(うつつ)と夢




あれからどんなに高尾君の事を思って眠っても、私はあの世界に行く事が出来なくなってしまった。
気が付いたら季節は移ろい、いつの間にか冬になっていた。

私は友人の円花に何度も高尾君の話をしては、呆れられていた。

…でも仕方ないじゃない。
何度も思い出して口にしてでもいないと、高尾君のいない日常の方が当たり前と慣れてしまいそうで。

私が鮮明に思い出せるのは、高尾君の生き生きした表情や動き、悪戯っ気たっぷりな笑い顔。

あの花火の時、彼は私に何かを言おうとしていた。
…ちゃんと聞き返せば良かった。

「ねえ名前聞いてる!?」
『う、うん…何?』

早くもクリスマス仕様に飾り付けられた街中は、賑やかに人でごった返している。
円花はズイっと乗り出すと、人差し指を突き付けた。

「いつ会えるか分からない男の子より、身近に目を向けなよ。
名前を好きな子いるんだから…! 結構イケメンだよ? 私協力するし!」
『…ゴメン、今は…そんな気になれないの』

「今は…? じゃ、それはいつまでなの?」
『…え?』
「いつまで会う事も出来ない男を待っているつもりなの!?
はっきり言うけど、叶いもしない事をグチグチ言ってもどうにもならないよ?」
『…円花…』
「私ももう建設的な話したいし。いつまでも妄想話に付き合っていられない」

妄想…そうね、他人にはそうなんだ。

現実だと思っているのは自分だけ。
家に戻れば、彼から借りた服や貰った縫いぐるみがあるけど。

でも、どんなにその服を着てみても、プテリを抱えて眠っても、私はあれからあの世界に行く事が出来なくなっている。
(よすが)は私自身の記憶だけ…

もし今の私を、彼が夢見てたらどう思うのだろう?
いっそ―高尾君がこの世界に来ればいいのに…

※※※

私は学校の図書室で全国高校名鑑を見ていた。
沢山の高校の名が並んでいたけど、無論"秀徳高校"のは無かった。

…やはり世界が違うんだ。

「おー、苗字!」

私に声をかけたのは常盤晶人君。

『常盤君…』
「ここにいたんだ? 教室探したら、まだ鞄があったからさ」
『…え? 私を探していたの?』
「うん。…ちょっと話があるんだけどいいかな?」

彼は私を裏庭に連れ出した。

「…俺、苗字の事が好きなんだ。だから…彼女になってください!」
『えっ…!??』

常盤君が私を…?
彼は良い人だし…好きと言ってくれた事は単純に嬉しい。
けど、今の私の心を占めているのは…

あれから全然会えないけど、まだ忘れられない。
私の気持ちは、あの夏の世界に置いて来てしまった。

『……気持ちは嬉しいです。でも…ごめんなさい』

「もしかして…高尾ってヤツ?」
『…え?』
「蘇芳から聞いてる。でももう君は会う事が出来ないって」
『……っ!』
「会えない男なんか好いても辛いだけだろ。…俺にしとけよ。その内…きっと忘れるからさ」

私はそれ以上聞きたくなくて、彼の手を振り払い、その場から逃げ出した。

高尾君、高尾君…っ!!

私がどんなに走っても、その世界には辿り付けない。
世界は無情に隔てられていた。

何故私達の世界が交わらないの!?
何故私はこの世界にいるの…!?
何故貴方はこの世界にいないの…!?

出会っていけない相手なら、どうして私達は出会ってしまったの…!?


家に戻ってから、携帯が何件も着信していた。
その中には、常盤君のだけじゃなくて円花のもあった。
けど私は開いて読む気がしなかった。

私は自分のベッドの上でプテリを抱き締めた。

あの夏の日、高尾君は私がどこにいても絶対見付けるって言ってくれた。
高尾君! 見付けてよ、私はここにいるよ…!

私は縫いぐるみに顔を押し当て嗚咽した。

※※※

「じゃあ戸締りをしっかりするのよ。ご飯は今日明日の分は作ってあるけど、後は冷凍してあるから」
『うん。…行ってらっしゃい』
「ちゃんと勉強するのよ!」

冬休み、毎年恒例で家族ぐるみで、正月は親の実家に行っている。
今年は私は受験生だから、一人で留守番だ。

その日、私は夢を見た。

私は一人、図書館にいた。
ひっそりとした奥の席に向かうと、高尾君が勉強していた。

最初、彼は私に気がつかなかった。
私は彼に触れようと手を伸ばしたが、するりと彼の身体を通り抜けた。

ここは、彼のいる空間と交わってはいない。
ただ蜃気楼の様に映し出されているだけ。

でも私は、彼の姿を目に出来ただけでも嬉しかった。

『高尾君…会いたかった』

私が精一杯の気持ちを込めて囁けば、彼はハッとした様に顔を上げた。

「名前ちゃん?」
『…!?』

彼の瞳は確かに私を捉えていた。

私が…見えるの?

彼は私を視線で捉えると嬉しそうに破顔した。

「名前ちゃん、俺…ずっと探していた。でも…見付けられなくて…!!」
『高尾君…私も…!』

願いを込めて伸ばした私の手は、確かな実体を捉えていた。
私は離すまいと強く掴み、力一杯引っ張った―


ドサッ!

『うっ…!』

重たくて大きいものに押し潰されてる。
く、苦しい…!

ふと目を開けたら黒い髪が見えた。

「うーん…あったけー…」
『!?』

それは私の身体に腕を絡ませ、ギュッと抱き付いた。

「良い匂いがする…気持ちいー…」

もしかしてこれは…

私はどうしようもなく胸が高鳴るのを感じた。

「た、高尾君…?」

私が恐る恐る囁くと、彼はパチリと目を覚ました。

「えっ!? …夢…じゃねえ?」

彼は切れ長の目を見開くと、慌てて飛び退いた。

「わ、悪りい! …と、ここは!?」
『私の部屋。…会えて…良かった』
「えええええ〜〜〜!?」

※※※

-高尾side-

今度は俺が名前ちゃんの世界に来たのかよ!?
驚いたってもんじゃねーよ!

聞くと彼女は丁度冬休みで、家族は旅行だって。
チャンス到来ー!ってか? いやいや拙いっしょこれ!? 二人っきりとか!
俺の理性に何て試練を課しやがる。

でも俺も名前ちゃんも受験生なので、デートしてる場合じゃねえ。残念だけどな。

彼女と同じ様に、俺もいつまでここに居れるか分からねー。
…そして今度会えるかどうかすらも分からねー。

こうなったら俺は開き直って、悔いの無い時間を名前ちゃんと過ごしたい。
楽しんだもん勝ちだろ?

俺がそう言うと、彼女も微笑んで頷いてくれた。


取り敢えず俺達は買い物に出る事にした。
俺の着替えや日用品や勉強道具も買うと言ってくれたが、流石に悪いだろ。
彼女の親が、生活費を多めに置いてってくれてるとはいってもな。

でも彼女はお礼だと、お互い様だと言ってくれた。

こうして一緒に買い物してるのって、何だか妙に擽ってーな。

彼女とハンバーガーショップでお茶していたら、同世代の女の子に声をかけられた。
彼女は夢で見た記憶がある。名前ちゃんの友人だ。

名前ちゃんは互いを紹介してくれた。
その友達は、俺を見て明らかに戸惑いの表情を浮かべてる。

「名前、常盤振ったんだって?」
『あの…っ、円花、今その話するのは…』
「今だからするのよ。貴方、高尾君ね? 名前から聞いているわ」

マジかよ。一体どんな話してたんだ?

その時、名前ちゃんに電話がかかってきた。家族かららしい。
彼女は俺達に断り、一旦席を外した。

蘇芳さんは俺を真っ直ぐに見詰めた。

「はっきり言うわ。いつ居なくなるかもしれない人とは、お付き合いするのは無理だと思うの。深入りすると、お互いに辛くなるわよ」

はっきり言い過ぎだっつーの!
つか、名前ちゃん、この子にはかなり話しているんだな。

「私は名前には幸せになって欲しいし、常盤にも幸せになって欲しい。二人とも大切な友達だから」

常盤…以前夢で見た、この子と一緒にいた男だよな。
もしかして…この子、その常盤って奴の事好きなんじゃ―

「確かに…俺はいつ居なくなるか分からねえ。これから未来の約束も出来ねえ。
でも、だからこそ今を悔いの無い様に過ごしてえんだ。
俺は―名前ちゃんといる今の時間が大切なんだよ」

そう、俺はもう後悔なんかしたくねえ。
誰が何を言っても、こればかりは譲れねー。

彼女は暫し躊躇ってから、思い切った様に尋ねた。

「高尾君、名前の事…どう思ってるの?」
「そうだな。名前ちゃんは俺の大切なー…っと、これから先は彼女に直接言わなきゃな」

彼女は目を伏せた。

「そう…なら、これ以上は私は何も言えないわね」

『待たせてご免!』

その時、電話を終えた名前ちゃんが戻って来た。
蘇芳さんは「じゃあ私はこれで」と席を立った。

『円花? もう行くの?』
「高尾君と話せて良かった。またね、名前」

名前ちゃんは不思議そうに首を傾げた。

※※※

-名前side-

ハンバーガーショップで休んだ後、私達は街を歩いた。
公園の傍を通りがかった時、高尾君は足を止めた。

彼の目線の先を辿ると、ストバスをやっている少年達がいた。
その中に見覚えのある人がいた。

『あれ、常盤君?』
「よ、苗字さんじゃん?」

常盤君は私に気が付き、走って来た。
彼は、私の傍らにいる高尾君に目を止めた。

「誰? 初めて見るな」
『友達の高尾和成君』
「高尾…?」
「そう! よろしくな!」

常盤君は一瞬、訝し気に眉を顰めた。
「…まさか…マジかよ…?」

円花から話を聞いていたなら、驚くのも無理はない。
常盤君は、高尾君に興味深々の視線を投げた。

「君…高尾…君? バスケやるんだろ?」
『何で知ってるの!?』
「…まぁな。混ざらね? 丁度一人足らなかったんだよ」

「良い? 名前ちゃん」
『…うん』
「やっりー♪ 久しぶりにバスケ出来る…!」

高尾君がゲームに加わり始めて間もなく、彼等も私も高尾君の動きに目を奪われた。

「何あれ…見えてるの?」
「今見ねーでパスしたぞ、あいつ」
「どう言う目をしてやがる!?」

たちまちの内に高尾君は彼等共打ち解け、楽しそうにプレーをしてる。
本当にバスケが好きなんだな。

一試合終えて戻って来た彼は生き生きとしていた。

「待たせてゴメン! くはー、やっぱり勉強ばかりしてっと身体がなまるぜ! 俺、明日からロードワークするわ」
『凄く格好良かったよ!』
「おう! ありがとな!」

彼はニカっと嬉しそうに相好を崩した。

こんな幸せな現実が、いつまでも続くと良いのに…

「名前…どしたの?」

彼は気がかりそうに私の顔を覗き込んだ。
私はハッとして緩く首を振った。

例えこれが限りある幸せな時間なら尚更、今を大切にしたい。

『ううん。…少し寒いなって』
「なら俺の手を握れよ。少しは手が温まると思うぜ」

彼は照れ臭そうに手を差し伸べ、私はその手をそっと握った。

『…!!』
「へっへー、こうすると温ったけーよな!」

本当に…あったかい…
でも、それ以上にドキドキする…

彼は私と手の平同士を合わせて、指を絡ませた。
私は熱くなった頬を隠す様に俯いた。


2016.12.17




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