灯火を織る人





「む⋯⋯おし、こっちだ!」
「イエーイまた俺の勝ちー!」
「っは〜〜〜?! んでこっちがジョーカーなんだよ⋯⋯」


 何度やっても最初に上がる降谷と、今回は二番目に上がった伊達がにやにやと見守る中、萩原と陣平の一騎打ちが行われていた。そしてまた陣平が負けていた。

 無論、ババ抜きの話である。

 ぶすりと口を尖らせて「もっかいだ、もっかい!」とトランプを配る陣平たちを時折眺めながら、キッチンでは名前と諸伏が楽しくクッキングをしている。
 

「景くん、そっち切るのお願いしてもいい?」
「あ、待って、揚げ物は俺やるよ。イカもタコも油跳ね易いし、名前ちゃんに火傷させたら俺殺されるし」
「え、やだ、だあれ? そんな野蛮なの」


 くすくす肩を揺らす名前の声に、諸伏の笑い声が混ざる。男四人でトランプに興じているリビングとは一転、こちらは何とも和やかな雰囲気である。

 
「ていうか誰だよ? イカリングにタコザンギ⋯⋯こんなの食べたいって言い出したの」
「陣平くん」


 諸伏の呆れたような問に、名前が間髪入れずに答える。まあ予想はしてたけどね、と言いたげな表情で諸伏は「ああ、だろうね」と溢した。そしてそのままイカを油に投入している。

 
「何でもこの間テレビで見てから食べたくて仕方がないって⋯⋯きゃっ、油! 跳ねる跳ねる!」
「ほら名前ちゃん、ちょっと離れて」
「ごめん、ありがとう、景くんも火傷しないで⋯⋯!」


 パチパチッ! と油が跳ねる音。シンク前に避難する名前と、「俺はへーき、名前ちゃんより皮膚厚いから」と菜箸片手に揚げ加減を見守る諸伏。終始穏やかに笑い合う二人をリビングから眺めながら、萩原が煙草に火を付けた。


「いーのかよ? 陣平ちゃん。あそこめちゃくちゃイイ雰囲気だけど」
「⋯⋯⋯⋯まあ、諸伏だからな」
「ハハ、随分絞り出したなあ。うん、大人大人」


 白煙をくゆらせて、萩原は陣平の背をばしばしと叩く。一方で降谷はしたり顔で陣平を見る。

 
「そんな余裕こいてていいのか、松田? 景はイイ男だぞ?」
「零⋯⋯オメーはどの立場だよ」


 半ば呆れながら返してから、陣平は配り終え均等に配分された自身のカードを手に取る。
 

「諸伏のことは信頼してっし、俺の目ぇ届くとこだからいーんだよ。んなことより気になんのはあいつの職場の⋯⋯」
「──ああ」


 萩原も降谷もすぐに“とある一人”を思い浮かべたようだった。春に名前と再会した際不在にしていた伊達だけが「お、ライバルか?」と楽しそうにしている。他人事だと思って楽しんでやがんな、と毒づきつつ陣平は話す。


「あいつの職場のよー、一個下の後輩がどうにもイケ好かなくてな」
「はーん。さては松田よりイイ顔なんだな?」
「はっ、ジョーダン。それはねえなあ。⋯⋯なあ萩?」
「ん? いや、どーかな、好みによっては意見は半々に分かれるとこじゃね? まあ俺は陣平ちゃんに一票だけど」


 などと微妙な一票を頂戴し「へいへい、ありがてーこって」とぶうたれる陣平を横目に、萩原は殊の外真面目な面持ちを見せる。

 
「けどあれはなー、何かあるよな。ちょっと危なっかしい雰囲気あったもんな」
「だろ。名前はあんなんだし、俺がどっかで釘刺しとかねえととは思うんだけどよ。職場に乗り込むワケにもいかねえしなー⋯⋯」


 陣平のその言葉に、伊達の「なんだ、乗り込まねえのか」と降谷の「なんだ、乗り込まないのか」が全く同じタイミングで返ってくる。その反応に萩原は腹を抱えて笑い、陣平は「オメーらは俺を何だと思ってんだよ」と返す。

 そんな時、カプレーゼとサラダを運んできた名前が「何だか楽しそうだねえ」と笑ってから伊達へと声を掛けた。

 
「ねえねえ、班長」
「ん?」


 極自然な素振りで顔を上げた伊達を見て、萩原が笑う。

 
「いやー、名前ちゃんまで班長って呼んでんの何回聞いてもウケるよな」
「だって班長は班長だもん⋯⋯それはそうと、ナタリーさんから連絡あった? もうすぐ来るかな?」


 今日はまだ見ぬ伊達の彼女、ナタリーにも声を掛けていた。仕事を終えたら来てくれるということで、女性同士である名前は特別楽しみに待っているのだ。

 時間を確認した伊達は「そういやそろそろだな。電話してみるわ」と携帯を取り出す。


「⋯⋯ああ、俺だけど。ちょうど仕事終わったところか? ん、どうした? ⋯⋯え? 熱あるかもって? ⋯⋯ああ、いや、それより早く帰れ、俺も向かうから」


 それから二言三言を話し、伊達は電話を切る。伊達の発言から事態を察した名前は心配そうに眉を下げた。


「ナタリーさん⋯⋯大丈夫?」
「朝から何となく調子はおかしかったんだと。んで、仕事中からだんだん熱っぽくなってきたみてえで⋯⋯悪いな、楽しみにしてくれてたのによ」
「ううん、謝ることじゃ⋯⋯ナタリーさんってひとり暮らしだっけ?」
「ああ。だから俺ちょっと様子見てくるわ」


 早速腰を上げ支度を始める伊達に、名前が慌てて声を掛ける。

 
「あっ、班長待って待って! すぐ何か作るから持って行って! 一刻も早く駆け付けてあげたいところだと思うけど、本当にすぐだから! ね、景くん!」
「うん。俺も手伝う」


 二つ返事をしてくれた諸伏と急いでキッチンに立ち、そこら中を物色し使える食材を探す。

 
「どうする、お粥にする? おじや? ⋯⋯ねえはんちょー! ナタリーさんって風邪の時何が好きー?!」


 リビングに向かって声を張ると、「付き合ってから風邪引くの初めてだから知らん!」と返ってくる。それを聞いた諸伏が速攻で決める。
 

「よし、野菜たくさん入れて雑炊にしよう」
「わ、いいねいいね。さっき作ったビーフシチューも食べれるかな、液体だし(?)お肉柔らかいし」
「うーん、具合の悪さによるけど⋯⋯まあダメでも班長が食べるから」
「そうだね、とにかく食べれそうなものたくさん入れとこう。デザートも入れちゃえ。⋯⋯ねー! 萩くーん! このへんのタッパー使ってもいいー?」


 今度は萩原に向けて声を張る。「おー、何でも好きなだけー」と返ってくる。


「ありがとう。⋯⋯あ、陣平くーん! ちょっとこっち来てー!」
「? 何?」
「これ、出来たやつ、出来るだけ冷ますお手伝いお願いします!」
「おう、任せろ」
 

 こうして名前と諸伏の最強タッグが手早く料理を作り、陣平があの手この手で冷ましながら「普通に美味そうなんすけど」と唾を飲み込みつつタッパーに詰め、瞬く間に手土産が完成する。それをわんさかと抱えた伊達は「マジでサンキュ。今度飯奢るわ!」とナタリーのもとへ向かって行った。

 見送りながら、名前が零す。

  
「⋯⋯会ってみたかったな、ナタリーさん」 
「また会えるさ。これからも時々はこうして皆で集まろうぜ」


 慰めるように言ってくれた萩原に名前は頷く。その背後で諸伏と降谷が少しだけ目線を落としたことに、名前は気が付かなかった。



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