Tip off!


灰色の標的


※後半で暴力シーンが出てきます。


そろそろ学校の校門が見えて来る。俺は足を速めた。
クラブ活動は良いけど、運動部は朝練があるのがキツいっス。

『あ、黄瀬君! おはよう!!』

綽名っちはジャージ姿で息を切らせていた。

「はよっス! 朝早くから頑張ってるっスね」
『三軍の朝練の前にジョギングする事にしたの。
私は技より体力付けた方が上達は早いだろうって、青峰君がアドバイスしてくれたの』
「そう言えば…心持ち締まって来ているっスね」
『えへへ…そう? 黄瀬君に言われると嬉しいな』

…最近、綽名っちは少し垢抜けて可愛くなった、と男子達が噂している。
彼女は、ずっと前から影ながら努力し続けているんスよ。
それがやっと目に見える形で実を結んで来ただけっス。

…俺も負けてられないっスね。

「あ、そうだ! 綽名っちに会ったら、これ渡そうと思ってたんスよ」

俺は封筒を差し出した。

『…これは?』
「見てみてくださいっス」

彼女は開けて中を見て―
慌てて一旦閉じ、恐る恐るもう一度開けて中の物を取り出した。

「…先日、月バスの取材があったんス」
『うっわー…恰好良い。青峰君の写真!?』
「青峰っちのだけ貰ったりしたら皆に変に思われるから、皆の写真を貰って来たんスよー
俺のもついでに一枚入れておいたっス!」
『あ、黄瀬君と青峰君とのツーショットもある! ありがとう!』
「どーいたしまして!」

彼女はにこにこと大切そうに懐に仕舞った。
『宝物にするね!』
「喜んでくれて良かったっス」

その時、俺の頭に何かが勢い良く当たった。
「痛っ!?」
「あ、悪ぃ…つーとリョウタじゃねーのw」

朝からイヤなヤツに会っちゃったっス。
よりによって灰崎に綽名っちと一緒の所を見られたなんて。

灰崎は、鞄を肩にかける様にして持っていた。
きっと俺にぶつけたのもワザとに決まっているっス。

「…誰? コイツ。リョータのファン?」
「そんなんじゃないっス!」
「…へぇ? じゃあコレ?」

灰崎はニヤニヤといやらしく笑いながら小指を立てて見せた。
「違うっスよ! ただのダチっス!」
「フーン…? 確かにリョータの女にしちゃあちょっと地味だし、エロさが足んねーよなァ。揉んでやろーか」
「…っ、灰崎っ!!」

灰崎がずいっと彼女の前に出ようとした。
俺は咄嗟に身構え、彼女を引き寄せて背中に庇う。
こんな性質の悪いヤツに綽名っちを触らせる訳にはいかない。
俺達は睨み合った。一触即発の緊張感が漂う。

「おい!」

その時、低く鋭い声が響き、俺達は動きを止めた。

「おめーら何やってんだ? こんな所で揉め事起こすと基礎練五倍にすっぞ?」
「げっ!?」
「…虹村キャプテン!」

はぁ…助かったっス。
正直、殴り合いは喧嘩慣れしたコイツ相手じゃ分が悪いスからね。

虹村先輩は、逃げようとした灰崎の襟首をひっつかんで容赦なく引き摺って行く。
そして足を止めると振り向いた。

「おめーもだ黄瀬。ぐずぐずしてねーでさっさと来い!」
「はいっスー!!」

俺は綽名っちに軽く手を振り、先輩達の後を追って駆け出した。

※※※

-名前side-

「最近つまんないねー…」
黄瀬君のファンの女子達が教室の片隅で噂話をしていた。

「キセリョ、モデル休業するってー」
「えーっ!? マジ?」
「バスケ部に専念するってさー」
「最近、黄瀬君付き合い悪いし、あまり遊んでくれなくなったし…」
「なら、バスケ部に見学にでも行けば?」
「一軍は今、部外者は立ち入り禁止だって」
「マネージャーやったら黄瀬君見放題だよ? バスケ部イケメン多いし」
「かったりーよ。毎日朝練だぜ? それに入部したからと言っても、一軍に行けるとは限らないじゃん」

一人の女子が、ファッション雑誌をめくっていた手を止めた。
「…黄瀬君、好きな娘がいるみたいよ?」

『……え?』
我知らず声が出た。
しかし、その声をかき消す勢いで、そこの女子達が騒ぎながら彼女に群がった。

「好きな娘ってー!?」
「誰っ!??」
「誰かまでは分からないけど…ここにそれっぽい事が」

「…好きな女性はいますか? …内緒です…? そんな事どこにも書いてないじゃないのよ」
雑誌を奪って見た少女に、彼女は反論した。
「普通、好きな人がいないのなら、"いません"、とか否定するでしょ? でもこれは"内緒です"だよ?
これは"いるけど秘密"と言う事じゃないの? いないのを秘密にする意味ある?」

「…そんな」
「マジかよ!? 誰なのそれ!?」
「…バスケ部にいる子…? じゃないよね?」
「だから熱心に部活しているのかな?」

彼女達が騒ぎ始めるのを見ながら、私は心の奥にもやもやとしたものが湧き上がるのを感じた。これは何だろう?

黄瀬君に好きな人がいる―…彼も片想いしているのだろうか?
あんなにもてて華やかな人なら、どんな思いも叶える事が出来る筈だと思うのだけど。

色々と親身になってくれた黄瀬君。
黄瀬君には幸せになって欲しい。
私に出来る事なら、私にしてくれた様に、彼の力にもなりたいけど…

私が近くにいるのが反って邪魔になってしまうかもしれない。
その時は正直…寂しいけど、私は遠くから黄瀬君と彼女を祝福しようと思う。

そう― この締め付ける様に痛む心は今だけの一過性のもの。
私には別に好きな人がいるのだから、こんな気持ちになるのは間違っている。

私は青峰君が好き、なのだから。

※※※

『…え? 全部売り切れ…?』

今日は朝が早くて、お弁当を作ってもらえなかった。
そして昼休み、私は出遅れて購買のパンを買いそびれた。
食堂に行くにしても、今からでは混み合っていて、とても座れる場所がないだろう。

私は呆然と空のショーウィンドーの前で立ち竦んだ。
…どうしよう? 今から外で買って来るとか…でもお店まで行って帰って来ると時間はギリギリだ。

私は校舎を出て敷地内を走り出した。

「あ? おめー、どこに行くんだ?」

私に声をかけて来たのは灰崎君だった。

『あ、お昼買いそびれてしまって、今から外に…』
「ハァ? どんくせーww 俺の焼きそばパンで良ければやろーか?」
『…え?』
「俺は他にもカレーパンとハムカツとコロッケパンも買ったからよ。一個くれーなら売ってやれるぜ?」

今朝方のやりとりでは最悪の印象の彼だったが、噂と違って意外に親切な人なのだろうか?
彼は、まだ封を切ってないパンの入った袋をひらひらと見せびらかして来た。

『…あ、なら…!』

私がお財布を取り出そうとしたのを彼は制止する。

「あ、金なら要らねーぜ」
『えっ? …でも』
「一緒に来るならやるよ」
『………』
「ヤなら良いぜ。一番近くのパン屋、今日は休みだけどな。
コンビニまで行ったら、次の授業に間に合わねーぜ」
『…私、やっぱり…』

私が身を引いたら、灰崎君は舌打ちして私の腕を掴んだ。
軽く掴んでいるみたいに見えるが、私が腕を動かそうとしてもびくともしなかった。

『ちょっと…!?』
「てめーがぐずぐずしてっと休み時間終わっちまうだろ!」

私は、半ば引き摺られる様にして灰崎君と校舎の裏まで歩いて行った。


「ほら、さっさと入れ!」
『きゃっ…!!』

私は乱暴に引き摺り込まれて、奥に放り出され尻餅を突いた。

『…ここは…』
「体育祭や文化祭で使っていねーモンを突っ込んどく備品用の倉庫だよ。
ここなら、煩せー奴等も来ねー。さ、飯食おうぜ!」
『……ありがと』

私が突き付けられたパンを貰おうと手を伸ばす。が、灰崎君はニヤリと笑うと私の手からそれを避けた。

『あの…?』
「俺は金は要らねーつったけどよ。おめーはまさかタダで貰おうって肚じゃねーよなァ? お礼は勿論貰うつもりだからよ、そこんとこは忘れて貰っちゃあ困るぜ?」

彼は言うなり、私の腕をロープで縛り上げた。

『何をするの!?』
「ホレ、食えよ!」
『むぐ…っ!?』

灰崎君は、私の口に焼きそばパンを突っ込んだ。
そして、暴れる私を押さえ付け、ブラウスのボタンを外し始める。

止めて!と言いたくても、口に突っ込まれたパンが邪魔をする。

「へっ、俺には分かってんだよ。おめー、黄瀬の女だろ? 人のモン奪うのは堪んねーな。
しかもそれがいけ好かない野郎のだと尚更な! …壊してしまいたくなる」

私は黄瀬君とはそんな仲じゃない! そう言いたくて、私は必死に首を横に振る。

それにも構わず、彼は私のブラウスの中に手を突っ込み、ブラの上から乱暴にまさぐった。
好きでもない男の愛撫に、私は鳥肌を立て足をばたつかせた。

「大人しくしてりゃ良い気持ちにさせてやる。暴れると痛い目を見るぜェ?」

イヤだ! イヤだ!! 黄瀬君、助けて…!!!

私は口の中の物を吐き出して、大声を上げようとしたその時、不意に扉が開いた。

「何しているんスか?」
『…っ、黄瀬君!?』
「……っち!」

黄瀬君が殺気を孕んだ目で灰崎君を睨みつけた。

「その手を離せよ。祥吾クン」
「邪魔すんなよ。おめーよりも気持ち良くさせてやろーとしてんだからよ」
「離せって言ってんだろ!!?」

黄瀬君の繰り出したパンチを軽く避けた灰崎君は、重いパンチをカウンターで鳩尾に食らわせた。

「…がはっ…!!」
黄瀬君はもんどり打って、備品と一緒に倒れ込んだ。
『…黄瀬君っ!!』

どうしよう。私が迂闊に灰崎君に近付いたから、黄瀬君を巻き込んでしまった。
私の目から涙が溢れた。

「おめーは、そこで俺がコイツをヤるのを指咥えて見てりゃ良いんだよ!」
『イヤだ! 離して!! 黄瀬君…っ!!』

灰崎君の手がスカートの中に入り、私の太腿を撫で回す。
私は恥ずかしさと屈辱にパニックになり、暴れ出した。
「リョータが見てるとこでイかしてやるよ」
『イヤッ!!』

ゴッ!

その時、灰崎君の頭にメガホンが直撃した。
灰崎君は一瞬手を止め、後ろを振り返る。
投げたのは黄瀬君だった。
彼は荒く息を吐き、膝を突いて手あたり次第に辺りの物を投げ付ける。

「っ!? 痛てーな!!」
「綽名っちに…触るなっ!!!」
「フン、ならそっちを先にすっか」
『止めて灰崎君!!!!』

私は彼が何をしようとしているのかを悟り、悲鳴を上げた。

灰崎君は、まだダメージから回復してない黄瀬君を、再起不能になるまで叩き潰すつもりだ。
そんな事になったら、黄瀬君の選手生命は断たれる。

『嫌ぁアァァァ――――ッッッ!!!!!』

灰崎君は、這いつくばった黄瀬君に踵を振り下ろした。
私は咄嗟に駆け寄り、黄瀬君の上に身を投げ出して固く目を閉じた。
「綽名っち…!!?」

「おい灰崎!! そこまでにしとけ!」

力強く低い声が私の鼓膜を打ち、私は目を開けた。

『…青…峰君…!!』
「邪魔すんなよ、ダイキぃ」

青峰君は私をチラリと見て目を細めた。
私は自分があられもない恰好をしているのを思い出し、恥ずかしくて背を向けた。

「おめー…苗字をヤるつもりだったのかよ?」
「へっ。だったらどーした? おめーは乳はもっとでけー女が好きなんだろ?」
「…ああ、そうだな…」

言うなり、青峰君は灰崎君を一瞬で殴り倒した。

「けど苗字もダチなんだよ。大会も近付いてっから、今はこれで済ませてやる。でもこれ以上、こいつ等に手ぇ出すんじゃねーぞ?」

青峰君は私に近付き、手を縛っていたロープを外してくれた。

「おめー、大丈夫か? 怪我は?」
『う、うん。怪我は無いよ』
「綽名っち…!!」

黄瀬君は上着を脱いで、私にかけてくれた。
ふわりと爽やかなコロンの香りが私を優しく包み込む。

黄瀬君は寄りかかる様に、私の肩に顔を埋めた。
「…綽名っち…無事で良かった。でも俺…助けられなくて…ゴメン…」

泣きそうにくぐもった彼の声に、私は軽く頭を振った。
『黄瀬君が来てくれたから、私は助かったんだよ。…来てくれてありがとう』

私は黄瀬君の髪を指先でそっと撫でた。


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