星を鷲掴む





 その陣平の反応に、名前は真っ赤になった顔を枕で隠す。

 レースのナイトブラジャーに総レースのソングショーツ。大学生になった頃から、就寝時はこのスタイルが定着しているのだ。
 

「オメーはなんつーもん履いて⋯⋯」
「っ、夜は、これが楽だから⋯⋯」
「つーことは毎日これ着て寝てんのかよ? えっろ⋯⋯部屋明るくしてえ」
「やっ、やだ、恥ずかしい!」
「じゃあこのままでいーからもっと良く見せろ」
「きゃ⋯⋯っ」


 くるりと身体が回転して、ルームウェアすべてが瞬く間に脱がされる。それと同時に腰を高く持ち上げられ、反動で顔が枕に埋まる。陣平の望み通り“良く見える”体勢を取らされてしまった。

 後ろから注がれる視線が、酷く熱い。

 両尻は揉みしだかれ、心許ないクロッチに隠れた秘部と露出した肌の境目には、陣平の舌が這っていく。ぞくぞくと快感が駆け、愛液が溢れる。ショーツ越しにその濡れ具合を感知した陣平が、躊躇なくクロッチをずらす。


「や⋯⋯っ、まって」
「待たねえ」
「ひ、あ⋯⋯っ」

 
 顕になった濡れそぼる秘部に、陣平の舌が触れる。陰核から愛液の出処までを隈なく愛され、名前は懸命に枕を抱き締めその快楽を享受する。体勢も、柔らかいくせに容赦のない刺激も、どれもが羞恥を煽り、そして愉悦へと変換されていく。そうして気付いた頃には膣内に指を咥え込んでおり、容易く絶頂へと導かれていた。
 
 
「──っ、あ、んぁあ」


 全身が痙攣している。快楽の波に攫われ強直していた身体は、それが過ぎ去った途端、今度は一気に弛緩する。

 くたりと傾ぐ身体。そのまま倒れ込んでしまいたいと望んだ身体はしかし、陣平の手によってしっかりと支えられ、そのままの体勢を維持されてしまう。
 

「──挿れてえ」
「ん⋯⋯っ、あ、ぁあ」


 ぬるりと硬いものが充てがわれた次の瞬間には、陣平が奥深くまで埋まっていた。達したばかりで敏感になっている身体には、この快感は強過ぎる。

 強過ぎてまた、軽く達する。


「っじんぺ、く、まって⋯⋯っまた」
「悪い、止めらんねえわ」
「そん、な⋯⋯っ、ひぅ」


 両手でがっちりと掴まれた腰に逃げ場はなく、ただ後ろから、抽挿が絶えない。

 掠れた嬌声を枕に逃す名前の背中を、陣平の熱い双眸が見下ろしている。突くたびに上がるその声も、角度を変え押し付けるたびに綺麗に撓るその背中も、律動に応じてはらはらと揺れるその毛先も、陣平を煽っているようにしか見えない。それでいて時折涙目で振り返られると、ずくりと疼く欲が容易に際限を突破していく。


「お前⋯⋯それヤメロ」
「ん、どれ⋯⋯っ」
「っ、それだって⋯⋯」
「や、ぁあっ」


 激しく腰を打ち付けられ、名前はきつく枕を掴む。何度も何度も弱いところを穿たれ、下腹部の奥から今日一番の大きな快楽が迫ってくる。それに抗うことはせず、素直に受け止める。くる。きてしまう。

 陣平の顔を見たくて、振り返る。その瞬間、唇を荒っぽく塞がれ息を詰める。ぐぐ、と奥を穿たれる。ぎゅうっと膣内が収縮して。


「──っう、ぁ、」
 

 名前の頭で何かが爆ぜ、声にならない掠れた音が喉から出る。陣平は一度そこで動きを止め、ちいさく震えながら力なく突っ伏す名前の頭を撫でた。
 

「⋯⋯じんぺ、く」
「ああ、気持ちいいな」
「ん⋯⋯陣平くん、大好き」
「⋯⋯まだ終わりじゃねえってのに煽んな」


 ころりと仰向けにされる。乱れた前髪もそのままに、労るようなキス。力の入らぬ両手を陣平の背に回し、抱き締める。薄っすらと汗の滲んだ大きな背中が愛おしい。

 暫くそうして抱き合いながらキスをしていると、ゆるゆると陣平の腰が動き出す。


「動くぞ」
「んん⋯⋯っ」
 

 すっかり弱いところを覚えられてしまったようで、陣平はいつも、名前が不思議に思うほどぴたりとその場所を突いてくる。そのたびに身体が震え、頭の中には曖昧な靄が掛かり、ただただ与えられる快感と陣平への愛おしさばかりを募らせて、その腕に溺れていくのだ。







 どのくらい身体を重ねていたのか。陣平自身でも不思議なほど欲は衰えず、幾度となく名前を求めた。

 随分と欲求不満だったのだと思う。
 
 慣れない新生活。その中で名前に会えないことが、思っていたよりもストレスとなって積もっていたようだ。

 いつもは所謂ピロートークというものをしながら、いつの間にか名前が微睡んでいる。ということが多いのだが、今夜の名前は、半ば意識を手放すようにして眠りに落ちてしまった。最中はずっと陣平に応えてくれていたが、無理をさせてしまったのだろう。
 
 穏やかな寝息を立て横たわる名前に、掛け布団をかける。顔に掛かっていた髪を避けるように撫でると、名前はもぞりと動いて、それからもごもごと口を動かし始めた。
 

「じんぺーくーん、それわたしのぱんつ、なにするのよお」
「うお、悪い、起こしたか? つーか何だよパンツって⋯⋯まだ何もしてねえっての」


 慌てて顔を覗き込む。しかし瞼はしっかりと閉じられており、陣平の言葉に反応が返ってくることもない。

 寝て、いる。

 束の間ぱちくりと名前を凝視して。変わらず穏やかに呼吸をしている姿を見つめてから、陣平はぷくくと肩を揺らした。

 
「ぷ、こいつすっげーはっきり寝言喋るタイプか。⋯⋯なんつー夢見てんだか」


 夢の中の陣平は、名前のショーツで一体何をしているというのだろう。

 幸せそうな寝顔にキスを落としてから、陣平もベッドに潜り込む。一枚だけでは寝にくいだろうからとわざわざ出してくれたもう一枚の掛け布団を被り、目を閉ざす。あたたかく、そして穏やかな眠りがすぐに迎えに来た。






 
 枕元で電子音が鳴る。手探りでそれを探し、液晶を見る。名前の携帯だった。陣平のいつもの起床時間より早い。仕事の日はこの時間に起きているのか。そう知ると同時に、昨夜もっと早くに寝かせてやればよかったと幾ばくかの後悔。

 それから隣で眠る名前へと視線を移す。移して、しかしその姿が見当たらず、「⋯⋯居ねえ」と呟きぱっと頭を持ち上げる。室内を見回す。が、部屋は静かなもので人が起きている気配はしない。

 
「⋯⋯名前?」


 その名を口に出したところで、陣平の隣、掛け布団の中身がもぞりと動く。掛け布団しか見えなかったから気が付かなかった。どういうふうに寝た結果そうなったのかは知らないが、どうやら頭のてっぺんからすっぽり埋まっているらしい。

 
「ふ、埋まってやんの」

 
 そっと掛け布団を捲る。そこには、布に埋もれながら、ぬくぬくと穏やかな寝顔をした名前が横たわっていた。ぴたりと閉じた瞼に、カーテンから漏れる朝日が仄かに光っている。

 その頬を撫でてみる。
  
 何故だろう。胸の中、どこか陣平の知らぬところが、妙に擽ったい。ずっと見ていたい。ずっと抱き締めていたい。起こしたくない。そんな思いに支配されるが、ここでスヌーズ機能が働き、携帯が再度音を立てる。

 起こしたくはないが、そういう訳にもいかぬらしい。

 顳顬から側頭部へと指を滑らせ髪を梳きながら、呼び掛ける。


「⋯⋯名前」
「⋯⋯」
「名前」
「ん⋯⋯」


 ころりと名前が身体の向きを変える。胸が、陣平の腕にむにゅりと当たる。昨夜そのまま寝てしまったために何も着ていない名前の直接的な感触に、陣平はむうと唇を結ぶ。こんな時でも簡単に“その気”になる自分は何て簡単な男なのだろうと、自嘲の溜め息が漏れる。


「おい名前、時間だぞ」
「んー、じんぺーくん」
「⋯⋯胸を押し付けるな、胸を」


 寝惚けているのか、陣平の腕に絡み付き頬擦りをしてくる名前に、一瞬で欲が勃ち上がる。これを我慢しなければならないのか。朝からなんたる拷問だ。

 理性を総動員して「名前、起ーきーろー」と頭を撫でると、漸く名前は瞼を持ち上げた。


「⋯⋯じんぺーくん、おはよ」
「おう、はよ。携帯鳴ったぜ」
「ん、ありがとう⋯⋯まだねむい」
「昨日は無理させて悪かったな」
「ううん、ぜんぜん」


 すり、と名前の頬が擦れる。その度に胸の柔らかさが押したり引いたりと、陣平の理性を崩しに掛かってくる。

 正直なところ名残惜しいが、これは早めに手を打たなければならない。
 

「⋯⋯ところで名前よお」
「なあに?」
「こうしてたいのは山々なんだけどよ、そろそろ離れて貰わねえと、俺も我慢っつーもんがだな。一回自分の格好確認しやがれ」


 そう告げると、名前はぱちぱちと目をしばたいて、陣平を見て、自分の身体を見て、それからもう一度陣平を見て。そののち睫毛を伏せながら、きゅっと陣平の腕に頬を預けた。
 
 
「⋯⋯我慢⋯⋯しちゃうの?」
「⋯⋯は」


 ぽかりと阿呆のように口を開けてしまった。
 一体どんな寝惚け方だ。何を言ったのか分かっているのか。──いや、流石に名前とて分かっているに決まっている。何も知らない子どもではないのだ。

 しかし、名前には朝から仕事が。

 そう逡巡する陣平に、名前が追い打ちをかける。
  

「⋯⋯離れるの、さみしい」
「⋯⋯バァカ」
 

 陣平の中でゴングが鳴った瞬間だった。