封じた気持ち
『えいっ…!』
私が放ったボールはリングを潜る事無く、虚しくコートに落ちた。
今日は休日、公園内のストバスコート。
幸いにも無人だったので、私は相変わらず練習を続けている。
青峰君とは黄瀬君の仲介で、知り合い程度には格上げされた…と思う。
でも、このままでは告る事なんてとても無理。
だから…少しずつ黄瀬君のアドバイス通りに自分を磨こうと思う。
バスケ続けるのはアドバイスには無いけど、私は下手なりにバスケが好きだ。
稀にでも入ると嬉しくなる。
一つでもゴールに入ったなら、きっとその次の週は良い事があると思える。…ジンクスっぽい。
『やっ…!!』
今度は力を入れ過ぎたのか、投げ上げたボールはフェンスを越えて茂みの向こうに落下してしまった。
鈍い音と共に「痛ってー!!!」と悲鳴が聞こえ、私は青ざめた。
誰かがそこにいて、ボールの直撃を受けてしまったらしい。
私は慌てて落下地点に走った。
『すみません…! 人がいるとは思わなくて…!!?』
私が茂みを回り込んで頭を勢い良く下げながら詫びると、聞き覚えのある低い声が耳朶を打った。
「ってーな! バスケならそこのコートでやれよ!」
『そこのコートでやっていましたが…って…? あ、青峰君!?』
「苗字…?」
青峰君は痛そうに顔を顰めながら身体を起こした。
「信じらんねー…フェンスあるのに、どこへボール投げたつもりなんだよ?」
『ごめんね!! 怪我とか大丈夫!?』
「あー痛ぇ…昼寝してたら顔面に当たった」
確かに良く見たら、彼の浅黒い顔が中心から薄らと赤味を帯びている。
私は全身の血が引いて行った。
『赤くなってる…冷やさなきゃ…!』
「おい」
『コールドスプレー…』
「ちょっと待て」
『いや顔は拙いよね、なら湿布…っ!』
「だから待てって!」
私は、あたふたと走り出し、足を躓かせた。
そのまま地面に顔面をぶつける直前で、襟を勢い良く引き戻される。
「ちったぁ落ち着け」
『…ご、ごめん…』
彼は濡れタオルで顔を冷やし、事なきを得た。
そして、私に無茶振りをした。
「俺に悪いって思うならよ、…付き合え」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
『…えぇっ!??』
驚きのあまり、反応がワンテンポ遅れた私に構う事なく、
青峰君はボールを指先で回しながら、すたすたとストバスコートに歩いて行った。
※※※
"付き合え"って…こう言う事ね。
私は青峰君と1on1をやっていた。
いや、勿論、あっちの方じゃないって分かってはいましたけども!
そして当然の事ながら、私は彼の相手にはならなかった。
私が下手過ぎて青峰君が上手過ぎると言う…かけ離れ過ぎた実力差は当たり前だったが、私が青峰君の動きをぽけーっと見惚れて動く事すらままならなかった。
それでも、彼にとっては児戯に等しい程度の戯れでしかない。
「ほれよ」
青峰君が軽くボールを放り、私がそれを受け止める。
青峰君とボールを投げ合える日が来るなんて、幸せ過ぎて倒れそう。
ああ幸せ…! もう私はいつ死んでも悔いは無い…!!
…と、私がボールにスリスリと頬を摺り寄せていたら、青峰君はきめぇとドン引いていた。
「苗字、おめー何やってんだよ? 俺を抜いてみろよホレ」
青峰君が軽く腕を広げ、少しだけ屈む戦闘態勢に入る。
こんな…バスケしている時でなければ、そのまま彼の胸に飛び込んでしまいたくなる。
ああ、いけない…!
少女漫画的お花畑満載の妄想を、私は頭を振って追い払った。
アホな妄想で、青峰君をこれ以上待たせてはいけない。私は軽くドリブルを入れた。
『行きます…!』
「おう!来い、苗字!!」
聞き様に寄っては青春ラブシーンっぽい台詞に、私の体温は否応無く上昇する。
私はそのまま彼に向かって突っ込んだ。
気が付いたら私の手にボールは無く、擦り抜けた彼が反対側のコートにドリブルをしてダンクを決めた。
『あれっ!?』
突っ込んで行った筈なのに、見事に躱されてしまった様だ。
恰好良い…!
私は夢中で拍手していた。
「苗字、おめー…取られて拍手なんかしてんなよ」
『あっ、ごめん! つい…』
青峰君はニヤリと笑った。
「まーでも、おめー中々根性あるぜ。まさか俺に向かって突っ込んで来るとはな。やるじゃねーの」
『もう一回、お願いします…!』
「いいぜ」
『もう少し…!』
「おっと♪」
『負けない!』
「残念!」
完全に青峰君に遊ばれている。まるで犬がじゃれているのをいなしている程度の動きだ。
彼は汗すらかいていない。
私はふらふらになりながらも、足に力を入れ、立ち上がる。
頭は酸欠になり、ガンガンする。汗が目にまで入って来る。
さすがに青峰君も眉を顰めた。
「いい加減休憩すっか?」
『まだまだ…っ!』
「おい苗字、無理すんなって」
『大丈…っ』
足下がふらつき、一瞬目の前が真っ白になる。
「苗字っ!」
倒れる、と思った私は衝撃を覚悟した。が、気が付いたら私の背には温かい感触があった。
「大丈夫じゃないっスよね。休んだ方が良いっス」
「黄瀬…!」
私の肩を抱き締める様に、後ろから支えてくれているのは黄瀬君だった。
『黄瀬…く』
私が息を切らしながら絶え絶えの声で彼を呼ぶ。
「…全く、女の子相手に何無茶させてんスか? 青峰っち」
青峰君は拗ねた様に口を尖らせた。
「俺のせいかよ。俺は休憩しようって言ってやったんだぜ?」
『黄瀬君…私、まだやれる…からっ!』
「ほらな」
『だって…楽しい、から…もっと…!』
青峰君とバスケ出来るなんて、貴重な機会を逃したくない。
黄瀬君は呆れた様に私を見やった。
青峰君はくっくっと笑い声を零し、私の髪を乱暴に掻き混ぜた。
「な? 黄瀬…こいつバスケは超絶下手だけどよ、諦めないこのしぶとさだけは俺はマジ凄ぇと思うぜ?
こんなふらふらなのに、まだ楽しいとか言えるんだもんな! こー言うのをバスケ馬鹿って言うんだろーな!」
『…青峰君にバスケ馬鹿言われた…』
「どー言う意味だゴルァ!?」
黄瀬君は苦笑している。
私がバスケ好きなのは、楽しそうにバスケをする青峰君を見たから。
…だから真のバスケ馬鹿は、やっぱり青峰君の方だよ。
そして私がベンチで休んでいる時、彼等は楽しそうにバスケを始めた。
良いなぁ…男の子同士で。
私も…もっとバスケが上手かったなら、少しは青峰君の相手になれたのに、と少し黄瀬君を羨んだ。
やっぱり青峰君を巡る攻防では、私は全然黄瀬君に歯が立ちそうにない。
※※※
「楽しかったっスねー! あ、でも終いには俺ばかり青峰っちと遊んでしまったっスね」
黄瀬君が帰り際に眉を下げて申し訳なさそうに言う。
私は首を振った。
『ううん、二人のハイレベルな動きは見ているだけでも楽しかった!
青峰君も、黄瀬君とやった方が楽しそうだったし…やっぱり黄瀬君には勝てないなぁ』
「でも青峰っち、綽名っちの事褒めてたっス!」
…ん?
『綽名っち…?』
私が首を傾げると、黄瀬君は口元を緩め、人懐っこい笑顔を見せた。
「あの青峰っちにまで認められるのは凄い事っスよ!
俺、尊敬する人には敬意を持って"っち"を付けて呼んでいるっス!!」
私は慌てて手をバタバタと振った。
『…えっ…!? 私、そんな…立派な事してないし!? それにバスケは超絶下手だし!!』
「綽名っちの努力、俺も凄いと思うっス! …でもそうなると、そろそろ俺の役目も終わりっスかね?」
終わり…?
その黄瀬君の口調に寂しげな響きを感じた私は彼を見上げた。
黄瀬君は、いつもの陽気な彼らしくなく、痛みを含んだ切な気な瞳で私を見ていた。
『…終りだなんて…どうして?』
「今日みたいにデートする所まで漕ぎ着けたのなら、脈ありって事っスよ。
青峰っちと付き合うのなら、俺はあまり近くにいない方が良いっしょ? つまらない誤解なんてさせたくないし」
『…黄瀬君、今日は別にデートしてた訳じゃないよ? 青峰君に出会ったのは偶然だし』
「……は?」
そして彼は、私が未だに青峰君の連絡先の一つもゲット出来てない事を知ると、大きな溜息を吐いて空を仰いだ。
※※※
-黄瀬side-
全く…綽名っちは世話が焼けるっス。
お洒落とか女子力上げや胸を鍛える体操やら、色々教えた事は実践してるみたいで、
最近可愛くなって来たって、たまに男子の噂にも上って来ているっスよ。
でも昨日…綽名っちが青峰っちと一緒の所を見て、ほんの…少しっスけど、心がチリチリと焼け付く様に痛んだっス。
……綽名っちが早く青峰っちとくっついてしまえば、俺もこんな妙な気持ちとはおさらば出来る筈。
彼女に関わっていたいと思う反面、辛くて見ていたくないと思ったり…こんな…何でっスかね…?
それこそ彼女より可愛い女の子なんて沢山いて、そんな娘が俺の事を好きになったりするのに。
それなのに、何で俺は一人で苦しい思いをしなきゃならないんスかね?
そうだ、報われない恋愛なんて、俺の柄じゃないっス。
二人をくっつけて、さっさとこんな気持ちに見切りをつけてしまいたい。
そうすれば、きっと楽になれる。
俺は昼休みに綽名っちのクラスに行き、騒ぐ皆を尻目に彼女を連れ出した。
青峰っちと屋上で、昼食を一緒にしようと既に連絡してあった。
「青峰っち! …黒子っち」
「おーい、黄瀬! こっちだ…って苗字もいるのかよ!?」
青峰っちの言い草に、綽名っちは申し訳なさそうに首を竦めた。
『…あの、すみません。お邪魔なら…』
彼女が踵を返そうとする。俺は慌てて彼女の腕を掴んで引き止めた。
「綽名っちを呼んだのは俺っス! 青峰っち、良いっスよね!?」
「…あ、ああ。別に構わねーよ。でも、お前等ホント仲良いよな! 呼び方もいつの間にか変わっているしよ」
「青峰っち! 変な誤解はしないで欲しいっス!」
全く…人の気も知らないで。
「そう、この間、青峰っちに貸したNBAのDVD、彼女も観たいと言うので、
観終わったら綽名っちに貸してあげて欲しいっス!」
「おー。黄瀬が良いなら良いぜ」
『ありがとう、青峰君。それで…』
彼女がもごもごと口の中で声が消えて覚束ないので、俺が助け舟を出す。
「いつ渡して貰えるか早く知りたいらしいから、青峰っちの連絡先、教えて良いっスか?」
青峰っちの了承が取れたので、二人で連絡先の交換をさせた。
…ふぅ。これで一安心っス。
俺達は、お弁当を食べながら他愛もないお喋りをしていた。
青峰っちは綽名っちとおかずの交換をしているっス。
青峰っちも満更でもなさそうっスね。
俺が一仕事やり切った感で二人を見ていたら、いつの間にか黒子っちが俺の傍に来ていた。
「…黄瀬君。…良いのですか?」
黒子っちはガラスみたいに透き通った瞳で、真直ぐに俺の顔を覗き込んだ。
…まるで全てを見透かされている様で…正直その目は苦手っス。
俺は思わず目を逸らした。
「……黒子っちが何の事を言ってるのか分からないっスわ。
俺は―友人として、あの二人の恋を応援しているだけっスよ?」
そう―こんな苦しい気持ちは今だけだ。
時が経てば、きっと忘れてしまうだろう。
だから今だけ見ない振りして、やり過ごしてしまえばいい。
そう思い、俺は痛む心を封印した。