そしてあろうことか、彼はそのままわたしの足首を──つんつんとつついた。
「〜〜〜〜〜〜っ!! な、何でつっつくの」
「強がるもんだからつい。⋯⋯捻ったか?」
「っううん、大丈夫」
「へえ、そう」
「〜〜〜〜〜〜っ!!! な、何で二回も」
「ほれみろ、大丈夫じゃねえだろ」
降参です。白旗ひらひら。
だからもうイジメないで。
「ご、ごめんなさい御幸先輩! 名前ちゃんが怪我しちゃったの、私のせいなんです⋯⋯!」
「春乃ちゃん、わたしが鈍くさかっただけだよ。気にしないで」
「そーそー。コイツが鈍くさかったせいだから」
「⋯⋯一也くんに言われるとすごく否定したくなる」
「なんでだよ」
歩けるか? と問われ、痛めた足に恐る恐る体重を掛けてみる。痛い。しかし痛い。眉根が寄らないよう努めるので精一杯だ。
歩けないことを認めたくなくて、唇を結ぶ。選手を支えるマネージャーが怪我をしてどうするというのだ。
「しゃあねぇな、おぶってやるよ」
「えっ」
「ほら早くしろよ。その足、早めに冷やさねぇと」
その上、選手に運んでもらうなんて。情けないにも程がある。そして、想い人にこんな形で背負われるというのは、非常に恥ずかしい。
できれば謹んでご遠慮したい。
ケンケンで頑張るとか。せめて肩を貸してもらうとか。
「いや、でも、」
「ったく、何意地張ってんだよ」
呆れ顔の彼が、突然わたしの腰あたりを掴んだ。え、と声を発する暇もなく、ひょい! と身体が宙に浮き、そのまま彼の肩に担がれる。
「っわあ! ちょっ、ちょっと一也くん!」
「はっはっはっ、お前が素直におぶさらないからだよ! 思ったより重たくないから安心していいぜ」
「な、一也くんのバカ〜〜〜〜!」
絶叫が、青空に吸い込まれた。
お尻のあたり、というかもうほぼお尻に回された力強い腕を意識してしまうのは、わたしだけだろうか。彼の様子を肩越しに窺うけれど、まるで気に留めた素振りがない。
それが少し切ない。
不安定な身体を支えようと彼のユニフォームの背にしがみついた手に、その切なさを上乗せして。より強く、ぎゅうと握る。
程なくして、手近なベンチに案外優しく降ろされた。優しいのか意地悪なのかどっちなんだ、と思ったけれど、体重のくだりさえなければ優しさでしかないような気がする。
体重のくだりさえなければ。
あっという間に靴下を脱がされ、どこから持ってきたのかアイシングがあてがわれる。
素肌に触れる彼の指先に。足を支えてくれる彼の大きな手のひらに。緊張して、ドキドキして、鼓動が速くなる。
一也くんがわたしの足に触れている。
目の前のその光景に現実味が持てない。彼が触れたところから、表し難い感覚が背筋を駆ける。
それに耐えることができず、わたしは口を開いた。
「一也くん、ごめんなさい。これじゃ立場がまるで逆だね」
「別に謝ることじゃねぇだろ。まあ鈍くさかったことには変わりないけどな。だからそんな顔すんな」
思い返しても本当に鈍くさかった。春乃ちゃんのことをとやかく言える立場ではない。
俯いたわたしの前髪に、彼の声がかかる。
「⋯⋯結構腫れてきちまったな。痛いだろ。一応病院行っとくか?」
「ううん! 大丈夫です! もう大丈夫!」
「けど、しっかりしたテーピングしないと歩けねぇだろ? 俺、あんま上手じゃないし」
誰か上手いヤツいたかな、と彼が顔を上げるのと。ベンチに近づいて来ていた人物が声を出すのが、ほぼ同時だった。
「⋯⋯俺がやろう」
「クリス先輩。⋯⋯すんません、頼んでいいスか」
「ああ。御幸は練習戻っていいぞ、そろそろ休憩終わる頃だろう」
「ッス!」
わたしは物珍しい心地でその遣り取りを眺めていた。一也くんがすごく素直だ、と。
滝川クリス優。
それがこの人の名前だ。シニア時代、一也くんが唯一勝てなかったチームで捕手をしていた人。兄とも対戦したことがあるし、その強さは抜きん出ていたから、知っている。