17.濁った心と透明な心臓と


 沢村くんが手にしたてのチェンジアップで王谷高校を翻弄し勝利を収めた、数日後のことだった。

 真っ昼間の校庭でわらわらとボールを追いかけている二年生の先輩たちの姿を見つけ、思わず声を上げる。


「えーっ! 皆でサッカーしてる!!」
「おー、名前ちゃん」
「もっちー先輩、どうしたんですかこれ? 授業サボってサッカー?」
「ヒャハハ、んなわけ。修学旅行居残り組ってわけよ」
「あ⋯⋯今週だったんですね」


 秋大を勝ち進んだ。大会と修学旅行の日程が被った。無論、修学旅行には行けない。というわけである。

 ちなみに結構例年のことだそうだ。

 ちなみにちなみに、秋大では早々に敗退してしまった兄は修学旅行参加組である。悔しい、なんで修学旅行なんか、と騒ぎながらも「くっそ! お土産待ってろよ!」と吐き捨てるように言ってくれた。甲子園に行ったときのお土産もすごかったし、今回も楽しみだ。


「いやー、御幸もゾノもサッカー下手でよー、いいトコにはいんだけど」
「あはは、野球ばっかやってるから。なんか新鮮だなあ、皆さんの体育中の姿とか見てみたくなっちゃいました」
「ヒャハハ、野球中と違ってなんもカッコイイとこねぇぞ。特に御幸なんてギャップでかいんじゃねぇの」
「ふふ、そうですか?」


 もっちー先輩と和気藹々と話していると、いつの間にか背後に一也くんが近づいてきていた。


「お前ら、俺が黙ってっからって好き勝手言いやがって⋯⋯つーか倉持も人のこと言えねえだろ」
「うるせ」
「いやいや御幸先輩の言うとおりです! 皆さんサッカーど下手すぎ!」
「「うるせ!」」


 沢村くんの言葉に、御幸倉持ペアが揃って噛み付く。本当に、仲が良いんだか悪いんだか。不思議な関係である。


「わたし、一也くんが野球以外のスポーツやってるのはじめて見たよ。なんかめちゃくちゃ違和感」
「な、俺も違和感。バット振りてえわー」


 校庭に散っていた他の部員も自然と集まってくる。その中に先輩マネさんズの姿を見つけた。


「わ〜〜幸子先輩たちもやってるんですか?」
「うん、暇だからさー。なに、いま休み時間なの? 名前もやる?」
「えっ、いいんですか? ボールなんてほとんど蹴ったことないですけど」


 なんだか楽しそうです! なんて軽い気持ちで弾ませた身体。を、引き止めるように後ろから誰かに抱きかかえられた。


「やーめーとーけ」
「え、わ、一也くん?」
「怪我するって。制服のまんまだし。パンツ見えんぞ」
「ぱっ、」


 ぱんつ?!
 別に今は足を振り上げたりなどしていないのに、咄嗟にスカートを押さえてしまったではないか。

 そして一也くんはいつまで腕を回しているつもりなんだろう。


「あの、一也くん、ちょっと、皆いるよ」
「ああ、なーんかもう面倒くさくなっちまってさ。今は部員ばっかだしいーかなーって」
「⋯⋯何がいいの?」


 全然わかりません。
 一也くんそういうとこだよ。

 という気持ちを込めてわたわたしていると、もっちー先輩がやれやれと息をついた。


「おーい、イチャつくんなら他所でやれー」
「そ、そうしたいですー⋯⋯誰か助けて」


 この光景に、沢村くんだけが目を白黒させて、わたし同様にわたわたしていた。


「えっ、えっ、何?! 苗字と御幸先輩?! えっ?!」
「いや、沢村マジでか⋯⋯知らないのお前くらいだぞ⋯⋯」
 金丸くんが呆れ顔で呟く。

「ちょ、苗字お前、あのとき言ってた好きな人って、」
「うわぁ待って、わざわざ言わないでよ、デリカシー!」


 ぎゃいのぎゃいの。
 喧騒が秋の空に吸い込まれていく。

 あと二試合。あと二勝で、甲子園に手が届く。そんな日々の、束の間の休息だった。

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