったライフジャケットを持っているのを確認し、急かす青峰君と一緒に教室を出た。

青峰君はそのままサイン会に行くので、私は途中まで一緒に帰る事にした。

校舎の玄関口で、生真面目に制服の上にライフジャケットを着込むと、その姿を見た青峰君は吹き出した。
「おめー…そーやってると、"緑間二号"って言いたくなるなw 真面目だし」

何それ。…まるでどこかの犬みたいじゃない!?
『二号って…私、そんなに毎日おは朝チェックしてないから!』

私が膨れると、青峰君は私の肩を軽く叩く。
「ま、いいんじゃねーの? 今日は、それ着てねーとヤベーんだろ? 俺は途中までしか送ってやれねーからな」

帰り道は、いつになく青峰君が饒舌だった。
一大イベントが控えているから、ハイテンションになってるのかな?

彼と話しながら歩いていると、不安な気持ちが薄らいで行く様な気がする。
そして別れ際、彼は私に「…気を付けろよ名前。くれぐれもそれ(ライフジャケット)を手放すな」と、真剣な顔になって念を押した。




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