灯火を織る人





 秋の足音が遠くから聞こえるようになった九月。スタンドライトの下でスケジュール帳を開きながら、片手に持っていた携帯に向かって話す。
 

「ね、陣平くん、もうすぐ卒業だよ、どうする? 何する? どうやってお祝いする?!」
「何か嬉しそーだな」
「やだ何言ってるの、そんなの⋯⋯モチのローン! に決まってるじゃない」
「萩の真似じゃねえかよ」
「あはっ」


 寮の公衆電話から電話をくれた陣平よりも随分と高いテンションで、名前はうきうきとスケジュールを確認する。


「陣平くんとお祝いするのはもちろんだけど⋯⋯お仕事始まったら忙しくなるし、皆でお祝いもしたいな」
「お、そうだな、それいいな」
「あ、男水入らずの方が良かったら遠慮なく言ってね」
「バァーカ、アイツらもお前いた方がいいに決まってんだろ。こちとら嫌でも毎日顔つき合わせてるってのによお」
「ふふ、ありがとう。どうしようね、どこか美味しいお店に集まるか⋯⋯ホームパーティーも楽しそうだよね。まあこの面子だとパーティーっていうよりただの宅飲みになりそうだけど、他のお客さん気にしないで寛げるし、遊べるし」
「それもいいな⋯⋯けど家っつったって、どこでやるんだよ?」
「? わたしの家いいよ? なんとか皆入れると思うけど⋯⋯お料理も作るし」
「は? 却下」
「あれ、な、なんで?」


 ピシャリと言い切られ、名前は驚いて問い返す。友人を招きたくないほど自分の家は酷い有様なのだろうか、とか。いくら陣平の親友たちとはいえ、異性を招くという考え自体がアウトだったのだろうか、とか。はらはらと返答を待つ。

 しかし名前の予想とは違い、陣平はこう口にした。
 

「何で、だ?! んなのお前の部屋に俺以外の男上げるとか意味分かんねえだろーが! 部屋汚れるっつーの。しかも手料理だって?! あいつらには勿体ねえ、却下だ却下!」


 束の間、名前は瞬いて。電話の向こうでぶすっと口を尖らせているのであろう陣平の顔を思い浮かべ、ついには堪えきれずに肩を震わす。


「⋯⋯ぷ、くっくっ、ふふ」
「あんだよ」
「だって、かわ⋯⋯可愛くて⋯⋯」
「⋯⋯うるせ」


 未だに収まらない笑いを何とかかんとか宥めつつ、代替案を模索する。
 

「そういえば警察学校入るまで住んでた家って皆どうしてるの?」
「あん? 寮に住むって決まってたし、卒業したら独身寮とかあるっつーから、実家以外の奴は皆引き払って出てきたんじゃね? 入校中の家賃勿体ねえし」
「そっか、そうだよね、じゃあ今回はお店──」


 ──お店でやろっか。
 
 そう言い掛けた言葉を、陣平の声が遮る。「あ? ちょっと待てよ、確か萩の奴が⋯⋯」と呟いてから、大きな声で「おーい、萩原ー」と呼ぶ。どうやら声の届く近場に萩原がいたらしい。


「何ー? 陣平ちゃん」
「お前さあ、前住んでた家、管理人の婆さんがどうこうって話してなかったか? 何だっけ?」
「ああ」


 萩原も公衆電話の近くに来たのだろう。二人の話す声が名前にも聞こえてくる。
 

「家賃ほぼゼロで警察学校卒業までそのままの状態にしといてくれるって話だろ? それがどーかした?」
「えっ、そんなことあるの?」


 思わず名前が口を挟むと、萩原は「お、今少し聞こえた声名前ちゃん? やほー」と挨拶をしてから「何なに? 何の話?」と陣平に問うている。


「俺らの卒業に合わせて騒ごうぜって、名前が。そんで店でやるか誰かの家でやるか考えててよー、お前の家どうなってたかと思って」
「おっ、いいねー! そういうことなら喜んで! ウチでやろうぜ!」


 ノリノリで快諾してくれる萩原に、名前が「どうして家賃払わなくていいの?」と問う。電話でそれを聞いた陣平が萩原に伝える。

 
「何で家賃払わなくていいんだ? だと」
「あー、俺さ、あの家結構気に入ってんだよ。綺麗だし立地もよくて女の子も喜ぶしさー。だから極力引き払いたくなかったんだよな」
「お、女の子⋯⋯」
「警察官になっても寮じゃなくてそこに住みたかったし。そしたら管理人の婆ちゃんが『半年で戻ってこられるのかい? それならそのままでいいよ、萩原くんが居てくれたら私も嬉しいし』っつってくれて」
「お、お婆ちゃんまで萩くんにめろめろなの⋯⋯?」


 名前の言葉を、陣平が「婆さんにまで手出したのかよ、だと」と伝えるものだから、名前は「そんなこと言ってないもん! もう、ある事ない事言う! 代わってよー!」と電話にぷりぷり噛み付いた。

 「あ? 何で代わんなきゃなんねえんだよ」と陣平が異を唱えると、萩原が「お、代わる代わる」と陣平から受話器をもぎ取る。

 そんな萩原の横顔に陣平のむすりとした声が掛かる。


「つーかよ、確か特別な事情要るんじゃなかったか? 入校中に家借りてんのって」
「んなもん黙ってりゃ分かんないってね。実際何の問題にもなってねえだろ?」
「そりゃそうだ」
 

 何故か納得したふうの陣平の声が聞こえ、名前は苦笑いを溢した。
 
 こういう話を聞く度に思うのだ。陣平くんたちの先生──ここでは教官と呼ぶのだったか──、ほんっとに大変だろうなあ、と。


「ねー、萩くん、皆で行っても迷惑じゃない? 半年空けてたらお掃除も大変じゃ⋯⋯」
「おう、全然問題なし! 結構広めだからスペース的には十分だし、掃除も婆ちゃんが定期的にしてくれてっから」
「え⋯⋯すごい熱愛ぶり⋯⋯」


 何をどうしたら管理人とそんな関係に。と首を傾げる名前には気付かず、萩原は続ける。
 
 
「あ、そんじゃーもしかして名前ちゃんが飯作ってくれんの?」
「うん。出前とかも頼みつつ、作れるものは作ろうかなって。景くんもお料理得意って言うから一緒にやろうって言ってみるつもり」


 話している最中に陣平の「俺は手料理振舞っていいっつってねえぞ」という声が聞こえたが、名前も萩原も聞こえないフリを決め込んだ。

 
「やりぃ! 陣平ちゃん食堂の飯食いながらいっつも言ってるんだぜー、『俺ぁ名前の飯が食いてえんだよ⋯⋯』って」
「ぷっ、ふふ、似てる⋯⋯っあはは」


 直後、ゴン! と鈍い音。「ッ痛〜〜〜」と悶える萩原の声がして、陣平が萩原に何かしらの危害を加えたのだと察する。
 

「は、萩くん⋯⋯? 大丈夫⋯⋯?」
「ったく余計なこと言いやがって⋯⋯」
「あら、陣平くんに代わってる」
「⋯⋯まあ、っつーわけだから。他の奴らにも声掛けとくわ。日程はまた今度な」
「分かった、ありがとう。じゃあまたね、おやすみなさい」
「おう」


 こうして陣平たちの卒業を祝う会は萩原の家で開催されることとなったのだった。



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