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未来の君に会いに行く-2-




家も当面のお金もあるし、家族もいる事が分かったので、さしあたっての生存には支障が無い。
『でも、いつ戻れるか分からないし、もしかしたら戻れないかもしれないんだよね』
「名前が比較的冷静で助かるのだよ」
『泣いて戻れるなら、いくらでも泣くけど』
いくらか安心して、それでもぶつくさ言う私の肩を、緑間君は軽く叩く。

「…現実的なのだな。これからは名前は、どうするつもりだ?」
『もし、戻れない場合だけど…私はいきなり高校生やらなきゃならないんだよね?…しかも秀徳生で、ほぼ一年のブランク』
いくら私が二度目の高校生だと言っても、学力面で不安がある。

「真ちゃんに勉強教えてもらえば?」
「…俺で良ければ面倒を見てやろう」

『お願いします』

思ったより緑間君は良い人だ。
でも、私は彼に違和感を覚えていた。

…ここの私と彼は、どんな関係なんだろう?
私の知る緑間君は、親切はまだ良いとしても、異性に気安く触れる人じゃなかった。
変人は兎も角、真面目で固くて…それなのに…あんなに柔らかく私に微笑むなんて…反則だ。

私は心臓が騒ぐのを感じ、自分の感情に戸惑った。

私は、彼等と再び落ち合う約束をした後、一旦家に戻り私服に着替えて、机の上にあった高校の教科書を持ち出す。
そして本屋で参考書を買い、図書館に移動した。
三人で、空いている席を見付けて座る。

『ねえ』
私は高尾君に聞く。
「ん…?何?どした、名前ちゃん?」
『私…貴方達と親しいみたいだけど、私が来る前はどんな関係だったの?』

私の何気ない質問に、二人は息を飲んだ。
「あーっと…俺からはちょっと…真ちゃんに聞いて?」
高尾君は煮え切らない返答をする。

私は緑間君を見た。無言の視線で返答を促す。緑間君はゆっくりと確認する様に答えた。
「………名前は…バスケ部のマネージャーで…俺達とは友人だ」
私は首を傾げた。
『…そう?普通に?』
「……普通に」
特別な関係じゃない様だ。私は、どこかで安堵と同時に落胆していた。
『なら、良いけど…』

もし、特別な関係で…万が一大切な関係だったりしたら、私がいる事で、その関係の邪魔になってしまう。
私なら、大切な人に自分との記憶が無い状態なんて耐えられない。
でも今では、私達の関係は白紙になっている状態だ。
ふつうの友人に過ぎないのなら、彼等の親切に甘えさせてもらおう。
彼等との関係は、それから徐々に再構築すれば良い。

私は心の中で結論を出し、教科書と参考書に再び目を落とした。

※※※

-緑間side-

「真ちゃん…」
名前が手洗いに行くと席を外している時、高尾が小声で俺に話しかけた。

「…普通の友人、とか言っちゃってさ。名前ちゃんに本当の事言わなくて良いの?」
「言う必要は無いのだよ。今の名前に、その関係を教えたら、名前の負担になりかねないのだよ」
「…さすが真ちゃん。名前ちゃんの性格熟知してるね!」

「……今の名前から目を離す事は出来ん。
以前の俺との関係を知ったら、名前は心を痛めて、俺達から距離を取ろうとするだろう。
それだけは、避けなくてはならないのだよ」

「ふーん…で、また、これからやり直しすんの?」
「当然なのだよ。名前がいつ元に戻るか、戻らないかは分からんが、また名前にアプローチするつもりだ。
名前が何度忘れても、その度に俺は気持ちを伝え続ける。俺は諦めん。人事を尽くすのだよ」

「つくづく…真ちゃんって…男前だよねぇ…」
「……褒めても何も出ないのだよ」

自分の言葉に恥ずかしくなって、思わず顔を背けてしまう。
高尾は、そんな事なら俺も協力するぜ、と俺の肩をとんと叩いた。

正直…名前の事はショックだ。
以前は受け入れてくれたとしても、今の彼女が、また俺を受け入れると言う保証は無い。
今回また告白しても、フラれる可能性はある。
俺は不安で堪らなかったが、今の彼女の方が不安はより大きいだろう。

俺は彼女に力を貸し、友人として、出来る限りの最善を尽くす。

そう決心しながら、相談出来る相手がいる事に、俺は人知れず安堵を覚えた。

※※※

-名前side-

私は、二人から高校の勉強を教わっていた。
教科は主に数学、化学、物理、英語だ。
元々私の得意な人文系と文学系は、レベルは十分満たしているから必要ない。

「名前は、飲み込みが早くて助かるのだよ」
『もし戻れた時でも、秀徳受験するから、やっといて損はないよね』
「そうだな…お前にこれをやろう」

緑間君は、私に一本の鉛筆を差し出した。
鉛筆の片側に一面ずつ数字が書いてある。
『これは?』
「湯島天神の鉛筆を加工した。俺の特製コロコロ鉛筆なのだよ」
『ああっ!?これがあの…っ!?』
火神君を救ったと言う…!! 私は感激しながら受け取った。
『ありがとう、緑間君!!』

私が予想以上に喜んでいたので、高尾君は苦笑した。
「名前ちゃんなら必要なくね?」
「念には念を入れるのだよ」
緑間君は、そんな私を見て口元を緩めた。
私は、彼の優しく慈しみに満ちた瞳を見て、心が跳ねた。

「やっと心から笑ったな」
『…!緑間君…っ…』

私は緑間君と暫く見つめ合ってしまい、高尾君から「あのー…俺もいるんですけどー?」と、
からかい混じりの横槍が入るまで固まってしまっていた。

※※※

図書館の閉館時間になり、私は緑間君に送られて帰宅する事になった。
高尾君と別れて、二人きりで暗くなった道を歩く。

『明日はバスケ部の練習があるのよね?…私、マネージャーなんでしょ? 出なくちゃ不味いかなぁ?』
「ウィンターカップは終えているから、暫く休んでも問題はないだろう。
それよりも、今日やった所を復習しておけ。部には俺から休むと伝えとくのだよ」

『ありがとう。緑間君教えるの上手いから、今日はかなり進んだね』
「…明日も、部が終わったら名前の所に行って、また続きをやるのだよ」
『…えっ?緑間君、練習で疲れてるんじゃないの…?』
「この位で疲れる程、やわなつもりはないのだよ」

…若いなぁ。

私は…タイムスリップしてから、ずっと不安だった。
きっと一人だったら、私は今、この様に安心して笑ってなかったろう。

何で私…緑間君と、もっと早く話さなかったんだろう…?
『……ありがとう。ごめんね。…私、緑間君に世話になりっ放しだね』
私は、緑間君の右手を両手で包んで、自らの額に押し当てた。

緑間君は、一瞬驚いた様に目を見開いて私をじっと見た。そして逆に私の手を取って引き寄せた。

『…!!?』
気が付いたら私は緑間君に、すっぽりと抱き締められていた。
彼の腕は私の背に回り、優しく力を込められた。
緑間君の身体に、私がギュッと押し付けられる。彼は私の頭をゆっくりと撫でた。

「名前が謝ることはないのだよ。言ったろう?…俺はいつでもお前の支えになる、と」

彼の言葉を聞いた私は泣きたくなった。
いくら良い人でも…こんな事言ってくれる人が、ただの友人な訳ない。…これは……きっと。

私は、緑間君の背に腕を回して抱き締め返した。
頭の上で緑間君が息を飲む気配がした。

『私…ここで一人で心細かったけど、緑間君に会えて…良かった』

ありがとう。

ありったけの、泣きたくなる程の感謝の気持ちを込めて、私は彼を見上げて微笑んだ。
私…ちゃんと入学から一年、緑間君と過ごしたいよ。だから。

神様、私に彼と出会う時間を。彼に共に過ごした記憶のある私を返してください。

心からそう願った瞬間、私は意識が薄れ、白い光に飲み込まれた。

※※※

「…苗字…苗字!!」
私の意識は、急浮上した。

ぱちりと目を開いて辺りを見回せば、帝光の教室の中で授業中だった。
そして数学の教師が私を睨んでいた。
「居眠りとは余裕だな。ここに来て、この問題を解きなさい」

黒板には、複雑な応用問題の数式が書かれている。
通常では、すぐに解くのは難しい式だ。
私は、ゆっくりと立ち上がり、黒板に歩み寄った。

『……これで良いでしょうか?』
私の答えを確認した教師は唸った。
「……ああ。正解だ」
渋々認め、悔しそうな顔をした教師を尻目に席に着く。

その時、筆箱の影からコロコロと一本の鉛筆が転がり出た。
『…これは…!?』
高校生の緑間君から貰った、例の鉛筆。
先程の答えがすらすらと出て来たのは、丁度教えて貰った問題の一つだったから。

私は鉛筆を手に取った。
『夢…じゃなかったんだ…?』
目頭が熱くなり、鉛筆が滲んで見えた。


それから数か月経ち、受験の日の前夜に私は夢を見た。
高校生の緑間君がカレンダーで日付を数え、明日が私の受験日だと言いながら、合格祈願のダルマを用意していた。
タイムスリップした時、私の言っていた日付に合わせて計算したらしい。

そして、途方に暮れる高校生の私に、そのダルマを渡した。
「私」に渡す様に、と言い含めて。


目を覚ました時、私は枕元に小さなダルマが一つ、転がっていたのを発見した。
私はダルマを抱えて頭を撫でた。

『…これから未来の君に会いに行くね!…待ってて』と、呟きながら。

END

※※※

「緑間長編夢主が、タイムスリップして未来の夢主に成り変わり、未来の緑間に会う」とのリクエストをいただきました。

成り変わりもののタイムスリップは、タイムパラドックスは無いけど、書くのは予想以上に難しかったです。
緑間からは、ただの記憶喪失夢主になってしまうし。

この話は、前に発表した帝光編の「未来へのillusion」の続きみたいになっていますが、リクエスト小説と言う事もあり、これだけの独立した話のつもりで書きました。

我儘に書いた「Rhapsody in Green」ですが、このシリーズの夢主を気に入ってくださる方が多く、とても嬉しいです。
帝光編は、本来緑間落ちでありながら、緑間とは直接接触しないスタンスなので、この様な変化球も書いていて楽しいです。

リクくださった方、ありがとうございました!




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