だって嘘かもしれないし


 その後無事に帰宅したわたしは、心配してくれていた成宮くんに事の顛末をご報告した。無論、開口一番「電話すんのがおっそい!」と怒られるわけなのだけれど、これももう慣れたものである。

 それだけ心配してくれていたということだ。待ってくれていたということだ。こうして成宮くんがいてくれたから、わたしは元彼と向き合えた。感謝している。だから。

 まず、きちんと別れられたということを。それからその後のあれこれをご説明する。

 尾行されていると思った、と言った時にはぷりぷり怒り。でも勘違いだったの、と言った時にはげらげら笑い。成宮くんの素直な感情の起伏は、不思議と笑顔を引き出してくれる。

 すべてを聞き終え、彼は言う。


「そっか。頑張ったじゃん」
「ありがとう。成宮のくんのおかげ」
「うん、まぁね。てかこれで邪魔者いなくなったと思ったら、次は一也か⋯⋯」
「え、み、御幸くん⋯⋯?」


 突然出てきたその名前に、胸の中がどきりと跳ねる。

 さっきの今なのだ。
 御幸くんとの絶妙な言葉の攻防戦にも明確な決着がついていないし、しかも今の成宮くんの言い草といい、その名を聞いて不自然に意識してしまうのも致し方がない。

 ていうか本当に一体どういうつもりなのだろう彼は。

 御幸くんの名を聞いてわたしに力が入ってしまったのが伝わったのか、成宮くんは大きな声で、それはそれは大きな声で「あー腹立つ! 何であいつ青道行ったわけ!」と言い放った。

 その大声にきーんと耳が鳴って。無言でスマホを耳から離す。

 その後も成宮くんは、「なんで名前は稲実のマネじゃないの」だとか「そんな都合よく素振りしようとしてた一也に会うことある?」だとか、なんだかんだと一人で騒がしくしていた。途中から完全に成宮くんの一人愚痴大会になり置いてけぼりをくらったので、話半分で成宮くんの声に耳を傾け、これまたそこそこの相槌を打つ。

 考えてみる。

 もし御幸くんの“あれやこれや”がわたしの勘違いではなくて、本当に“そう”なのだとしたら。わたしは今、成宮くんと、そして御幸くんに。

 ──参った。一体どういう状況だ。とても現実で起きていることとは思えない。こんなことがあっていいのだろうか。いや本当に、こんなことある?

 スマホをスピーカーホンに切り替え、ぼふっとベッドに倒れ込む。顔面が枕に埋まって息が酷く苦しい。

 よく言うではないか。
 良いことの後には悪いことがあるとか。人生は良いこと半分悪いこと半分でできているとか。

 例えば先日の浮気騒動を悪いことだとして、この二人に構ってもらっている今を良いことだとする。するとどうだろう。どう見積っても良いことの比率が高すぎる。天秤にかけるまでもない。というか差がありすぎて、天秤にかけようものなら天秤が木っ端微塵だ。

 と、いうことは。

 仮に先人たちの理論が正しいのであれば、このあとわたしには帳尻を合わせるだけの“悪いこと”が起こるということになってしまうではないか。


「そんなの⋯⋯成宮くんも御幸くんもパワーがありすぎるんだよ⋯⋯」
「は? 何の話?」


 いや、それはそれ、これはこれだ。

 不確定な未来のことを悪く考えたって、結局は良いことしか起こらないかもしれないし。大抵のことはわたしの捉え方次第みたいなところもあるし。そもそも良いことと悪いことの定義さえわたしに決定権があるのだから、だとするとその理論はわたしには合いそうもない。

 今回のことで、恋愛が難しいということも、楽しいだけじゃないということも嫌というほど味わった。想いが通じても裏切られてしまうことがあるということも。笑顔の裏では嘘が入り乱れているかもしれないことも。知ってしまった。知らなかった頃には戻れない。

 疑心。懐疑。知ってしまったが故に、こういう気持ちを抱いてしまうこともあるかもしれない。信じられないなら最初から恋なんてしなければいい。そう言われる未来があるのかもしれない。

 それでも、二度と恋をしたくない、とは不思議と思わない。

 誰かを好きだと思う気持ちは自然に生まれるものだと思っているし、その気持ちから目を背けるのは勿体ないと思う。思える。

 でももし次があるのなら、その時はもう少し自分と向き合った恋がしたいと思う。誰かを好きと思う気持ちとか。誰かを大切にしたいと思う気持ちとか。自分の中で芽生える数多の感情に、しっかりと向き合って生きてみたいと思う。

 そして、今わたしを見てくれている二人にも。きちんと向き合える自分でいたい。


「よーし! わたしも宣戦布告! わたし自身に!」
「ねぇ、さっきから思ってたけど俺の話全然聞いてなくない?」





嫌いにならなくてよかったな




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