22.こっちとそっちの真ん中なんだ


 試合前のミーティングで、今日の試合を戦い抜くメンバーの采配が伝えられた。やはり同地区ではバッテリーを組まぬよう配慮がなされているようで、西東京と東東京で被らぬようになっている。

 ベンチの中で試合の準備を整えていると、兄が隣に腰を下ろした。


「名前それ似合ってんじゃん」
「へへ、お兄ちゃんとお揃い」


 頭に乗せたキャップの鍔を摘んでみせる。
 最後に同じチームキャップを被ったのは、一昨年、兄が甲子園に行った時だと思う。稲実側のスタンドで。稲実の応援団の中で。兄の死闘を見届けた。

 あれからもう。二年も経つんだな。
 

「お兄ちゃんと同じベンチに入るの、もしかして生まれて初めてじゃない?」
「んー、そうだね。まだガキの頃にお前がちょろちょろしてベンチに遊びにきたことは何回もあったけど」
「あは、懐かしい」


 あの頃の光景が蘇る。
 朝から晩まで野球に夢中な兄の姿を、朝から晩まで追いかけていた日々。楽しかったことばかりではなかったはずだ。辛いことも苦しいこともあったはずだ。あったはずなのだけれど。思い返せばいつだって、あの日々はきらきらと目映く輝いている。

 わたしの。一生の、宝物だ。


「試合終わったら一緒に写真撮ろうね、このキャップ被って」
「ん、いーよ」
「それでいつか結婚式のムービーで使うの。お兄ちゃんと一緒に国際試合! って」
「はぁ?! 結婚式?! いつの話して⋯⋯却下!」
「えー? じゃあカルくんと撮るやつにする」
「はぁぁ?! 俺とのにしろよ!」
「あはっ、どっちなの」


 兄の言い振りに笑っていると、ベンチの奥から来た一也くんに「おーいお前らー。コントしてるとこ悪りぃけど、そろそろだぜ」と声を掛けられる。
 
 第一試合は西東京の投手で継投となる予定で、捕手は帝東の乾さんが務める。では生粋の捕手である一也くんがどこを守るのかというと。
 

「ファースト⋯⋯って、はじめて?」
「多分。記憶にある限りではな」
「わたし初めて見るよ、一也くんが試合でキャッチャー以外するの」
「何か違和感ありまくり。変に緊張するわ」


 と少しも緊張していなさそうな表情で告げて、彼は、彼らは、グラウンドへと駆けて行く。

 試合前の整列。キャプテン乾さんを先頭に、隣に一也くん、三人飛んで兄が並んでいる。その光景に、わたしは思わずひとり言を溢していた。


「うわあ、一緒に整列してる⋯⋯大変だ⋯⋯」


 シャッターをただひたすらに無心で切る。
 一瞬国友監督の視線がこちらに向いたような気がしなくもなかったけれど、咎められはしなかった。情状酌量だろうか。完璧な記録を付けてみせますのでご勘弁、ということにしておこう。

 そうして始まった親善試合。
 
 先発楊さんが三回を無失点に抑え、その裏三点の先制点をもぎ取る。四回で楊さんから今井さんに代わったのと同じくして、アメリカチームも投手交代となる。手元のオーダー表に視線を落とす。
 

「コン⋯⋯ラ、ッド⋯⋯って読むのかな。心の底から片仮名で書いてほしい⋯⋯」


 ぶつぶつと呟きながら、マウンドに上がったその人物を見る。
 
 体格の良い選手が多い相手チームの中でも一際目を引く長身。腕も長く、球速も兼ね備え、そして左のサイドスロー。その軌道はベンチからでもわかるほど特異なものだった。

 コンラッドから得点を奪えぬまま、勢いに乗った相手に五回で逆転を許す。二点ビハインドで迎える七回、ついに兄が登板する。

 相手投手が交代してからというもの、ベンチの中の兄からは異様な“何か”が立ち昇っていた。初めて間近で見る。これが兄の。静かに研ぎ澄まされていく、闘志とでも呼ぶものなのだろう。

 触れればピリリと痛んでしまいそうで、わたしは声を掛けることができなかった。だから、心の中で声にするのだ。マウンドに向かう兄の背中に向かって。

 お兄ちゃんの野球、見せつけてきてね。と。

 こうしてマウンドに上がった成宮鳴と。似合わぬ一塁を守る御幸一也。


「うわあ、仲間として同じグラウンドにいる⋯⋯た、大変だ⋯⋯」


 その光景に、わたしはまたしても思わずひとり言を溢していた。
 
 兄の投球は流石としか言えないもので、アメリカチームの動揺がわたしからでもはっきりと見て取れた。誇らしい。もしわたしが沢村くんであれば、「どーです皆さん! これがわたくしの兄、成宮鳴!」から始まる自慢ばかりの口上を球場全体に響き渡る大声で叫んでいたところだ。

 そんなわけで、早々に二者凡退とし迎えた四番。きっちり二球で追い込み、三球目。これで打ち取ったかに見えた、その直後のことだった。

Contents Top