竜となれ!


雨の帰り道


クラブが終わって、さて帰ろうとした時。
『あっちゃぁ〜』
私は下駄箱から空を仰ぎ見て嘆息した。

ザァァァーー…

雨が激しく地面を叩きつけている。
私は立ち尽くした。

…そう言えば…天気予報、ちゃんとチェックして来なかったなぁ。

『参ったなぁ…傘持って来てないや』
暫く考えた後、私は決心した。
『よっしゃ!コンビニまで走るか!!』
それでビニール傘買って行くか。…お小遣い多くないのに、出費が痛いけど…仕方がない。

私は、ダッシュで校門に向かって走った。
だが、校門を出て曲がった所で人にぶつかってしまい、危うく転びそうになる。
『きゃっ…!?』

傾いた私は腕を引き寄せられ、その人の胸に飛び込む形となった。
…どうやら、私とぶつかった人が支えてくれているらしい。

大柄でがっちりとした体格…恐らく男性かと推測しながら、ふわりと覚えのあるラベンダーの香りに頭を上げる。
『あっ!?緑間君!!?』
「路面が濡れているのに走ったら危ないのだよ、苗字先輩」
彼に抱き締められてる状態に、頭が真っ白になる。何この少女漫画展開!?

『ごっごめんね!?怪我とか無かった?』
「俺は大丈夫だが…先輩が、びしょ濡れなのだよ。…もしかして傘を忘れたのか?」
『…ははははは。面目ないw』

緑間君は溜息を吐くと、私を雨のかからないマンションの軒先に引っ張って行った。
そして、バックの中からタオルを取り出して、私の頭を丁寧に拭いてくれる。
「この時期に濡れたままでは風邪をひくのだよ」
…私はおかんに世話されてる子供か?

『…あ、自分で拭くから…』
言っても緑間君は聞いてはくれない。
「先輩は、自分の事に無頓着だから俺が拭くのだよ。…以前の寝癖とか凄かったからな」
と言って含み笑う。
私は真っ赤になった。女子力で緑間君に負けるとか…!?衝撃なんですけど!!?
『あれは…っ!ちょっと寝坊して直す時間が取れなかったんだってー!』
一応トイレで直したが、全然ダメだったんだよう。

彼の言葉に膨れながら、それでも大人しく髪を拭かれている私。
彼の指が優しく髪に触れてくれるのが心地良い。

『…くしゅっ!』
不意に濡れた身体に風が吹き付けられて、私はぶるりと身を震わせた。
それを見た緑間君が顔を顰める。

「苗字先輩、これを上から着ていてください」
緑間君は言うなり、私に彼のジャージを着せてファスナーを上げた。

『…………』
どーしよう?…これ、ぶかぶかだよ?
腕から手が出ないし、下はスカートが隠れてしまう位長い。
「見た目は悪いが、風邪をひくよりはマシなのだよ」

※※※

それで、今私は、緑間君のジャージを着て、彼と相合傘状態で一緒に帰っている。
彼(じゃないけど)ジャージ、に相合傘って…何の羞恥プレイですか??

私が途中のコンビニで傘を買おうとすると、彼に止められた。
「…わざわざ買う事もない。俺が先輩の家まで送って行くのだよ」
私が謝ると、緑間君は、帰り道の途中の場所にあるから構わない、と言ってくれた。
それで今、彼の傘の中に入れて貰っている。

雨はまだ降り続いている。
「予報してたのに傘を忘れるなど、先輩は迂闊なのだよ。(…だから放って措けないのだよ)」
『…う。すみません…』
何でだか、彼は下級生だってのに私は頭が上がらない。…教えて貰っている身だからなのだろうか?

「こっちへ…もっと寄らないと傘に入りきらないのだよ」
私は彼に身体を寄せる。
…何だかこうしていると、恋人同士みたいだな。
そんな事をつい考えて、私は慌てて頭を振った。

何考えているの!?そんな事思ったら、彼に迷惑でしょ!?…これ以上、迷惑なんてかけられないよ。
「何をしているのだよ?」
『…えっ!?いや、ちょっとセルフぼけ突っ込みを…!』
そして何気なく緑間君の方を見て、ある事に気が付く。
『ちょっと…!?緑間君こそ、そっちの肩濡れてるじゃない!?もっとこっちへ寄ってよ』
「俺は大丈夫なのだよ」
『駄目だって!ほら!』私は戸惑う彼を引き寄せた。

濡れない様に二人が入ると、密着せざるを得ない。
これじゃ、益々恋人同士みたいになっちゃうな、と私は胸の内で呟いた。

くっついてると温かいな。

知らず知らずの内に顔が綻んでいたらしい。
「何を笑っているのだよ?」
『いやぁ…何だか、これって恋人同士みたいだなぁって……あ!』
しまった!ついうっかり口を滑らせた!!
口に手を当てたけど、もう遅い。

失言をしたかと慌てて彼を見上げると、彼の朱に染まった顔が目に入った。
ついと顔を背けられてしまう。
…ちょっとショック。

『ご、ごめんね!緑間君。つい調子に乗っちゃって!!今の忘れて?』
「…………き、気にしてはいない…のだよっ!」

それって、思いっ切り気にしてるんじゃん!?

あー、もう気まずい!!
元はと言えば、私の失言がいけないんですけど!!

気まずい空気を吹き飛ばしたのは、後ろからかけられた陽気な声だった。

「あー緑間っち!?」
かけられた声に、緑間君は思いっきり顔を顰める。
そのままスタスタと、足を止めずに歩き出す。
私も慌てて緑間君に歩調を合わせる。

声をかけたのは、黄瀬君だった。
黄瀬君も追いかけて来て、足を速める。

「逃げる事ないじゃないスか?緑間っち、相合傘っスか?隅に措けないっスねー♪」
何だか激しく誤解されている様な気がする…
『…黄瀬君。そんなんじゃないから…』
私が慌てて訂正すると、黄瀬君は私を見て首を傾げた。
「あれ!?将棋部の苗字先輩じゃないっスか!?でもそれ、どう見ても相合傘っスよ!?…って、ジャージまで着せてるんスか!?緑間っち!??」

黄瀬君の追及に、緑間君はしかめっ面で応答する。
「一々煩いぞ黄瀬。先輩が雨に濡れていたから貸しただけなのだよ!」

黄瀬君はくすりと笑った。
「いや…だって、ねぇ?…それって、どう見ても恋人同士にしか見えないっスよ?」
「なっ…!?」
「彼ジャージなんて、やるじゃないっスか〜?」
「…………!!!」

黄瀬君の追求に、緑間君は眼鏡をカチャカチャ上げている。
…心なしか、指先が定まっていない様だ。…まさか、動揺している、とか?

『黄瀬君、いくらリアクションが面白いからって、緑間君をからかっちゃダメだよ? 緑間君は黄瀬君と違ってピュアなんだから』
「先輩、酷いっス〜…俺もこう見えてもピュアなんスよ?」
『あはは。そうなんだ? でも自己申告なんだね』
「誰も言ってくれないから、自分で言うしかないんス…」
「自己を客観視しろ黄瀬。pureの意味が分からないなら、英和辞典を貸してやる」
「酷っっ!!緑間っちまでっ!?」

私は彼等のやり取りにクスクス笑ってしまった。
…最近、緑間君がクラブの事を話さなくなって来たので、少し気にかかっていたんだけど、相変わらずそうで安心した。

『最近、バスケ部はどう?』
「ああ、負け無しっスよ。俺も…今度、練習を休んでモデルに復帰しようかと思っているんス」
『……え?』
「そうだ、雑誌に載ったら、苗字っち先輩にも一冊進呈するっスよ!」

『練習……休むの?』
「コーチも赤司っちも容認してくれてるっス。勝てるなら問題ないって」

なに……これ?

『……勝てるから…練習休んで…モデル、やるの?』
「モデル業も両立するから、大変なんスよ〜。ま、俺達は特別っスからね!」

特別…
キセキの世代と呼ばれている、バスケ部二年のスタメン達。

それでも、これは何だかおかしい。
勝てるから何やってても良い、なんて…部公認で特別扱い、なんて。
中学生の部活として、健全な在り様ではない。

私は緑間君を見上げた。
彼は押し黙ったまま、不機嫌に渋面を作っている。

…きっと、彼も、この状態が良くない事は分かっているんだろう。

「あっ、黄瀬くーん!」
遠くから、彼を呼ぶ女の子達の声がする。
黄瀬君は首をすくめた。
「わっ!見付かっちゃったっスね!じゃ、緑間っち、苗字っち先輩、またねー!!」
黄瀬君は、軽く手を振りながら駆け出して行った。

※※※

残された私達は、暫くの間無言だった。

私は、最近緑間君がバスケ部の話をしなくなった訳が、何となく分かる様な気がした。

バスケ部は変容したのだ。
無敵になって、名が知れて。
そして…それは恐らく学校公認の上で。

私は、緑間君の上着の裾を掴んだ。
「…苗字先輩?」
どうしたのだよ?と、問う彼の視線を、私は真直ぐに受け止めた。

『人事を尽くす緑間君は、間違っていないよ』
「先輩……」
『…私は、周りの状況に流されて、自分を甘やかしたりなんかしない緑間君を心から尊敬してる』

彼の翡翠色の瞳は、軽く瞠られた。…いつ見ても、綺麗な色だなぁ。

私が見惚れていたら、緑間君が立ち止り、鞄を持った腕で私を抱き寄せた。
彼は傘を肩に挟み、私の頭を優しく撫でる。

『……!?』

彼の体温に包まれて、私の心臓は跳ね上がる。
そんな私に、彼は優しく囁く。
「…苗字先輩は、いつも俺に必要な言葉をくれるのだな。…ありがとう」

ああ、もう駄目だ。
私は、自分の奥底にある、彼への気持ちを自覚せざるを得なかった。

私は、緑間君が好きだ。
それは、もう、どうしようもない程に。

私は、彼の胴体に腕を回して、ギュッと抱き締め、彼の身体に顔を埋めた。
「先輩…!?」
彼の驚いた声が聞こえ、撫でていた手が止まった。
私は構わず、彼の胸に耳を当てた。彼の鼓動が激しく脈打っている。
『…ゴメン。こうしていると、安心するの。…悪いけど、少しだけこのままでいてくれる?』

緑間君は悪い方に変わらないで。
私は懇願に似た気持ちで彼を抱き締める。
頭上で軽く溜息が聞こえ、また、彼は私の頭を撫でてくれる。

雨の帳は、私達を静かに包んでいた。

※※※

それからの帰り道は、私達は何も話す事はなく歩いていた。
でも、温かな気持ちに包まれていたから、会話は無くても気まずい事も無かった。

家に着き、私は緑間君に礼を言った。
『…送ってくれて、ありがとう。…またね』
緑間君も柔らかく微笑んだ。
「…今度は、ちゃんと折り畳み傘を持ってくるのだよ。……では、また俺を倒しに来い。…待ってるぞ」

私は、雨の中に消えて行く緑間君の背中を見送った。

この気持ちを抱えながら、私は冷静に戦えるだろうか?
甘く揺れる気持ちに戸惑いながら、私は玄関を潜った。


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