繋がる夢
病院から戻り、身体も回復したので、次の日には登校出来る事になった。
青峰君にその旨を簡単にメールで伝える。と、すぐに返信が来た。
「明日、迎えに行く」
簡潔な一文だけの。
私は、そのメールの文面を見ながら、先日の事を思い起こす。
青峰君の声がして…顔が見えて…その時、そこに来る訳がないと思った私は、てっきり幻を見たと思いこんだ。
もう、青峰君と会える事が出来ないと思って絶望していた私は、先の事なんか考えずに言いたい事だけを告げた。
…でも、その辺りの記憶が如何にもはっきりしない。
……私…本当に、青峰君に告ったんだろうか?
もし、告ったなら、それを聞いた青峰君はどう思ったんだろうか?
事が事だけに、おいそれと訊くのも憚られる。
『……私、どうしたらいいんだろう…?』
…それに。
私は洗濯済みの大きな男物のTシャツを手に取った。
私が病院に運ばれた時、このTシャツを着ていたと言う。
母が言うには、濡れた服はポリ袋に入れられてベッド脇に置かれていたらしい。
…て事は……
『私を着替えさせたのは…大輝君…?』
み、見られた…?
私は恥ずかしさの余りにベッドに突っ伏した。
『どんな顔して大輝君に会えば良いのよ…?』
それでも私が低体温症にならず、軽傷で済んだのは青峰君が適切な処置をしてくれたから。
お礼も…言わなきゃね。迷惑もかけちゃったし。
兎に角、明日、青峰君に会って…彼の態度で推し量れるだろうか?
私は悶々と悩みながら床に就いた。
※※※
朝、いつもの時間に支度して出て行くと、家の前に青峰君が来ていた。
一見、彼の態度はいつもと同じだった。
「おー名前、元気になったみてーだな? もう具合悪りーとこはねーか?」
『うん、ありがとう。大輝君が早目に見付けて助けてくれたから、少しの打ち身と捻挫だけで済んだよ』
私は彼にTシャツを返しながら、ぎこちなく微笑んだ。
『…これって、大輝君のだよね? ありがとう。洗濯しておいたから…』
「おー、すまねーな」
『……あの』
「ん? どーした?名前」
『……着替えさせてくれたの……大輝君?』
私の問いに、彼はさっと顔を赤くした。
「あー…まーな。その…ずぶ濡れで身体冷やしてたからよ。仕方ねーだろ?」
『そ、そう』
青峰君は気まずい表情で暫く黙ってから、頭をがしがしと掻いた。
「……まぁ…だから、見えちまったのも仕方ねーんだからな!! 不可抗力だ不可抗力!!」
『…あ、あの…っ』
「んだよ? 俺は何にも疚しい事してねーからなっ!!」
『…やっ!?』
絶句した私に、彼は更に抗弁する。
「だからしてねーっての!!!」
青峰君がその後、何やら口の中でだけで呟いた声は私には届かなかった。
(別に良いだろ? どーせそのうちアレ以上の事もするんだからよ…)
青峰君は軽く私を促し、怪我をした私の歩調に合わせて、ややゆっくりめに歩き始めた。
例の事…どう切り出そうか? 私は、青峰君をチラリと見上げた。
私の視線に気が付いた彼は、何だよ? と、視線だけを投げかけた。
私は少し迷いつつ、口に出したのは別の事だった。
『……さつきちゃんから聞いたんだけど、サイン会途中だったんだってね。…ごめんね? 滅多にない機会だったのに』
「あー…おめーの方が大事だからな。落ちたのは事故だし、仕方ねーだろ?」
『え……っ?』
今の…どう言う意味だろう?
それって…自分に都合良く解釈しても良いのだろうか?
私の驚いた顔を見て、彼は眉を顰めた。
「何でそんなに意外そーな面しやがる? たりめーだろ?
マイちゃんは勿論大切だけどよ、そんなんおめーと比べられるもんじゃねーだろが!
何つっても、おめーは俺のカノジョなんだからよ!!」
……は!?
今……何て言った? 私が……青峰君の…彼女???
私が、鳩が豆鉄砲を食ったように、ぽかんとした表情だったからだろうか。
彼は僅かに頬を染め、苛立った様に私を軽く睨んだ。
「……まさかおめー…あの時の事を覚えていねーってーのか…?」
『……あの時の記憶が朧気で…やっぱり私、告った…んだよね…?』
「ああそうだ。名前、おめーどこまで覚えているんだ?」
青峰君に詰問されて、私は肩を竦めた。
『…ごめん。自分が言った所までしか覚えていない』
「…………マジかよ…?」
青峰君は愕然として呻いた。
私は今までの会話から、彼の返事が薄々推察出来た。
確信し、期待に心臓が早鐘を打ち、嫌が応にも体温が上昇して行く。
彼は「はぁ…っ」と溜息を一つ吐き、私の腕を掴んで勢い良く引き寄せた。
『きゃっ…!?』
勢い余って、私は彼の胸に倒れ込む。彼の腕が私の背中に回された。
「なら、その耳かっ穿ってよく聞きやがれ! 俺も名前が好きだ!! だから俺とおめーとはカレカノなんだよ!!!
分かったか!!?? 二度は言わねーからな!今度は忘れんじゃねーぞ!!!」
『大輝…君? …でも大輝君は好きな人がいるんじゃ…?』
私の疑問に彼は不審そうに眉根を寄せた。
「…名前おめー、何言ってんの?」
『…以前、告白された時にそう言ってなかった?』
そう言うと、彼は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
「…見てたのかよ」
『……ご、ごめん』
「ま、いーけど? そん時好きだって言ったヤツは…多分おめーの事だろ」
『た、多分??』
「正直あんまり覚えてねーんだよな。…でも、俺、そう言う事は嘘は言わねーから。
他にそれっぽい記憶はねーから、おめーの事を言ったんだろーな」
彼の二度目の告白に、私は頭が真っ白になってしまった。
嬉しいけど、まだ信じられなくて。
でも私を包んだ彼の腕は確かな感触で、それが夢ではない、と私に告げていた。
私はこみ上げる気持ちのままに、彼の背中に腕を回してギュッと抱き付く。
『大輝君、大好き…!』
「…おう。…俺もだぜ」
彼も私に回した腕に力を込め、私と青峰君は強く抱き合った。
全身を包む彼の体温にクラクラする。
彼の胸に耳を押し当てたら、早く脈打つ力強い鼓動が聞こえた。
いつまでもこうしていたいけど、時間は無常に過ぎ去って行く。
彼の温もりを名残惜しく思いながら、私はゆっくりと身体を離した。
『…………』
登校しなくてはならないのに、足が中々進まない私に、青峰君はぶっきらぼうに手を差し出す。
「おい、いつまでボーっとしてるんだ? 遅刻すんぞ」
青峰君は私の手を取ると、ギュッと握り締めてから指を絡めた。
絡めた指から伝わる熱に、私の脈拍が次第に早くなっていく。
……気持ちがお互いに伝わると、この様に違うものか。
今まででは感じなかった、擽ったい様な、甘くてこそばゆい感覚が波の様に全身に広がり、私を満たして行く。
私は青峰君を見上げ、彼と目が合った。
彼の浅黒い顔が真っ赤になっている。でも、きっと私も似た様な状態なんだろう。
私も頬が、かっと熱くなっていたから。
私は無言のまま彼に身体を寄せて歩いた。
青峰君と一緒にいるのは今に始まった事ではないのに、私はどこか緊張している。
自分の心音がやけに大きく響いている。
いつもの見慣れた登校途中の風景は、彼と一緒だとキラキラと輝いて見える様な気がした。
※※※
学校にて。
私は昼休みに生徒会の用事で放送室に向かった。
一通り必要な放送を済ませ、私は放送委員長の田中君に挨拶して出ようとする。
「苗字さん。ちょっと待ってくれない? …話があるんだ」
彼は真面目で成績優秀な一学年上の生徒だ。
よく委員会でも顔を合わせるので、私は彼とは顔馴染みだ。
だから私は何の警戒もせず、無防備に立ち止まった。
『どうしたのですか?』
「苗字さん…国立中央博物館のギリシャの古代遺跡展のチケット手に入ったんだけど、一緒に行かない?」
『……えっと、あの…』
「君、以前そう言うの好きだって言ってたよね?」
『はい…言いましたが、でも…』
今では、一応彼氏がいるのだから、二人きりで行くのは避けた方がいいだろう。
そう断ろうと口を開きかけた時。
「苗字さん…!」
『!?』
いつの間にか、私は壁際に追い詰められていた。
「あの、俺…っ、苗字さんの事…!!」
彼に手を取られ、壁に身体を押し付けられる。
『あの、離してください…!』
私は慌てて身を捩った。
「君は、あの青峰と付き合ってるって噂があるけど、嘘だよね!? 君みたいな人があんな男と…!!」
私は、彼の言葉を聞いているうちに腹が立ち、気が付くと彼の頬を叩いていた。
「……っ!?」
『あんなって何です!? よく知りもしないのに青峰君の事を悪く言うの、止めてください!!』
「だってあいつ、素行最悪だろ!? 君はあんな不良を庇うのか!?」
彼は私の腕を乱暴に掴んだ。
『痛っ…!』
私が痛みに悲鳴を上げると同時に、放送室のドアがけたたましい音を立てて蹴り開けられた。
「おい、てめー…! そこまでにしとけ」
「お…前っ、青…峰……!!?」
青峰君は田中君の頭を片手で掴んでいた。
青峰君の声は静かだったが、彼の纏う空気は殺気すら放ち、そのまま頭を握り潰しそうな迫力があった。
「おめー…何、俺の女に手ぇ出してやがんだ…? ああ!?」
「なっ!?」
『大輝君…っ!?』
「今度、名前に手ぇ出したら、ぶっ殺すぞ!!?」
青峰君は、田中君を部屋から蹴り出し、ドアを閉め鍵を掛けた。
私は安堵の息を吐き出した。
『はぁ…助かった。大輝君、ありがと…』
お礼の言葉を言っても、まだ彼は不機嫌なままだった。
「チッ…! 俺達付き合ってるっつーのに、まだおめーに言い寄るヤローがいんのかよ!?」
『だって…彼、学年違うし。知らないのも仕方ないんじゃない?』
「おめーだって、俺と付き合っている事、そいつに言ってねーじゃねーかよ?」
『断ろうとしたら、先に迫られたんだもの』
「なら、もうそんな面倒事は一気に片付けてしまおーぜ?」
青峰君は私にニヤリと笑いかけると、私の肩を抱いて放送ブースに引き込んだ。
『ちょっと…!? 何するつもり?』
「スイッチは…っと。…これか?」
彼は最大音量に調節すると、校内放送のスイッチを入れた。
「おめー、先に話せ」
先に振られた私は、アタフタと頭が纏まらないままに取り敢えず前振りだけをする。
『えっ!?何を!? …あの、すみません、苗字です。…青峰君が皆に話があるそうです』
彼は一息吸い込むと大声で宣言した。
「苗字名前は、俺…青峰大輝のもんだからな!!
名前に手ぇ出すヤツは、全員俺がぶっ殺してやる!!! 分かったな!!!?」
『ちょっ大輝く…!?むぐっ……んんっ!!?』
私はスイッチを切ろうと伸ばした手を青峰君に掴まれて引き寄せられる。
そのまま顎を持ち上げられ、唇を塞がれた。
私は目を瞑った。…この感触は覚えがある。
以前、屋上で見た夢の続きで…穴に落ちた時に見た幻……
やっと、全てが繋がった。私は嬉しくて、こみ上げる衝動のままに青峰君に抱き付いた。
彼も、私を強く抱き締めた。
『……大輝君、愛してる!』
「名前、おめーは俺のもんだ…もう、離さねー」
放送室の外では、ドアを叩く音と合鍵を持って来い! と言う声が飛び交っている様だ。
青峰君が田中君を蹴り出した時、放送室の鍵はそのまま調整室のテーブルの上に置いたままだった。
「チッ、煩せー外野だぜ」
青峰君は吐き捨てるなり、まだ入れっ放しだった放送のスイッチを切った。
今度は、どちらかともなく自然に唇が重なる。
私は今、最高に幸せだ。青峰君と一緒なら、何も怖くは無い。
『ふふっ、先生達、大騒ぎだね?』
「つか、俺は良いけど、おめーまで大目玉食らうぞ。良いのかよ?」
『大輝君と一緒なら、怒られてもいいかな?』
「はっ…! おめーも変わったもんだな?」
『大輝君のお陰でね?』
彼は、私の頭を抱える様に撫でると首肯した。
「どーせ今出て行っても怒られんのは同じか。なら開けられるまでここにいて、俺達の仲を奴等に見せびらかしてやろーぜ?」
と言い、また私の唇に甘くキスを落とした。
FIN