20.花の散るらむ



「苗字! 苗字ー?!!! どこだー!!!」
「苗字なら神宮に偵察行ってるぞー」
「何っ?! そういや朝からいねぇな。致し方なし⋯⋯この鬱憤を晴らすには電話するしかねぇか⋯⋯!」


 なんて会話のあとに、言葉通りに沢村くんから電話が掛かってきたとき、わたしは渡辺先輩と球場にいた。お昼を少し過ぎたところで、太陽が一番高く照りつけていた。ということは、青道では午後練前の空いた時間なのだろう。


「もしもし、沢村くん? どうしたの」
「聞いてくれ苗字! 誰も俺の味方がいねぇ! もうお前しかいない!」
「なんでわたしが味方の前提⋯⋯今度は何やらかしたの? わざわざ電話してくるなんて」
「だから何もしてねーんだって!」


 ぎゃんぎゃん騒ぎながら捲し立てる沢村くんの話によると、食事に苦戦している同室の浅田くん──しかも最近は一日を通して元気がない──を励まそうとしている最中、奥村くんに苦言を呈されたという。否、苦言と言うには彼の言葉は些か度が過ぎているようにも思うけれど、さすがに何の理由もなしに「目障りだ」とか「消えろ」とは言わないだろう。

 ていうか本当に凄い度胸だ。仮にも先輩に向かって、顔を突き合わせて暴言を吐けるなんて。


「奥村くん、かあ⋯⋯どんな子なんだろうな」
「どんな子って⋯⋯何呑気なこと言ってんだ!」
「だってすごいじゃん。一也くんのこともわたしのことも無視するし、沢村くんとはちゃんと喧嘩するし」
「ちゃんと喧嘩って言い方合ってんのか⋯⋯?」


 電話の向こうで沢村くんが首を傾げている様子が目に浮かぶ。目の前で繰り広げられている帝東と鵜久森の試合に視線を注ぎつつ、電話越しの声に耳を傾ける。


「俺だってよ、アイツらを励まそうとして⋯⋯」
「うん、そうだよね。そこはわかってるよ。浅田くんが心配だったんだよね」
「くそ⋯⋯あ〜〜〜もうなんかお前に話したら変に気ぃ抜けちまったけど、それでもこの怒りまだ収まらん⋯⋯! ちょっと御幸先輩に告げ口してくる!」
「あはっ、告げ口」
「じゃあな!」


 電話が来たときと同じく、唐突に電話は切れた。静かになった携帯へと視線を落としながら、何故彼はわたしに電話してきたのだろうと考える。そしてすぐに思い至る。

 たぶんあれだ。小湊くん──前髪を切ってから沢村くんへのアタリが強い──やら金丸くんやらにまったく取り合ってもらえなかったのだろう。

 しかし、だからといってわたしを選ぶ理由もわからないけれど。こちとら一応偵察中なのだ。何でも相談ダイヤル的に使わないでいただきたい。

 結論。沢村くんはいつも突拍子がない。

 帰寮後、一也くんが笑みを浮かべながら声をかけてきた。「聞けよ名前、今日沢村と奥村で面白ぇこと起こってよー」とさも愉しそうに話を振られ、ああ、この悶着は一也くんの中では“面白い”カテゴリーに分類されたのだなと思う。


「あの二人は決着ついたのかなあ」
「いや、その話は俺が預かった。あとで奥村と話すわ」
「え⋯⋯」


 ──そうか。これが、主将なのか。

 後輩たちの間で起こった火種をおおきくさせないために、自らでその火を持ち上げ対処する。これが、皆を率いる人間。ただボケっと話を聞いただけのわたしとは大違いだ。


「⋯⋯一也くん、一年生が来てまた一段と大人っぽくなったね。ていうか『俺が預かる』ってめっちゃ格好よくない⋯⋯?」
「は?」


 このときのわたしは、本当にボケっとしていた。ただ少し生意気な新入生が入ってきたんだな、くらいにしか思っていなかった。ただでさえ個性豊かなこのチームにさらに彩りを加えてくれて何よりだ。一緒に過ごす時間が増えるうちに、自然と打ち解けることができるだろうと。

 それが、まさか。

 あんなことを言われる未来が待っていようとは、夢にも思わない。





◇花の散るらむ◆

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