バスケ部と関わる-2-
私は、二人に体育館まで連れて来られた。
体育館には、大勢のバスケ部員がいたが、勿論青峰君はいなかった。
「やぁ、ピンクコンビ、お疲れさん」
目の細い先輩が、二人に声をかけた。
「今吉先輩、苗字さんを連れて来ました。…何ですか?ピンクコンビって?」
桃井さんが不思議そうに尋ねる。
「桃井と桜井で両方ピンクやろ。それでピンクコンビや」
「なっ…!?」桃井さんは絶句した。
「スミマセン!ピンクで一絡げはちょっとイヤです!」
桜井君は、控え目に異を唱えた。
それに桃井さんは反応する。
「…私と同じではイヤなの?」
「いえっ!!そう言うつもりでは…スミマセン!!僕なんかと一緒にされて、スミマセン!!!」
私は、緊張感の欠片も無い彼等のやり取りを、唖然として見ていた。
てっきりメンバーに囲まれて厳しく叱責されるとばかり思っていた。…これからそうなるのかもしれないのだけど。
今吉先輩、と言われた彼は、私を値踏みする様に目を眇めた。
「苗字名前さんやろ? ワシは今吉翔一言います。よろしゅう」
私は怖々差し出された手を握る。
『……よろしくお願いします』
「そんなに怯えなさんな。何も獲って喰おう言うてるわけちゃうんや」
『あの。バスケ部が、私に何の御用なんですか?』
今吉先輩は、その細い目を更に細めて私を見た。
…私は、その先輩が、一見笑っていても油断がならない人だと直感した。
「苗字さんは、既に訳分かっとるんやろ?バスケ部とアンタを結ぶ線は、そこの桜井以外にもおるやろ」
『……青峰君、ですか』
「そうや。うちのエースや」
『確かに、何も言わずに放課後付き合せていたのは、私も悪かったと思います。…そこの所は何か言い難くて…!』
今吉先輩は目を瞬かせた後、手を横に振った。
「ああ、違うんや。青峰はな、アンタといようとそうで無かろうと、どっちみち部活には出えへんのや」
『え……?どういう事…?』
「青峰は、練習しなくても勝ててしまうんや。だから、元々部活練習を免除する条件で、うちがスカウトしたんや」
私はあまりの話に唖然とした。
フリスビーの件でも分かる様に…確かに凄い運動能力の持ち主とは思っていた。
でも、練習しなくても勝ってしまうなんて。そんな出鱈目な能力の持ち主だったなんて!?
「まぁ…そうは言うても、偶には顔を出してもらわんと色々都合が悪うてな。
青峰と仲良うなったのが運の尽きや。諦めて苗字さんにも手伝どうてもらおかな…と」
『…手伝うって…?私が部活に出る様に言えと?』
「それは無理やろ。あの桃井が何度口酸っぱくして言うても、青峰は全然聞かへん」
私は胸がズキリと痛んだ。
『…桃井さんは…青峰君と付き合っているのですか?』
いきなり話を振られた桃井さんは、慌てた様に手をぶんぶんと振った。
「ええ!?違うよ!私は、青峰君とは幼馴染で…ずっと一緒にいたけどね」
幼馴染で…?ずっとって…学校が小中高と一緒だったって事?
…それって…凄い事なんじゃ…?
私は頭を軽く振って意識を切り替えた。
『それじゃ、私は何をすればいいのですか?』
「別に何もせんでええよ」
『…は?なら、何故私をわざわざ連れて来たのですか?』
「そら、これから分かるわ」
今吉先輩は、携帯を取り出して電話をかけだした。
「ああ、青峰?どこにおるんや?……そないつれない事言うなや。
…今体育館にな、青峰にお客はんが来てるで。何でも苗字さん言う可愛い女子や」
言った瞬間、今吉先輩は携帯電話から耳を外した。
そして、ニヤニヤ笑いながら言う。
「青峰、凄い勢いで電話切りよったでw 苗字さん効果は絶大やな」
傍にいた別の先輩が呆れた様に言う。
「全く…お前は本当に、人の嫌がる事をする時は楽しそうだな」
今吉先輩は心外そうに返す。
「諏佐、酷い言われ様や。わいは、部の為を思って仕方なくやな…」
「はいはい」
「で、青峰は来るんすか?」
大柄でいかつい印象の部員が会話に割り込んで来た。
「あの勢いなら、もうすぐ来るやろ」
バンッッ!!!
そんな会話をしているうちに、体育館の扉が大きな音を立てて開けられた。
「ほらな」
入口に立ちつくしている青峰君は、ギラリと眼光鋭く今吉先輩を睨みつける。
「…アンタ、これは一体どういうつもりだ?」どすの効いた声で低く言う。
私は、今まで青峰君と色々とあったけど、こんなに低く怖い声を聞いたのは初めてだった。
何で、ここまで怒っているんだろう?
彼のあまりの剣幕に、私は足が震えた。
いかつい部員が、青峰君に怒鳴る。
「青峰っ!!毎日サボってんじゃねーよ!いい加減、練習に出ろ!!他の部員に示しがつかねーだろが!!!」
「はぁ?若松、俺に指図するなら、俺に勝ってからにしろよ?」
「一年のクセに生意気な!先輩と呼べ!!」
「歳が上だからって威張ってんじゃねーよ!」
青峰君は私に目を止めると、ずかずかと体育館に入って来た。
「名前、お前、何拉致られているんだよ!?さ、帰るぞ!」
そう言って、私の腕を掴もうとする。
それを阻んだのは桜井君だった。
「…あ?邪魔してんじゃねーよ、良」
「スミマセン!!でも、僕も好き好んで名前さんを連れて来た訳じゃないんで!」
青峰君は、険しく眉間に皺を寄せた。
「…お前が名前を巻き込んだのか?」
「いえっ…あの…スミマセン!!」
桃井さんが慌てた様に言う。
「青峰君!!良君は悪くないから!…私が調べたのを報告しただけだから…!」
「…さつき…」
桜井君が、私にも謝ってきた。
「名前さん、スミマセン!…あそこで僕がっ…うっかり口を滑らせてしまったから…!!スミマセン!!!」
謝ってくれているのは分かるけど…何の事で口を滑らせたと言うのだろう?
いつもの事だけど、さっぱり要領を得ない謝罪に、私は首を傾げた。
でも肝心の青峰君が来たから、私は用無しで、もう帰ってもいいんだよね?
そう思って、体育館を出ようとしたのに、桜井君が私の腕を掴んで離してくれない。
『良君…もう良いでしょ?』
桜井君か、珍しく思い詰めた顔で、私を掴んだ手に更に力を入れた。
「駄目です!スミマセン!!」
どうしよう…困ったな…
意固地になった桜井君は、意外と手に負えないのを、私は経験則から学んでいた。
私が秘かに途方に暮れていた時、青峰君は私を掴んでいた良君の手を引き剥がそうとしたが、良君は離さなかった。
「スミマセン!、ここにいてください、名前さん!、!」
「良…手を名前から離せ。俺を呼ぶ為に、こいつを巻き込みやがって」
その時、私は青峰君が桜井君に拳を振るうのを見た。
いくら何でも暴力はダメだよ!!
私は、二人の間に無我夢中で飛び込んだ。
青峰君は、私の胸の前で拳を止めていた。
「お前っ…!!?」
「名前さんっ!!??」
青峰君は、激高して私の頭を掴んだ。
ちょっと!?痛いんですけど!!?
「てめぇは馬鹿か!!?俺の拳の前に飛び込んで来るヤツがあるか!!俺が寸止めしなかったら大怪我してるぞ!!!」
「そうです!無茶しないでください!!君は女の子なんですから!!」
良かれと思ってやったのに…二人に怒られてしまった。
『…ご、ごめん』
だから手を離して。
今吉先輩が宥めながら間に入る。
「まあまあ…二人共彼女を責めなさんな。…苗字さん、悪かったの。巻き込んでもうて」
「チッ」
青峰君は、吐き捨てる様に舌打ちをすると、足音荒く体育館から出て行った。
桜井君は、ぼそりと言った。
「…ああ見えて、青峰さんは、僕に直接的な暴力を振るった事はないです。若松さんとは、よく喧嘩をしていますけど。
……青峰さんは…元々寸止めして…僕を殴るつもりは無かったと思います」
『…そうなのかな…?』
私の呟きは、若松さんの大声でかき消された。
「青峰のヤロウ、練習に出て来ないから注意したら、俺の腹を蹴るわ、バスケットゴールは壊すわで手に負えないんだぜ!!」
…一応、彼なりの判断基準で、暴力もコントロールしているのだろうか?
…決して、褒められた事ではないけれど。
「名前さん、…キャプテン命令とは言え、強引に連れて来てしまって、すみません。
…青峰さんがあそこまで怒るのも、無理はないです」
『…良君…』
私は頭を振った。
『私は、バスケ部に連れて来て貰って良かったと思ってるよ。…青峰君の事を少しでも知る事が出来たから』
…そう。
きっと犬の散歩だけしていたら、きっと知らないままだった。
……きっと私は、大輝君の事がもっと知りたいんだ。
「苗字さん!!」
桃井さんが、私の手をがしっと掴んだ。
『桃井さん?』
「あのっ…!大ちゃ…青峰君の事、よろしくね!!」
『…は?』
私は首を傾げた。
よろしくって…何で?
「青峰君、今まで女の子からアタックされた事とかはあるけど…自分から関わった事はまず無いの。
だから、苗字さんの事は特別なんだと思う!」
私は戸惑った。
この人は…青峰君と付き合っていないと言ったけど…
『あの、桃井さんは青峰君のこと…?』
「…もしかして、好きかって?」
私は頷いた。
『幼馴染としても、ずっと一緒だなんて仲が良いと思って』
桃井さんは長い睫毛を伏せた。
「勿論好きだし大切だよ。でも、それは幼馴染としてだよ。アイツとは姉弟みたいに育ったから。
それに、私には…他に好きな人がいるしね。
馬鹿が付く位バスケ大好きな癖に、強過ぎて…相手もいなくなって練習もしなくなっちゃったのを放って措けなかったの」
『強過ぎて…?』
「周りと差がつき過ぎて…バスケが楽しくなくなっちゃったんだって」
『楽しくなくなった…?』
先日の記憶が蘇って来る。
〔名前、1on1しろよ!!〕
あの時の青峰君の表情は…キラキラしてて、とても楽しそうだった。
あれのどこが、バスケが"楽しくなくなった"の?
私には…強過ぎて相手がいなくて楽しくなくなってしまう気持ちは正直分からない。
でも、一つだけ分かる事がある。
それは…
青峰君が、やはりまだバスケが大好きって事。
知り合って日も浅い何も知らない私が、彼に何かを出来るなんて、到底思わないけど。…それでも。
『桃井さん。…青峰君の為に、私が出来る事があれば協力する。私…何も分からないし、バスケの事も知らないし…どれだけ役に立てるか分からないけど』
再び輝く青峰君が見たい。
ただ、それだけ。
私の言葉に、桃井さんはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとう!!名前ちゃんって呼んでも良い?」
私は頷いた。
『私も…さつきちゃんって呼んでも?』
「勿論!よろしくね!名前ちゃん!!」
その後、スタメン全員紹介して貰って、練習を少し見学して。
「青峰の事はすまんなぁ。また、気軽にいつでも遊びに来てや〜」と、今吉先輩の言葉に送られながら、体育館を後にした。