儚い夢




私は高尾君と街中を歩いていた。
そこは、どこでも見る様なありふれた街中。
私の世界と一見変わらない見た目の異なる世界。
その中で最も大きい違いは、彼が存在しているか、いないかの差だ。

「よ、元気してた?」
『うん。高尾君も?』
「…俺は…苗字ちゃんの夢見てたぜ?」
『……え?』
「コーヒーショップで男と女の友達二人と喋ってた夢」

私は彼の言葉にドキリとした。
彼も…私の現実を夢見ていた?

『…確かに。私、コーヒーショップで友達と喋っていたよ』
「随分と仲良さそうだな、って」
『うん! 二人共、大切な友達!』
「ちょっと妬けたぜ。…特にあの男誰!」
『えっ!?』
「なーんてな?」
『もうっ! 高尾君たらー!』

少しだけくすぐったくて心躍る感覚。
…こんな幸せな夢なら覚めないで欲しい。

商店街に差し掛かり、電気店の前で高尾君は足を止めた。
立ち止まり、押し黙ったままの彼を不思議に思い、私は彼の視線の先を辿って見る。

『何見てるの?』

彼が食い入る様に見ていた物は、店頭にディスプレイされた大型のテレビ画面だった。

《帝光中学校が明洸中学校をな…何と、111対11で下しましたー!
最後は紫原選手の自殺点です。全国中学校バスケットボール大会は、帝光中学校の優勝で幕を下ろしましたー!!!》

『111対11!? 凄く差が付いたね? 同じ中学生同士なのに…』
「……同じじゃねえんだよ奴等は。帝光だぜ?」
『聞いた事あ…キセキの何とか、って呼ばれていたアレ?』

私は画面を覗き込んだ。

『うわぁ…! 本当にカラフルな髪色してるね!?』

高尾君は苦笑した。

「初めてテレビで見た感想がそれw?」
『うーん…あと…何だか凄く怖い感じがする。私達と同い年には見えない。
勝って優勝したのに、やったー♪って感じじゃないし』
「勝って当然なんだろ。俺達のとこでも全然歯が立たなかったもんな」
『ふーん…当然、かぁ。でもこの試合の点数、面白いね。全部1が並んでる』

私が何気なく言った言葉に、高尾君は顔を顰めた。
彼のそんな表情を見たのは初めてで、私は吃驚した。

『どうしたの?』
「…まさか…!? …いや、何でもねぇ。…行こうぜ」

彼は固い表情で、私の手を引っ張って行った。

※※※

彼の要望で私達は本屋に立ち寄る事にした。

『何買うの? 漫画?』
「えっ、そこ決め付けちゃう?
俺だって、いつも漫画ばっかり読んでる訳じゃ…あるけどな!」

彼は軽口を叩きながら、参考書のコーナーに回った。
彼が手に取ったのは、高校受験用に学校ごとに纏められた過去問題集だ。

『…秀徳高校?』

私は彼の開いた問題集を覗き見る。

『うっわー、難しそう…高尾君はここ受けるの?」
「まぁな。ここはバスケ部強ぇんだよ。緑間倒すなら、まず強豪校に入らなきゃな」

高尾君の横顔は真剣な表情を湛えていた。

あの…信じられない位の点差で優勝したメンバーを本気で倒すつもりなんだ…
彼等の圧倒的な強さを見ても、彼の心は折れない。
それどころかこの高校、強豪なだけじゃなくて学力の面でも難関だ。

この問題集、今の私の学力じゃ解けない…

私、こんな風にがむしゃらに、何かに立ち向かった事があったろうか?
いつも楽しく、フワフワと暮らしていた。
そんな毎日に特に疑問も持たずに。

同い年なのに…彼は何て強いんだろう。
足りない自分と向き合い、乗り越えようとする彼を、私は眩しい思いで見やった。

※※※

再び街中を歩いている途中、私はある物に目を止めた。

「どうした?」
『何これ!? 変わったぬいぐるみね…?』

UFOキャッチャーの中に、見慣れない形のぬいぐるみがあった。

「古代生物シリーズだってw 取ってやろーか?」
『えっ…!? でも悪いよ』
「いいからいいからwww」

高尾君は器用にアームを動かし、斑緑色の不思議生物のぬいぐるみをゲットした。

『凄い…!』
「俺、こう言うの得意なんだよねー。以前は、よく妹に取ってやったりしたから!」
『高尾君、妹思いの良いお兄さんだよねー』
「最近はどっちかっつーと怒られたりもするけどな。でもこれ、マジ変なぬいぐるみな。緑色の海老か…?」
『タグに書いてある。…プテリ…ゴートゥス?? って何?』
「俺に聞くなよーwww」

妙なぬいぐるみだけど、良く見ると可愛い…と言えなくもないかも。

『ありがとう! 大切にするね!』

高尾君がくれる物なら、何でも嬉しい。
私はそのぬいぐるみを抱き締め頬を緩めた。

『プテリゴートゥス…って言い難いな。じゃ、君の名前はプテちゃんだ!』

それを聞いた高尾君は腹を抱えて笑い転げた。

「プテちゃんてwww プテラノドンみてーwww」
『えー!?違うし! だってプーちゃんじゃクマみたいじゃない? …ならプテリちゃんで!』
「そこ拘るとこなんだ?w」
『…だって…折角高尾君が取ってくれたんだもん…』

高尾君は顔を赤らめ、口を押えて横を向いた。

「…何それ、反則…!」
『は?』
「そんなに喜んでくれるなら、取った甲斐があったつってんの。…お、見ろよこれ!」

彼が示したのは、矢印が付いたタイルの床のゲーム機だった。

「ダンシングイリュージョンじゃん! 最近新作が出たんだぜ! …ちょっとやっていい?」

私が頷くと、彼はコインを投入した。
彼が画面をタップして操作すると、軽快なポップ曲が流れ出した。

「はっ…!!」

軽快な曲に合わせて、光る矢印の床を踏み踊り出す高尾君。
その身ごなしは華麗で、格好良くて生き生きしている。
私は魅入られた様に彼を見つめていた。

床の光は彼から飛び散った汗を煌めかせ、その場が即席のライブステージとなる。
いつの間にかギャラリー達が増えていた。

彼のステップは高得点を叩き出し、観客達は歓声を上げ手を叩いた。

「や、どーもどーも♪」

調子に乗って、楽しそうに手を振る高尾君に、私はクスクスと笑ってしまった。
彼がいるだけで、周りは鮮やかに色付き、心躍る世界に変貌する。

ふと気が付いたら、私の手は高尾君に取られていた。
驚いた私が顔を上げると、彼は私を見てにっと笑った。

「折角だから、一緒に踊らね?」
『えっえっ…!? わっ私、こう言うの苦手で…っ!!』
「大丈夫! イージーモードにするし、光る場所踏めばいいだけだから!」

私は慌てて光るタイルを踏むが、上手く行かなくて、エラーの数だけが積み上がって行く。

『きゃっ…!??』
私は足を縺らせてしまい、身体のバランスを崩した。

「おっと…!」
高尾君は、転びかけた私を抱き止めた。

「苗字ちゃん、大丈夫?」

彼に支えられ至近距離で覗き込まれた私は、一瞬心臓が止まりそうになる。

『やっ…!! 近い!』

私の悲鳴に似た声に、彼は頬を染め、慌てた様に身体を離した。

「わ、悪ぃ…!」
『あ、いえ! 私こそ、吃驚しちゃって…ご免ね?』

…どうしよう。恥ずかしくて、高尾君の顔が正面から見られない。

私は熱くなった頬を隠す様に俯いた。

※※※

ゲーセンを出た後、私達は臨海公園に行った。
疲れた私を高尾君はベンチに座らせ、彼は飲み物を買いにその場を離れた。

…それにしても、随分と人出が多い。
それに浴衣の人もちらほら見かける。

「君、一人? 俺達と遊ぼうよ!」

高尾君に貰ったプテリちゃんを抱え、ぼーっと座っていたら、三人のチャラチャラとした男の人達に囲まれてしまった。
私は慌てて首を振った。

『あ、いえ! 私は連れを待っていますので!』
「俺達は、その人に頼まれて呼びに来たんだけど?」

…変な話だな、と訝る暇も無く、私は彼等に半ば無理矢理立たされ、連れて行かれそうになる。

『は、離してください!』
「逃げるなよー」
「だから、お連れさんすぐ来るから!」
「あっ、待てよ!!」

私は掴まれた腕を振り切り、人の多い場所に向って走り出した。
土地勘も無いのに闇雲に走り回り、何とか男達を振り切ったは良いが、私は見事に迷ってしまった。

…どうしよう?
彼と合流したいけど、さっきいたベンチの場所が分からなくなってしまった。

ここは私の世界じゃない。…この世界と私を繋ぐのは高尾君だけ。
私は急に心細くなり、プテリちゃんを抱き締めた。

私は当て所も無く公園を彷徨い歩く。
楽しそうにさんざめく人々の中で、私は一人取り残された。

…高尾君、どこ…?

求めるのは彼の悪戯めいた黒い瞳、楽し気に笑う彼の声。
他には何も要らない…!

今の私には、彼の存在が世界の全てだ。
もし―このまま会えなかったら、私はこの世界で居場所を失う。
それは私にとっては恐怖そのものだ。


その時、不意に私の腕が掴まれた。

『ひっ…!?』
「苗字ちゃん!!」
『…高尾、君…!?』

彼はペットボトルを抱え下を向き、大きく息を吐き出した。

「だっはー…! 良かったー! ベンチに戻ったら、いなくなってたんで驚いたぜ」
『高尾君…っ!!』
「わっ!?」

私は彼に抱き付き、ぽろぽろと涙を零した。

「悪ぃ。混んでたんで戻るの遅くなった」
『…もう二度と…会えないかと思った…!』

高尾君は私に飲み物を渡し、宥める様に頭を撫でた。

「これ飲んで落ち着いて。な?
大丈夫、苗字ちゃんがどこにいても俺、ぜってー見付けるから!」

高尾君の優しい言葉と温かさが、私の不安を溶かしていく。

『…ありがとう』

漸くホッとした私が表情を緩めると、高尾君も嬉しそうに笑った。

「今日は花火大会だってよ。もうすぐ始まるから、もっと観易い場所に行こうぜ?」

※※※

西の空が茜色に染まる頃、ドーンと音が響いた。
暮れ往く夜空に光の花が次々と咲き乱れる。

それは大輪の花、枝垂れた花弁、時には小さく続け様に咲く花、下から噴水の様に吹き上がる光。
色を重ねて二重に咲き、飛び散った花弁の先から更に花開く。

それは今まで見た花火の中でも、とびきりの美しさだった。

反射した水面にも、同じ花が咲いては散って往く。
渡る風がその花を細かく揺らし、儚く散らす。

私は彼に寄り添い、手すりに凭れて、ただ空に咲く刹那の花を見続けていた。

この世界がより美しく感じるのは、きっと高尾君がそばにいるから。
…出来れば覚めないで欲しいな。
少しでも長く、この幸せを感じていたいから。

「…名前ちゃん」

不意に高尾君が囁いて、私はびくりと身体を揺らす。
今までの呼び方との変わり様に何かを感じた私は、彼の顔を見上げた。

高尾君は真っ直ぐに、私を射抜く様に見つめていた。
私は彼の真剣な瞳を見て、思わず息を飲んだ。

「俺…名前ちゃんの―」

同時に上がった花火の音が、彼の声を掻き消した。

『……!?』

私の視界がゆっくりと侵食される様に暗くなってきた。
高尾君が私に向って何かを叫び、必死に手を伸ばして来る。
私も彼に向って手を伸ばしたが、その手は摺り抜けて触れる事が出来なかった。

『高尾君…っ!?』
「…………!!」

もう私に彼の声は届かない。
薄れ往く彼の後ろに、一際艶やかで大きな花が咲いた。

※※※

『…高尾君…!』

次に私が目にしたのは、見慣れた自室の天井だった。

…戻って…来たんだ。

私はのろのろと身体を起こす。

あの花火の様に、幸せな夢は儚く消え散ってしまった。
会えば会うほど会えないのが辛く苦しくなるのに、また会いたいと願ってしまう。

今度も…また会えるのだろうか? 会えるとしたら、いつ?

私は手に当った感触に目を落とした。

『……プテリちゃん!?』

高尾君…!!

私はぬいぐるみを抱き締めた。
瞼の裏には色鮮やかな光の花の残像がちらつき、別れ際の彼の表情が蘇る。

私は目を閉じ一筋の涙を零した。


2016.11.11




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