夢みたいな話をしよう





「名前ー、なんか食いもんくれ」
「えっ、五分前にお昼ご飯食べてたじゃん! 猛スピードで」
「足りなかった」
「あ、ちょっ、こら!」


 名前の食べかけの弁当に陣平の手が伸びる。名前も咄嗟に避けようと試みてはみたものの、その手の速いこと速いこと。あっという間にたこさんウインナーが取られてしまう。


「ん、うめえ。こっちもくれ」
「あ、また、ちょっとー!」


 次の獲物は卵焼きだった。呆気なくそれまで奪われてしまい、その素晴らしき早業に名前は怒りを忘れて感心してしまった。


「なんか阿呆らしくなってきた⋯⋯好きなだけ食べていいよ、育ち盛りなんだもんね。わたしもう結構お腹いっぱいだし」
「マジ? サンキュ!」


 これまた感心してしまうほど潔く食べ始める陣平を見て、名前の口元が綻ぶ。

 その心の綻びを、名前はしっかりと自覚していた。

 あれ以来、陣平は時々屋上にやって来るようになった。当初は互いのタイミングが合わず、「オメーなんで毎日いねえんだよ?!」「え! 陣平くん毎日お昼寝したいの?! 寝不足すぎ!」なんて言い合いをしたものだったが、それも一週間もすれば落ち着き、双方から解決案が出始める。

 結局、名前が鍵を開けているときの合図として、題名に“○”を入力しただけのメールを送るという案で解決した。

 そうしてここで各々好きなように過ごす。昼食を摂ったり、ノートや参考書を開いてみたり、生徒会の仕事をしたり、ぼーっとしたり、うたた寝したり。その合間にぽつりぽつりと会話が生まれ、いつしか自然に会話をするようになった。

 名前からのメールが途絶えることはなかったし、陣平の足が遠のくこともなかった。それは双方が居心地の悪さを感じていないということの証左でもあった。

 そしてその裏付けが、先程のお弁当争奪戦である。


「ん、うまかった。あとはお前食っていーぞ」
「ありがとう。まるで自分のお弁当かのような言い方だね」
「まあな」


 戻ってきた弁当箱を受け取る。それを見てまた、名前の口元が綻ぶ。名前のお気に入りのおかずがきちんと残っているのだ。それを陣平に教えたことはないのだが、こんな態度を取っておきながら、陣平は本当によく他人のことを見ている。

 名前がおかずを箸で摘むのを見届けてから、陣平はころりと横になった。ぼんやり空を眺めているところを見て、今日はぼけ〜〜〜っとするだけの日なんだな、と思う。

 幾日かともに過ごすうち、分かったことがある。当初陣平が言っていた「昼寝場所」というのは、「誰にも邪魔されず好き勝手できる場所」という意味だったのだ。





 そんなある日のことだ。

 メールを受け取った陣平がいつもどおり人目を盗んで屋上に出ると、小難しい顔をした名前が手元に視線を落としていた。非常に集中しているようで、陣平が来たことにも気が付いていない。

 抜き足差し足忍び足。
 隣まで来ても気付かないのをいいことに、耳朶に唇を近付け、問う。


「何してんだ?」
「きゃーーーー!」


 手に持っていたものをばらばらと落としながら、名前は飛び上がる勢いで奇声を上げた。


「おまっ、耳元ででっけえ声出すな! 耳きーんってしただろーが!」
「えっ、なっ、陣平くん?! びっくりしたあ⋯⋯」


 陣平を確認した名前は、両頬を手のひらで包み俯く。その頬が異様に赤味を湛えていて、陣平は首を傾げた。


「ん? 何お前、顔赤いけど風邪?」
「⋯⋯陣平くんが近いせいです、いいから離れて」


 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 三秒ほどきょとりと目を見開き、そして陣平は笑い出す。


「はは、お前まだそんなこと言ってんのかよ」
「うっ、うるさいなあ」


 どうせ意識してるのわたしだけだもん。なんて台詞を胸のうちに仕舞い込み、名前は逸る胸を両手で押さえる。


「んで、何してたんだ?」
「あ⋯⋯これ、弟のお気に入りのおもちゃなんだけど、壊れちゃって」
「弟?」
「すっごい泣くの。直してあげたいんだけどなんかよく分かんなくて、学校にまで持って来ちゃった」
「見せてみ」


 床に散らばっていた玩具を集め、陣平は慣れた手つきであちこちを弄り始める。


「随分ガキ用だな。弟いくつよ?」
「年長さん」
「ちっせ」


 こいつが今高二だろ、てことはいくつ離れてんだ? と考えながら、陣平は細部を確認していく。そしてあるところでその手が止まる。