そこに待っていたのは、夏合宿とは比べ物にならぬ、正真正銘の地獄だった。
限界の限界を超えるところまで追い込む鬼のようなメニュー。夏合宿のときは見ているだけで一週間筋肉痛になれる、なんて思っていたけれど、この冬合宿ときたら。見ているだけで吐けそうだ。
夏合宿のときのように、皆で部屋に集まりわいわいゲーム、なんて余裕は勿論ない。クリスマスの日にケーキやチキンを用意し皆でパーティーをしたのが、唯一の息抜きだった。
部員はといえば、日を経るごとに憔悴の色が濃くなり、満身創痍もいいところだった。休憩時間になるたびに、ばたばたとそこら中で地に倒れていく。
「み、水〜〜〜くれ〜〜〜」
「た、タオルも⋯⋯」
屍と化してしまった彼らへ、命の水を届けて回る。その中にうつ伏せでずりずりと這うゾンビのような姿を見つけ、慌てて駆け寄り声をかける。
「沢村くんは?! 何ほしい?!」
「さんそ⋯⋯酸素くれ〜〜!」
「さ、さんそ⋯⋯? え、どうしたら⋯⋯」
と、酸素を求め右往左往しかけたところではたと我に返る。沢村くんの鬼気迫る様子に煽られて、わたしまで焦って酸素を探してしまった。まったく何をしているのか。
気を取り直し、足元に転がっている沢村くんを仰臥位へと半回転させる。
「ほら、沢村くんの得意技でしょ、深呼吸だよ! 頑張って!」
「ぐぬ⋯⋯呼吸筋までもが動かん⋯⋯!」
「大丈夫! やればできる子だよ!」
などとはちゃめちゃなエールを送り、未救済者のもとへ向かう。
「一也くんも! ドリンクとタオル!」
「ああ、サンキュ⋯⋯っは〜〜〜きっち⋯⋯」
滝のような汗をタオルが吸収していく。真心こめてふかふかに仕立て上げたタオルは、一瞬で水気を含み重たくなる。合宿中、もう何度洗濯機を回したかわからないし、ついでに何個おにぎりを握ったかもわからない。
「なあ名前、俺の足ちゃんとついてる? 感覚無え〜〜」
「うん、立派なお御足がちゃんと二本ついてる」
「ならよかった⋯⋯」
「脇腹は? ぶり返したりしてない?」
「そっちは全然」
「それならよかった」
「何もよくねえ、全身ばきばき⋯⋯」
「マッサージする?」
「頼むわ〜〜〜」
手さえあけば、こうしてマッサージをする。
男の子のおおきな筋肉を相手にするのは相当に骨が折れる。この合宿で、わたしの握力や腕力はめちゃくちゃ鍛えられたし、筋肉のかたちとか名前とかにも少し詳しくなってしまった。
まあ、それはそうと。
熾烈を極めた冬合宿にも、ついには最終日がやってくる。無明長夜、雲外蒼天とかなんとか。
すべてのメニューを意地でやりきり最後の整列する彼らを、十二月三十日の夕陽が照らす。多くの部員が憚りもなく涙を流している。
その様は、壮観だった。
「やっとおわった⋯⋯」
こんなにするのか。
ここまでするのか。
ボロボロになりながら立ち上がる部員を見て、そう思ったことさえある。それでも、ここまでやっても、勝負の世界は容赦なく残酷なのだ。
この地獄も、必ず糧となる。肉体的にも、精神的にも。誰も逃げ出さずにここまで追い込むことができたという事実は、確実に自信となる。
そう信じなければ、あまりにも辛い。
そしてこれが年内最後の練習となる。明日からはお正月休みとなり、寮生は帰省し久方ぶりの家族との時間を過ごす。多分に漏れず、わたしも帰るし、一也くんも帰る。
正確に言うと、わたしも自分の家へ一也くんと帰るし、一也くんも自分の家へわたしと帰る。
何度考えても不思議で仕方がない。
何故、年末年始という時期にこんなことになったのだろう。