甘い戸惑い
-名前side-
最後近く、私はびくびくしながら、青峰君のジャケットの端を掴ませて貰っていた。
…流石に手を繋いで欲しいとは、とても恥ずかしくって言い出せない。
「そろそろ終わりじゃね?」
青峰君のその言葉に私は安心し、その掴んでいた裾を離してしまった。
『本当?』
私は息を吐いて確認する。
青峰君は、にかっと悪戯っ子みたいに笑う。
「おー…でも」
『でも…?』
「こんな時に一番怖ぇモノが出るんだよなw」
その言葉が言い終わらない内に、墓石が割れ、中から血塗れのゾンビが大声を上げ、鉈を振りかざして走って来た!
『きゃあああああーーーーーっっっ!!!』
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!!!!」
私はパニックを起こし、闇雲に走り出す。
「おいっ、おめー! そっちは逆だっつーの!!!」
焦った様な青峰君の声が追いかけて来る。
そんな事、一々考えてられないよ!
兎に角、私は走った。
ただのアトラクションだとか、そんな考えは頭から吹き飛んでいた。
ドン!!
何かに当たり、私はそれと一緒に倒れ込む。
私は無我夢中でそれにしがみついた。
『キャー、キャー、キャーーー!!!』
「…名前ちゃん? 落ち着くっスよ」
気が付くと、私は尻餅を突いた黄瀬君にしがみついていた。
黄瀬君は私を宥める様に、頭を撫でてくれていた。
『…あっ!? 黄瀬君、ご免ね!?』
私は慌てて黄瀬君から身体を離した。
「落ち着いたっスか? それで青峰っちは?」
『…あ。私、青峰君を置き去りにしたまま…!?』
その時、私の肩をトントンと叩く感触に振り向いた。
暗闇に浮かび上がる黒い顔。
「『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!!!!』」
私と黄瀬君は抱き合う様に、お互いにしがみついた。
その直後に辺りに響き渡る哄笑。
「くっ、はははははははっっwwww!!!!!」
良く見ると、身体を折って爆笑しているのは青峰君だった。
「青峰っち!?」
「がおーーーーっ!!!」
青峰君はこちらをくるりと振り向くと、懐中電灯を自らの顔の下から照らした。
「ばぁ!」
『っ!?』
さっき、暗闇で私達を驚かせた顔だった。
「くっ、おめーら傑作! いい驚きっぷりだったぜ!!」
「青峰っち!? 悪趣味っス!!」
『そうだよ、吃驚したんだから! もう!!』
私達が抗議している時、誰かが青峰君の肩を叩いた。
「何だよ!? 煩せー…え!??」
青峰君が振り向いた先を見て私は凍った。
さっきの血塗れゾンビが鉈を振り上げ、にたり、と笑った。
「「『………っっっ!!!!!』」」
私達は三人でしがみ付き合い、声にならない悲鳴を上げた。
三人がふらふらになりながら外に出た時は、黒子君と桃井さんが待っていた。
「どーしたの!? 三人とも、随分遅かったじゃない?」
「…あー、まーな…」
「随分、盛大な悲鳴を上げていましたね」
「お化け屋敷…ヤバいっス…」
『…青峰君まで脅かすんだもん…』
「ははw 悪ぃー、悪ぃー」
それからも色々なアトラクションを楽しんでいたが、私は一つ気がかりな事があった。
どうにも黄瀬君の顔色が優れない。
私は時々彼に気分はどうか、と聞いたが、黄瀬君は場の空気を壊したく無いのか、曖昧に笑って大丈夫っス、と繰り返すだけだった。
※※※
-黄瀬side-
お化け屋敷以降、名前ちゃんと青峰っちは目に見えて打ち解け出した。
良かったっスね、名前ちゃん。
それはそうと、俺…疲れたのかな? 何となく怠いっス。
ちょっとぼーっとしていたら、名前ちゃんに気遣われてしまった。
いけないっスね、せっかくの彼女のチャンスなのに、俺の方に気を使わせるなんて。
俺じゃなくて、青峰っちを見るっスよ。
少ししんどさを感じた俺はベンチで見学、彼等をアトラクションに並ばせる事にした。
俺は心配要らないと、空元気を振り絞り、彼等に手を振った。
「…あの」
躊躇いがちに近付いて来た女子グループが俺に声をかけて来た。
今は具合が悪いから、正直放って措いて欲しいんスけど。
「キセリョ…? あ、やっぱりそうだ!」
「一人? 私達と遊ばない?」
「やっぱり恰好良いねー! 雑誌買ったんだよぉ」
「………どうもっス。友人達と来ているんで」
俺具合悪いんで今は止めてくれないかな? 流石に愛想笑いすら辛いんスよ。
そのキンキン声、頭に響く。
「ねえ、一緒に行こうよ! その友達も一緒でいいからさー」
「これからカラオケとかどうかな?」
「ゲーセンでも良いよー!」
「ホテルも大歓迎〜!」
「やだ、悪ノリし過ぎだよー! きゃはは!」
マジうぜぇ。どこかに行ってくれないっスかね?
俺はイラついて、彼女等に返事すら返さなかった。
一人の女が無遠慮にも俺の腕に腕を絡ませてしなだれかかった。
俺は、その女を振り切ろうとしたが、こちらに駆け寄って来る名前ちゃんが目の端に映り、動きを止めた。
「あっ…!?」
彼女がべちゃっと転んだ。
俺は思わず怠いのも忘れて立ち上がり、囲いを突破して彼女に駆け寄る。
「大丈夫っスか!?」
『…ご、ご免ね黄瀬君! 私は大丈夫!』
「…鼻の先、赤くなっているっス。顔に傷付けちゃダメっスよ、女の子なんスから」
俺は、彼女の鼻先を指で撫でた。
彼女はその俺の手を取り、驚いた様に目を見開いた。
『黄瀬君…!』
彼女は俺の肩を引き寄せた。コツリ、と額と額が触れ合う。
名前ちゃん、顔…近いっス。意外と大胆っスね。
あっちでは、彼女を見た女達が忌々しそうに「何だ、友達って女?」「まさかーあんな地味女、彼女じゃないよね?」とか騒いでいる。
『…黄瀬君、帰ろう? 熱があるじゃん!』
「熱? …だ、」大丈夫と続けようとして、頭に軽い衝撃が走る。
「黄瀬、グズグズすんな。帰るぞ!」
「大ちゃん、もっと優しく出来ないの!? また次の機会に遊びに来ればいいよね! 結構遊んだし! 楽しかったよ!」
「桃っち…」
「具合悪そうな友人を放って楽しめる程、僕達は薄情ではないつもりです」
「黒子っち…」
俺は…良い友人達を持ったっス…
名前ちゃんは、俺を送って行くと言い張った。
…俺は青峰っちと一緒に帰れば、と勧めたんスけどね。桃っちは黒子っちと帰らせて。
でも彼女は頑として俺の薦めには耳を貸さなかった。
「折角のデート、途中で帰る事にさせてすまなかったっス」
『何言ってるの? 黄瀬君がいなかったら、こんなに楽しい時間は持てなかったよ。…ありがとう』
彼女は優しく微笑み、そっと俺の手を握った。
彼女の柔らかくて小さい指先から、じんわりと優しさと温かさが伝わって来た。
今まで女の子の手は沢山触れて来た。女の子は好きだ。でもそれだけだった。
しかし、彼女が触れると心臓の奥がきゅん、と痛んだ。
こんな事は今まででは無かった。
………これは…まさか。そんな事、ある筈無いっス。
俺は微かに生まれた戸惑いに気付かない振りをして、彼女の手をそっと握り返した。