その逡巡している間に、名前はちゃっかりと陣平の足の間に陣取り、下着の上から陣平のモノに触れ、内腿にキスを落としていく。
「⋯⋯ッこら、待てって」
「だめ、待たない。今日は陣平くんは、わたしのものだもん」
すぐに苦しそうに張り詰めた下着越し、陰嚢の裏からゆっくりと撫で上げ、上向きになった陰茎の裏側を辿る。まだ直に触ってもいないというのに、陣平の口からは悔しそうな吐息が漏れる。名前の頭を掴んでいた陣平の両手が、悩ましげに名前の髪をくしゃりと掻き混ぜる。
どうやら抵抗は諦めてくれたらしい。
陣平の反応が嬉しくて、随分と焦らしてから下着をずり下げる。薄明かりの中でも、その猛々しさは明らかだった。
こくり。喉元が上下する。
「⋯⋯ねえ、陣平くん。わたしが良いって言うまでダメだからね」
「⋯⋯は? ⋯⋯ッ、」
唇の隙間から覗かせた舌で、先端をちろりと舐める。丸みを帯びた薄い皮から裏筋、竿と丁寧に舐め、名前の頭を押さえたままの陣平の手がもどかしそうに動き始めたところで、くぷりと口の中に含んでいく。
「ん⋯⋯おっきい」
「オメーが、普段より⋯⋯」
口と手で扱きながら陣平の様子を伺うと、陣平は眉を寄せ、熱そうな吐息とともに呟いていた。それを見て、今一度思う。
──陣平は、名前のものだ。
陣平のこんな声を聞くのも、こんな顔を見るのも、こんなふうに気持ち良くするのも、名前だけであってほしい。他の女の子になど触れて欲しくない。
その想いが行動に変わる。咥内の圧を上げ、舌も手も、音も、息遣いさえも使って陣平への愛撫を続ける。名前が捧げる全てが、陣平を気持ち良くしてくれますようにと。
「どこで⋯⋯そんなん、覚えてきやがる⋯⋯っ」
「ん、む」
「⋯⋯ッ、おま」
陣平は時折こうして呟きながら、自身の額に手を当てたり、手の甲で口を押さえたりと名前が悦ぶ反応を見せてくれる。
それが嬉しくて、方途を尽くす。
いつしか名前の咥内では嘗てないほどに硬くなった陣平のものが、限界だとでも言うようにびくりと波打ち出していた。
「は⋯⋯ッ、も、出ちまう⋯⋯離せ」
「んーん⋯⋯っ」
「ッ名前、」
このまま口に出してくれるかな。そう嬉しく思った時だった。名前では敵わぬ力で、頭を引き剥がされる。その躊躇のなさには自身の陰茎への配慮というものは微塵も感じられず、むしろ名前の方が焦ったくらいだ。歯で傷付けてしまっては困るので、名前も致し方なく口を離す。
唇の端から溢れてしまった唾液を指の背で拭い息を整えながら、名前は陣平をむうと見下ろす。
「っは、ぁ⋯⋯もう⋯⋯わたしが良いって言うまでだめだからねって、言ったのに」
「⋯⋯うるせえ」
むくりと身体を起こしながら、陣平はボタンの外れていたシャツから腕を抜く。怒っているわけではないのだろうが、とにかく唇が不機嫌そうに尖っている。
それさえも愛おしいと、そう思う。
「オイ、満足気な顔してんじゃねーぞ」
「え⋯⋯?」
「⋯⋯んなヤラレっぱなしでいられるかよ」
「じ⋯⋯陣平くん⋯⋯?」
名前をじっと見つめるその瞳に。異様な色が灯ったのを、名前は確かに見た。その色の濃さに、思わず少し、身を引く。
「今度は、俺の番だ」
「きゃ⋯⋯っ」
ぐいっと身体を抱えられ、今の今まで陣平が横になっていた場所にぽふっと落とされる。即座に胴に跨った陣平は、名前の両手首を掴んで頭上に纏め上げた。抵抗する一瞬の隙さえない、鮮やかな手つきだった。
さすが、訓練されているだけのことはある。などと暢気に感心していた、その瞬間だった。
──ガチャン。
この場に似つかわしくない金属音と、頭上で押さえられていた手首に冷たく無機質な感触。名前は慌てて首を捻り見上げる。
そこにあった光景に、目をまるまると見開いた。
「な⋯⋯に、これ」
「仕返しに決まってんだろーが」
両手首に掛かっているのはドラマでしか見たことのない、金属の手錠だった。鎖の部分はご丁寧に頭元のベッド柵に回されており、無駄だと思いつつ数回揺らしてみるものの、ガチャガチャと音が鳴るだけでびくともしない。
「ん、取れな⋯⋯これ本物?」
「違っげーよ、さすがに。そっちに置いてあったパチもん」
「ぁ、や⋯⋯」
中途半端に肌蹴ていた服を一気に捲り上げられる。手錠のあたりで引っ掛かった服はそのままに、間髪入れずブラジャーの紐に噛み付かれる。
「職場の奴と飲む時にこんな下着付けんな」
「で、でも、今日は別に普通のやつ──」
「もっと飾り気ねえやつにしろよ、誰にも見せらんねえようなダッセェやつ」
「ふ、ふふ、何それ」
良く分からない可愛い嫉妬に笑う余裕があったのも、ここまでだった。
瞬く間に身包みを全て剥がされる。手で覆うことすら許されぬ状況。せめてもの抵抗で身を捩ってみるが、身体の上にはしっかりと陣平が跨がっており僅か程も動くことが出来ない。
名前の自由を完全に奪った陣平は、首元に散ったキスマークを指先でなぞり、そのまま正中を伝い降りていく。鳩尾を通って臍へ。そのまま下へと向かう指先に咄嗟に両下肢をぴたりと合わせるが、陣平の指は隙間からするりと難なく入り込む。
直後、ぬる、と。
恥ずかしく湿ってしまっていた滑りの良い感覚。
「オイ、咥えてただけでもうこれかよ?」
「⋯⋯っ」
ずくり。名前の鳩尾が疼く。
それは羞恥と恥辱、そして期待から来る疼きだった。自由を奪われ抵抗出来ないこの状況に、興奮してしまっている自分がいた。恥ずかしい。自由にして欲しい。そう思うのに、“もっと自由を奪って、もっと陣平の好きにして欲しい”とも思うのだ。
そんな心の動きに自分自身が戸惑い、言葉に詰まって視線を逸らす。
しかし逸らされた名前の瞳の中に、被虐への欲望が見え隠れしたのを、陣平は見逃さなかった。
手錠の上から更に両手を押さえられる。散々散らされた鬱血痕を上書きするように、今度は刺さるような痛み。
──噛まれて、いる。
「痛⋯⋯っ」
「キスマークじゃ足んねぇわ」
「待っ⋯⋯て、そこだめ、見えちゃう」
「はっ、痛いからヤメテじゃねえのかよ」
「⋯⋯っ」
ずくり。鳩尾の疼きは絶え間ない。陣平の一挙手一投足に、身体の奥が、心の奥が疼いて仕方がない。
陣平に与えられる傷を一身に受け止める。身体のあちこちに付けるくせに、いつまで経っても敏感な所には決して触れてくれない。双丘のちいさな突起も、愛液が止まらない秘部も、こんなに陣平を求めているというのに。近付く度に今か今かと期待しては、離れていく指先に焦れる。その繰り返しだ。
もう、幾度限界だと思ったか知れない。
分かっている。ここで名前が先に音を上げてしまえば、それこそ陣平の思う壺だと。そう思い必死に耐えてきた。耐えてきたのだが。その余りにも長い時間の、余りにも甘く残忍な愛撫に。
身体が溶けて。
心が、溶けて。
ぐずぐずに蕩けた理性が、ついに限界を迎え溢れ出す。
「も⋯⋯もう、やだぁ⋯⋯」
溢れた理性は、ぽろぽろと瞳からも零れ落ちていた。
両手を拘束され、珠のような涙を流しながら懇願する名前の姿。それを見下ろす陣平の唇が、ぞくりと満足そうに弧を描いた。