05.邂逅


 目の前で机に突っ伏し豪快に寝ている彼はどうやら、名を沢村栄純くんというらしかった。

 入学式後の自己紹介で、「野球部一年! 沢村栄純! ヨロシク!」と名乗り、「そりゃ一年だろーよ、このクラスにいるんだから」と笑われていた。

 どこかで見たような気がしなくもない顔だな、と思っていたけれど、野球部という単語を聞いて合点がいった。春休みのあの日。遠投をしていた彼だ。

 その彼がわたしの前の席で、人目を憚らずに眠りこけていた。

 なお現在は絶賛初回ホームルーム中である。

 一年生の四月。この独特の緊張感。手探りで周りの反応を探る感じ。普通であれば、居眠りなど到底できない。

 普通であれば。

 というわけで、いつ先生からチョーク、あるいは黒板消しが飛んでくるのか、わたしはハラハラしていた。先生のコントロールによっては彼の四方、ノーコンなら八方あたりまでが危険地帯だ。


「スピー、クピー」


 気持ちよさそうな寝息が聞こえる。規則正しく上下する背中。一也くんの背中と比べると、少しだけ細いように思う。兄と同じくらいだろうか。

 この身体があの変な球とフォームを形作っているのか、と思うと、無性に触ってみたい衝動に駆られた。筋肉や関節がどんなふうになっているのか。気になる。

 もし仲良くなれたら頼んでみようか、なんて考えていた、その時だった。

 カコーン!

 間抜けな音が、沢村くんのつむじ辺りから響いた。


「「?!」」 


 先生の挙動を見ていた生徒皆が目を丸くした。まさか本当にチョークが飛んでこようとは。なんてコントロールなんだこの先生。


「沢村! 入学早々いい度胸だなあ? 俺の話はもうつまらんか?」
「フォッ??? 今何か頭に当たった気が⋯⋯なんだまだホームルームか⋯⋯すぴぃ」
「あっ、また寝やがった、さ わ む ら〜〜〜!」

 
 入学初日にクラス中を笑いに包んだ彼の背中が、頼もしく見える日が来ますように。そんな淡い期待を込めて、苦笑いで見つめた。







「沢村くん、ホームルーム終わったよ」
「⋯⋯ふぁい?」
「ホームルーム! 終わったよ!」


 思わず声を張っていた。
 その甲斐あって、沢村くんは目を擦りながらむくっと起き上がった。


「む⋯⋯てことは部活の時間か⋯⋯いやその前に昼飯⋯⋯よぉし起きた! ありがとう後ろのお人!」
「ふふ、いいえ」
「はっ、そんなあなたは!」
「ふふ、なんですか」
「先程の自己紹介によるとウチのマネさんではないですか! よろしくお願いしゃす! できればもう一度お名前を!」
「苗字名前です。よろしくね、沢村くん」


 おでこに赤い跡が付いている。それなりの時間、机に突っ伏していたせいだろう。入学式の日だというのに、朝からハードな練習だったのだろうか。


「今日の朝練キツかったの?」
「あ、いや、朝練開始前からずっと走ってたもんで」
「えっ、すごい、ただでさえハードなのに」
「⋯⋯いや⋯⋯俺は練習には⋯⋯まぁ練習に来て貰えればわかる⋯⋯」
「な、なんで泣いてるの」

 
 ⋯⋯泣かせてしまった。
 全くよくわからないけれど、男の子を泣かせてしまった。なんだかショックだ。自分の何気ない一言が、こんなに容易く誰かを傷つけてしまうなんて。

 突然およよと泣き出してしまった彼の背を、思わずさすっていた時だ。教室の入り口から、聞き慣れた声がしたのは。


「お、いたいた。名前ー!」
「ん?」
「むっ?! この声は⋯⋯」


 わたしと沢村くん。第一声はほぼ同時。


「やはり! 御幸一也!」


 第二声は沢村くんのほうが早かった。

 声の出所を見遣る。一也くんが、こっち来い、とでも言うようにひらひらと手を振っていた。

 彼のもとへ向かおうと立ち上がる。なぜか沢村くんも一緒に立ち上がった。そのまま一也くんを鋭い目つきで睨むように見ている。


「沢村、お前に用はねーよ。そんな目で見てもダメ。お前いるとうるさいからこっち来んな」
「んな!」
「ほら名前、早く来い」
「あ、⋯⋯うん」

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