意地悪な神様へ





 まるで初めて身体に触れた時のような。そんな一夜だった。

 寝室のカーテンの隙間から月明かりが差し込む。その青白く細い光の線が名前と陣平に掛かって、暴かれていく肌を染め浮かび上がらせる。他に光はない。それなのに、互いの身体をはっきりと視認出来る。

 拍動が早い。とっくの昔に馴染んだはずの陣平の体温や皮膚の感触に、痺れのような感覚が走る。それでいて酷い安心感を得る。ちゃんとここにいる。名前の手の触れられる場所で、名前だけをその目に映してくれている。
 
 そう思うだけで、名前は涙が止まらなかった。
 
 吐息さえ絡め取るようなキスの隙間から嗚咽が漏れる。それさえも陣平の唇に掬い取られ、何度も出口を塞がれる。いつしか嬌声と嗚咽の区別がつかなくなる。咥内を優しく嬲る陣平からは微かに煙草の香り。陣平の匂いだ。目を閉じてキスを浴びていると、このままでいれば陣平の体内に取り込まれることも出来るのではないかと、そんな錯覚に陥る。

 全身が敏感だ。知覚が研ぎ澄まされている。少しでも陣平に触れられると、爪先から頭頂までを切ない痺れが走る。陣平の触れ方にはいつもどこか猛々しさと強引さがあるが、それなのに優しくて繊細な愛撫だと思う。

 名前は男というものを陣平しか知らないし、生涯を通しても陣平のみであろうが、その事がこんなにも幸せだ。


「あ⋯⋯っん」


 意思とは関係なく不意に溢れた声。余裕なく陣平を求めているうちに顕にされていた胸の先端にあるちいさな隆起を陣平の唇が挟み、やわく食んでいた。

 涙に濡れた嬌声が、吐息のまぐわう部屋にやけに響く。今日は何故だか自分の声が酷く恥ずかしく聞こえてしまって、声を抑え、その代わりに胸の深くから吐息を落とす。それは息とは思えぬほど熱く震えていた。

 待てない。待ち切れないのだ。

 早く陣平とひとつになりたい。身体の深くで繋がって。そのまま陣平のもとに繋ぎ止めてほしい。他には何もいらない。陣平が共にいてくれるのであれば、何もいらないから。


「じんぺ、く⋯⋯陣平くん⋯⋯わたし⋯⋯っ」

 
 陣平の首に腕を回す。近付いた陣平の首元に唇を寄せながら嘆願するように名を呼ぶと、陣平は一度きつく名前を抱き締め、それからスーツのベルトを緩めた。

 張り詰めた男根が露出する。苦しかった布の中から解放されたそれを、陣平は迷い無く名前の蜜口に擦り付けた。既に蕩けているそこは、何もせずとも陣平を呑み込んでしまいそうだ。

 細い月明かりだけが差し込む暗がりの中、切ない眼差しが交差する。名前も陣平も、互いの望むことは言わずとも分かった。

 名前の手が、再度陣平の背を抱く。それを最後の合図に、陣平はそっと口を開いた。 
 
 
「──このまま挿れるぞ」
「ん、このままがいい⋯⋯っ、じんぺ、く⋯⋯っ」
「⋯⋯ッ」


 掠れた名前の声に、陣平は眉を寄せる。名前が発する切ない響きが苦しかった。愛おしかった。感情が混沌としてしまって、ただ、目の前の名前という存在を愛し尽くすことしか考えられない。

 ぬるりと、亀頭が滑る。

 この行為の意味することなど、誰に言われずとも理解している。一年前、未来の約束をかたちにして以来、互いに考えることなどいくらでもあった。何度も脳裏をよぎったが、話題にすることはなかった。仇を打つまでは。そして一緒になるその日を迎えるまでは。それが二人にとっては暗黙の事項であったし、世の中に一般論として敷かれた順序と呼ぶべきものでもあると思っていた。

 しかしそれも、先刻までのこと。

 一般論はあくまでも一般論であるし、二人で添い遂げる覚悟などとうの昔に固まっている。何よりも今、すべてを差し置いてでもこうしたいのだと、心が渇望し悲鳴を上げている。それに抗う術はない。理性や理屈の領域外の、せいの本能のようなものだ。


「ん⋯⋯っ」
 
 
 僅かにだけ蜜口を破っていた先端が、くぷりと入り口を割る。途端、狭い蜜洞がぎゅう、と収縮する。陣平を追い出すための収縮ではない。腰を進めずとも自ずと呑み込まれてしまいそうな、陣平を誘うための収縮だ。


「⋯⋯ッ力抜いとけよ」
「ん、ぅや、ぁ」
 

 初めてだ。

 初めて何の隔たりもなく、名前の身体の最たる深みに入り込む。いつもは薄膜越しに感じていた名前の深部。溶けそうだ。溶けそうに柔らかくて、あつい。そのくせきつく絡み付き、決して陣平を離さない。まるで意思でも持っているかのようだ。
 
 陣平に未だ嘗てない快感が纏わり付く。脳が痺れる。蜜洞のかたちを馴染ませることも忘れ、気付けば本能のままに名前を穿っていた。


「ひ⋯⋯っぁあん」


 反るようにして伸びた美しい首筋。白いラインに舌を這わせ、片手で頭を撫でながら、陣平は容赦なく腰を打ち付ける。名前が応える。陣平も応じる。悦楽と幸いとを一身に受け止め、与える。幾度も名を呼び合って。

 
「名前⋯⋯っ」
「じ⋯⋯っぺ、ぅん、ぁあっ」
 

 互いを求め続けるうち、いつしか身も心も境界が曖昧だ。ぐちゃぐちゃに混ざり合って、包み隠すものはひとつもなくて。肌を通って心にも直接指で触れられそうで、名前は壊れ物に触れるかのように、陣平の身を抱き締める。

 その指先の慈悲にも似た温もりに、名前という存在の真髄を感じた気がして。陣平も一層名前を抱き締め、唇を重ねる。もうそろそろ限界が近い。何度も訪れた吐精感をついに逃せなくなってしまった。既に何度も果てている名前の体躯を閉じ込めて、己が欲をぐりっと最奥まで埋め込む。

 
「──⋯⋯ッ出すぞ」
「ん、んぅ⋯⋯ちょう、だ⋯⋯っぁあ」


 上手く言葉を発することができず、名前は何度も頷く。ポルチオに押し付けられた陣平の先端が、一際強く名前を抉って。


「──っぁ、あ、ふ⋯⋯っ」


 流れ込んでくる生暖かな感覚に、名前は四肢を震わせる。胸のあたりがいっぱいで、痛いくらいだ。愛おしくて、幸せで、苦しくて。自分でも抱えきれない愛が、涙となって溢れて落ちる。


「⋯⋯名前」


 零れた涙を舐め取りながら再度腰を動かし始めた陣平からの刺激に、名前の掠れた声が呼応した。

 

 ──どのくらい時間が経ったのか。

 永遠に思えた夜。このまま明けずとも良い気さえしたが、ついぞ名前の身体が限界を迎える。それを感じ取った陣平が、名残惜しそうに名前を解放する。

 密着していた身体を、そっと離して。

 直後にぐちゅりと溢れた白濁。名前の内部を何度も犯したそれは、まるで二人から溢れた心の体現かのようだった。