あなたをおさめる
「御幸くんて何好きなんだろう」
陳列棚の間を何往復もしながら、わたしは御幸くんへのお礼の品を見繕っていた。
まだ自主練あるし飲み物がいいかな。それとも自主練後に糖分摂取? でも甘いもの嫌いそうだな、とかなんとか。ああでもないこうでもないと悩み、その末に新作のスイーツに気を取られていた、まさにその時だった。
「こぉら〜〜〜」
頭頂にぼすん! と割りかし強めの衝撃。思わず「いっ?!」と声が出る。頭に乗っているのは感触からして何者かの手で、声からしてそれは御幸くんである。
たぶん、きっと、なんかちょっと怒ってる。声が凄みを湛えているし、未だ頭に乗ったままの手にぐりぐりとされるし。そして地味に痛い。
「み、御幸くん⋯⋯?」
思うように頭を動かせないので、ぎこちない動作で振り返る。まるで壊れた人形だ。
「勝手にいなくなんな! 何のために送ってんだよ⋯⋯」
「ごめん⋯⋯なんか隣で聞き耳立ててるのも悪いかと思って。たまたまコンビニあったし」
「何が悪いんだよ、俺が勝手に苗字の電話出てんのに」
「ふふ、そういえばそうだったね。成宮くんと話せた?」
「うん。宣戦布告」
「? なんの?」
この問い返しには答えてもらえず、代わりにスマホを手渡される。通話は既に切れていた。成宮くんにはあとで連絡をしよう。
「ね、ところでなんだけど、御幸くんって何が好き? お菓子とか食べるの?」
「ん?」
「本日の件につきまして何かお礼をしたいのですけれども」
「はあ、でもお礼なんてされることしてないんですけど」
「けれども、わたしの気持ちとしてはそういうわけにもいきませんので」
「そんなもんか?」
「そんなものです」
ふうん、と呟いて、彼は不思議そうな顔をした。きっとこういうところが男女の違いというやつなのだろう。まあ、とは言っても齢十六なので知らないけれど。
「んー⋯⋯お前はどれがいいの?」
「? わたし? わたしはこの桜のプリン。春っぽくてかわいい」
「じゃあこれだけ買いな」
「え、」
「んで、その代わりに俺のこと知ってよ」
「⋯⋯? それがお礼?」
わたしは首を傾げた。
同じ部活で一年過ごしてきたけれど、知らない顔がまだまだあることも、それを知っていく楽しみも先程実感したばかりだ。わたしとしては嬉しい。しかし、彼にとってこれがお礼になるのだろうか。
「ほら、それだよ。全然意識してないもんな。苗字は彼氏のことばっか見てたから知らないだろうけど、他にも男は五万といるんだぜ。だからこれからは、俺のこともちゃんと見て。ちゃんと知って」
「⋯⋯っ」
胸の真ん中でとくりと鼓動が逸る。わたしへと向くそのふたつの瞳から、何故だか視線を逸らせない。威圧的なわけでも、強要しているわけでもない。表情はあくまでも穏やかなのに、彼の双眸にはわたしの知らない何かが宿っている。
それに、なんか、雰囲気が。
急に普段よりも大人びて見えて、ただでさえ整ったお顔が、その、なんと言いますか、さらにかっこよく見える。御幸くんって、かっこいいんだな。そんなことを今更再認識する。
「ちゃんと。男として。分かったか?」
「⋯⋯は、い」
その熱に促されるように、わたしはこくりと頷いていた。
◇
駅までの残りの道を歩きつつ、御幸くんの言葉を遅ればせながら考える。
──男として、って。
単語だけならかなりの幅があるのだろうけれど、話の前後関係からして、つまりは“恋愛対象として見ろ”ということで間違いないだろうか。解釈合ってますか御幸くん。なんて本人に聞けるはずもなく、わたしは一人悶々と考える。仮に合っていたとして、それは彼にとってどこまでの意味なのだろうか。いや、そもそも合っているかさえわからないのにそんなことを考えるのも不毛か。
自分の思考に焦れったくなってしまって、答えを求めて、隣を歩く彼を見上げる。その瞬間、ばっちりと目があった。同じタイミングで彼もこっちを見たわけではなくて、もっと前から見られていたようだった。しかも悪餓鬼のような顔で笑っている。
「ちょ⋯⋯いつから見てたの?」
「コンビニ出てから? 何かあれこれ考えてんだろうなーって。お前、一人で百面相してたぜ」
「そりゃあ考えるよ⋯⋯ていうか何でそんな可笑しそうなの」
「俺のこと考えて困ってんの嬉しいじゃん。もっと考えてよ」
「⋯⋯御幸くん、」
続きを言おうか迷い、しばし口を噤む。お見通しそうな彼に「言ってみ」とこれまた楽しそうに言われ、少し腹が立った。むう、と結んだ唇を思い切って開く。
──だって、こんなの。勘違いしちゃいそうだよ。
はぐらかされないように、真剣に問う。それはもう真剣だった。しかし満足そうに笑った彼は、「気ぃつけて帰れよ。おやすみ」とだけ言って、踵を返した。去り際に一度、頭を撫でられる。
「え、待っ⋯⋯」
慌てて周囲を見回すと、いつの間にか駅に着いていた。それに気づかぬほど考え込んでいたらしい。しかも見事にはぐらかされてしまったではないか。
遠くなっていく見慣れたはずの背中を、複雑な気持ちで見送った。