Tip off!


常勝からの解放


体育館はいつも以上にギャラリーが多く、熱気に包まれていた。
今日は誠凛と海常高校の練習試合が組まれていた。
私は必死になって、何とか一角に潜り込み、全体を見渡せる位置を陣取る事が出来た。

黒子君を見たのは卒業式ぶり。
卒業式で見かけた彼は、決意に満ちた表情をしていた。

…黒子君、頑張って。

私は海常生なのに、誠凛の中にいる黒子君を見たら、黒子君の応援をせずにはいられなかった。

始めは体育館の半分を使っていたが、誠凛の選手がダンクをした時にゴールが外れてしまい、広いコートに変更した。

『あの10番、似てる…?』

その彼の動きは青峰君を彷彿とさせた。
チームを引っ張る明るさは、バスケに熱心だった頃のかつての彼を見ている様だった。

私は彼―10番の選手の動きに目を奪われた。
彼はピンチに陥っても楽しそうだ。

本当にバスケが好きな人なんだなぁ…黒子君、良い相棒を見付けたね。

彼等を始めとするチームプレーは、帝光時代には無かったものだ。
激しい攻防の末、勝ったのは大方の予想に反して誠凛だった。

私は黄瀬君に視線を移した。
彼は俯いて立ち尽くしていた。

…そう言えば彼、負けたの初めてじゃなかった?

彼がバスケを始めたのは中学二年生。その入ったチームは負け無しの帝光。
スポーツ万能で、早々と常勝チームのレギュラーになり、それから一回も負けた事がない筈…私とは大違いな人。

私は彼を見てはっとした。

……泣いてる…?
負けて…悔しいって思ったの…?

手を顔に当てて涙を流す彼に、会場は騒めいていた。

…ぽたっ

気が付くと、私の手の甲にも熱い雫が落ちた。
今までの失ったものが戻って来る― そんな気がした。

私は、こみ上げる熱い気持ちに押されて身を翻し、体育館から駆け出した。

誠凛の選手達は身支度を済ませ、学校を出て行く所だった。

『黒子君…っ!』
「…苗字さん。お久し振りです」
「誰? 黒子君のガールフレンド?」

誠凛の選手達とカントクと呼ばれてる女子に怪訝な顔をされてしまった。

「帝光時代の友人です」
「海常の子だよね?」
『今日はこれだけ伝えたくて。黒子君、バスケ続けていてくれて良かった。ありがとう。今日の試合、凄く感動した』

黒子君は私の目をじっと見つめていたが、優しい日差しが差し込んだ時の様に表情を綻ばせた。

「それは良かったです」

私は周りを見渡すと、誠凛の選手の皆さんにもぺこりと頭を下げた。
あの時に見た、心が冷えて行く様な試合とは全く違う…熱くなって泣ける様な試合が観れて、私は再びバスケが好きになれると思った。

※※※

『お願いします』

今日は女子バレーボール部で明日は男子テニス部。

私はスポーツ医学を学ぶに当って、各運動部に頼み込み、練習の見学をしていた。
海常高校はスポーツ全般に力を入れているので、どの部活も熱心な活動をしている。学ぶには恰好の場所だった。

次の日、見学の為の挨拶をしに三年の教室に行った。
テニス部の部長と少し話していたら、通りがかった男子生徒に声をかけられた。

「あれ? 苗字じゃないか。どうしたんだ?」
『小堀先輩、こんにちは』
「あれ?小堀、知り合い?」
「同じ保健委員なんでな。委員会で顔を合わせてるよ」

テニス部部長がかいつまんで説明すると、小堀先輩は感心した様に頷いてくれた。
そして彼は優しく笑うと「頑張れよ!」と、私の肩を叩いた。
小堀先輩は、テニス部部長に向き合った。

「そうだ、ちょっとテープ貸してくれないか?」
「ああ、ちょっと待て。…て、部で常備してんだろ?」

小堀先輩は頭を掻いた。

「いや、それがな…丁度今は切らしてて…」
「マネージャーにでも買いに行かせれば良いだろ」
「…居ないんだよ、それが。下級生にやらせているけど、奴等も練習があるしで正直手が回らん」
「ああ…そっか。笠松、女苦手だもんな」
「希望者はいるんだが…トラブルの元になりそうなんで断らざるを得ないんだ」
「大変だな。おたくも」

私は二人に頭を下げ、会話を背中で聞きながら立ち去った。

※※※

体育の時間は、黄瀬君のクラスと合同だった。
うちのクラスの女子達は沸き立っていた。

「サッカーやってる黄瀬君、恰好良いねー!」
「何でも出来るんだって? 凄いよね…!!」

私は遠くから、沢山の女子達に囲まれている黄瀬君を目で追った。
何となく彼の動きに違和感を感じていたからだ。

…もしかして、さっきのプレイで足をひねったんじゃ…?

一見、普通に歩けてはいる様に見えるが、少し歩き方がぎこちなかった。
私はその集団に恐る恐る近寄った。
私は一応保健委員なので、彼を保健室に連れて行かなくては。

『あの、黄瀬君…?』

その時、彼を囲んでいる集団の女子が振り向き、顔を顰めた。
彼女は明らかに私を睨んでいる。

私が怯んで立ち止まったら、彼女は何事も無かったかの様に再び黄瀬君に視線を戻し、背中で拒絶した。
とても、その輪の片隅に私は入れて貰えそうにもない。私は溜息を吐いた。

彼等の傍のベンチには、黄瀬君のジャージの上着が置いてあった。
私はそっとその上に、持っていたテープを乗せたのだった。

-黄瀬side-

あー…っと困ったなぁ。

俺は途方に暮れて、周りを取り囲んでいる女子達を眺めた。
ゲームが終わったら、とっとと保健室に行きたいんスよ。
それなのに彼女達は放してくれない。
クラス合同のせいか、いつもより取り巻いている女子の数が倍増していた。

「黄瀬君、さっきの恰好良かったねー!」
「はは。どうもっス」
「バスケ部のエースでスポーツ何でも出来るなんて凄いよねー!」

さっき足を軽く捻っちまって、早く保健室に行きたいんスけど。
そんな事言い出したら、彼女達が全員付いて来そうで…気が重いっス。

仕方ない。後で行く事にするか。

女子達の試合の番になり、漸く彼女達は散って行った。
俺は軽く溜息を吐き、ベンチに放ってあったジャージに手を伸ばした。

「…あれ……?」

そこにはテーピング用のテープが一つ乗っかっていた。

俺は置いた記憶が無かったから、首を傾げつつ手に取った。
誰かの忘れ物っスかねー?
でも普通、俺の服の上に置くとかはないと思うんスけど…

ふと地面を見たら、字が書いてあった。
「使ってください…?」

一体誰なんだろう?
俺は疑問符で頭を一杯にしながらも、有難く使わせて貰う事にした。


授業が終わり部活に向かう途中、綽名っちがテニス部部長とサッカー部のエースと、親し気に話し込んでいるのを見かけて俺は首を傾げた。
学年が違う、部活もしてない筈の彼女が何であんなに親し気なんスか?

俺の取り巻きの子達も、時折彼等の話を好意的にしている事があった。彼等が女子に人気があっても別に構わないんスけど。

それでも何となく面白く無くて憮然と彼等を見ていたら、小堀先輩が俺に声をかけて来た。

「黄瀬、どーしたんだ? ぼーっとして…」
「ああ、別に何でもないっス」
「…ん?」

小堀先輩は俺の視線を辿り、軽く目を瞠った。

「あの女子、苗字さんじゃないか?」
「知り合いだったんスか?」
「俺は同じ委員だからな。黄瀬こそ…」
「俺は同中で部活も一緒だったんス」

小堀先輩までもっスか。
何で綽名っちの周りに、いきなり男が集まって来ているんスか? モテ期でも来たんスか!?
俺は内心のイラつきを押さえるので精一杯だった。

先輩は俺の内心にも気付かず、人の好さ気な相好を崩した。

「帝光バスケ部だったのか。実は彼女、運動部に頼み込んで見学して周っているらしい。
スポーツ医学の勉強の為だってさ。トレーナーの講習も受けているんだそうだ」

…そう言えば、以前そんな本を読んでいたな、と思い出した。
でも何で、綽名っちの事を俺より先輩が詳しいんスか?

俺の心は焼け付く様に痛み、先輩の不思議そうな視線から逃れる様に顔を背けた。
この苛立ちは、青峰っちに対して感じた時以来だ。

※※※

ある晴れた早朝、俺は広い公園内を走っていた。
俺は最近、毎朝早起きしてロードワークをしている。
誠凛に負けた時から始めていた。
俺はもう、あんな悔しい気持ちを味わうのはゴメンだ。

いつものコースを走っていたら、同じ様に俺の先を走っている小さな影を見付けた。…あれは。
何となく見慣れたフォルムに目を凝らし、誰か分かって驚きの息を小さく吐き出した。

「綽名っち!」
『あれ? 黄瀬君?』

偶然だね、と笑いかける彼女に曖昧に頷きを返す。

『もう足は大丈夫なの? ちゃんと診て貰った?』
「足?」
『以前、クラス合同でサッカーやったでしょ?』
「ああ…あれはもう大丈夫っスよ」

綽名っちは、あの時一言も話さなかったのに気が付いてたんスか。
現金なもので、俺はそれだけで心を苛んでいたものが雲散霧消して行く様に思えた。

「綽名っち…」

何? と首を傾げる彼女に、俺は柔らかい気持ちになり笑いかけた。

「バスケ部に…良かったら―見学に来てみないっスか?」

※※※

「はぁ?」
「お願いしまっス!!」

怪訝そうに顔を顰める笠松先輩に、俺は頭を下げた。
先輩に、どんな風の吹き回しだ?と、突っ込まれてしまった。

「…もしかして彼女か?」
「違うっス!! 友達っス!」

今まで女子に対しては好き勝手にやっていた様に見えてたらしい俺が、一女子の為に頭を下げているのが信じられない、と言われた。
好き勝手までとは言い過ぎだと抗議しながらも、俺自身も彼女の為にそこまでやるとは自分でも驚いていた。

何でっスかね…?
何事にも懸命な綽名っちを見てると、つい手を貸したくなると言うか、放っておけなくなると言うか。
いつも俺の調子が狂ってしまうんスよ。

でも案外それが楽しかったりするから、もう末期かもしれないっスね。

渋る先輩を説得するのが難しいと悩んでいたら、思いがけない所から援護が入った。

「黄瀬の言う彼女って苗字さんの事だろ? なら俺からも推薦するよ。彼女は真面目な良いヤツだよ」

小堀先輩の言葉に、笠松先輩は腕を組んで暫し考え込んだ。
そして、もしトラブル起こした場合は止めさせる事を条件に、監督に話を通してくれる事を承諾してくれた。


『苗字名前です。よろしくお願いします!』

森山先輩は、彼女をじっと見てからフム、と頷いた。

「黄瀬が推薦した女子だと言うから、どんなものかと思っていたら…思ったよりも地味―…いや、大人しい感じで意外だな」
「俺は一応、人柄も見てるっスからね。それよりも女子に地味は失礼っスよ」
「ああ、すまない。でも…いや、大人しめだが…良く見ると可愛いな」

俺はぎろりと先輩を睨んで牽制しようとした。

「森山先輩、運命の相手とか何とか言って、口説いたりしないでくださいっスよ!?」
「ああ、そう言おうと思ってたんだ。よく分かったな黄瀬」
「話通じてないっスか!?」

笠松先輩は真っ赤になり、あたふたと挨拶を返していた。
女子苦手はガチなんスねー…と納得していたら、小堀先輩がぼそりと零した。

「笠松はな、真面目な女子が好みらしいぞ?」
「小堀先輩、何でそんな事言うんスか!?」
「お前には言っておいた方が良い様な気がしてな」
「何なんスかもー…」

笠松先輩に近付いた俺は、小声で耳打ちした。

「先輩。いくら好みでも綽名っちは渡さないっス!」

俺は更に顔を赤くした先輩に思いっきりどやしつけられた。
でも笠松先輩だけじゃなく、森山先輩や早川先輩にまで続けて小突かれてしまったのには納得が行かないっス!!

そして彼女は週一の見学レポート提出を条件に、武内監督からも許可を取る事が出来たのだった。

2016.5.6


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