「もー何コレ?! ちょっと姉ちゃん! 買ってこいって言うからお土産買ってきたんだけどー!」
帰宅するや否や、兄の声が響いた。
目の前には酔い潰れた父と長姉。お酒は飲めないけれど一度寝れば朝まで起きない次姉。既に寝室で休んでいる母。転がっている父たちに毛布が掛かっていないから、彼らは母が寝てから潰れたのだろう。
付けっぱなしのテレビからは年越しライブの音が誰に聞かれるでもなく流れている。
「これは⋯⋯皆朝まで起きないね」
「ったく、いい歳してなんで毎年こうなんの?!」
「はは、毎年なんだコレ」
思い思いの場所で幸せそうな寝息をたてている父たちに毛布を掛けながら、どんな夢見てるのかな、初夢って今日の夢だっけ、明日の夢だっけ? と考えていると、台所で兄がおおきく溜め息をついた。
「どーすんのさこの大量の土産」
「ふふ、いっぱい買っちゃったもんね。明日皆で食べよう」
「せっかく出来立てなのに勿体ない⋯⋯かといって俺ももう食えないんだけどさ」
「お前は神社で食いすぎ。新年一発目の練習、身体動かなくなんぞ」
「うるさいなー、てかそんなヤワな鍛え方してないし」
冷蔵庫にお土産のパックを詰め込む。明日も朝からご馳走になりそうだ。
「よし、なんとか全部入った⋯⋯ね、一也くん、どうする? もう寝る? 服はお兄ちゃんの用意しておいたんだけど」
「さんきゅ、荷物減って助かった」
「歯ブラシもたくさんあるから好きなの選んでね」
「何から何まで悪ぃな」
「ううん、全然」
なんてやり取りをしていると、血相を変えた兄が間に割り込んでくる。
「ちょっとちょっと! 俺聞いてないんだけど!」
「あ、言うの忘れてた。寝るときの服貸してね、お兄ちゃん」
「いやそんな可愛くお願いしたってダメ⋯⋯ぐぬう」
「ははっ、コイツちょろ過ぎかよ」
「お前はいちいちいちいちウルッサイ! いい加減その口縫い付けるよ!」
それを聞いた一也くんは、心底驚いたといった表情で兄のことをしげしげと見た。
「え⋯⋯鳴、裁縫できんの?」
「出来ないよ! 悪かったな!」
「はっはっはっ! いや〜〜そうだよな、お前も背番号自分で縫ってなさそうだもんな」
「マジで腹立つ〜〜〜ホッチキスでもいいからコイツの口くっつけてやりたい」
「ははっ、怖ぇ」
平和だ。二人がこうして言い合っているのは何よりも平和な証拠だ。
もはや微笑ましく見守っていると、何かに思い至った──思い至ってしまった──兄が、じとりとした視線でわたしと一也くんを交互に見る。
「⋯⋯まさかとは思うけどさ、名前の部屋で寝る気じゃないよね」
「あ、あは」
わたしが答えたその瞬間、兄の頭部にいくつもの青筋が立った。ように見えた。
錯覚だろうか。
「アハ、じゃなーーーーい! ダメに決まってんでしょ!!」
「えー、でもお母さんは何も言わなかったもん。わたしの部屋に布団敷くの手伝ってくれたし」
「はあ?! マジで何考えてんのあの人?! 自分だけ先にすやすや寝てる場合じゃないだろ!」
「お兄ちゃんうるさいよー⋯⋯みんな起きちゃう」
「こんなんで起きれば苦労はしないの! そして一也は! 俺の部屋で! 寝ろ!」
鼻息荒く捲し立てられ、その圧力にわたしは二歩ほど後退りを余儀なくされた。どーどーと兄を宥めながら、兄と一也くんが同じ部屋で寝ている姿を思い描く。控えめに言って最高だ。二度とはない機会かもしれない。二人が寝入ったら絶対に写真を撮ろう。そう心に決める。
皆それぞれ身支度を整え、部屋へと向かう。兄の部屋は一番手前、向かい合う姉と姉の部屋を挟んで、一番奥がわたしの部屋だ。そこから一也くん用の布団を運び出す。生活基盤が寮になっているから、兄の部屋もわたしの部屋も殺風景である。
「名前、敷く前にストレッチ付き合って」
「うん」
布団を取りに行っている間に着替えを済ませていたらしい兄に声をかけられ、絨毯の上に腰を下ろす。一也くんは「まさか鳴の部屋で寝る日が来るとはなー」と物珍しそうに部屋を物色している。
兄の体幹に手を添える。天下一品の球を放つしなやかなで、それでいて強靭な筋肉の感触。野球界では特別身体が大きいわけではない兄の、その背中はいつだって──こんなにもおおきい。
「よいしょ、っと⋯⋯こんくらい?」
「んー、もうちょい体重かけて」
「わかった。それにしてもお兄ちゃん、ほんとに身体おっきくなったね。さっき昔の写真見たから余計にそう思うなあ」
「あったりまえでしょ! 今年の夏こそは日本のテッペン獲るんだからさ」
この言葉に、一也くんは無言のまま兄へと視線を寄こした。口端は少し上がっている。幾ばくかの好戦さを宿した瞳には、対抗心というよりは期待感が共存しているように思う。強者との戦いを楽しめる者だけが持ち得る眼差しだ。
その視線には気づかなかった兄から稲実のオフ中の話を聞きながらストレッチを終え、わたしは立ち上がる。
「じゃあわたし、そろそろ寝ようかな」
「うん、あんがとねー。おやすみ」
「おやすみ」
「じゃあ俺も。おやすみ鳴」
何食わぬ顔でわたしと一緒に部屋を出かけた一也くんの首根っこを、兄がむんずと掴みあげた。
「こら。どこ行くんだよ一也」
「あ、やっぱ駄目?」
「だーめ! お前はここで! 寝んの!」
襟を掴まれたまま肩越しに振り返った一也くんは、殊の外真剣な眼差しで兄を見返した。
「鳴⋯⋯悪いけどさ、ちょっと名前と二人で話させてよ」
「は、」
「さっきのこと、やっぱ今日のうちに話しておきたい。話し終わったらちゃんと鳴の部屋来るから」
二人の視線の間で、無言の会話。
それはそれはもう長い時間の無言が続き、まさか二人とも立ったまま寝ちゃったんじゃないかと思った頃に、ようやく兄が口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯分かった。けどその脇に抱えた枕はちゃんと置いてってよね」
「あ、バレてた? ──っいて」
兄の拳がぽかりと一也くんの後頭部を打った。