22.こっちとそっちの真ん中なんだ


「え? わたしも一緒にいいの? わーい!」
 

 試合後の日米集合写真。
 日本チームの選手たちからおいでおいでと手招きされ、跳ねるように駆け寄る。

 楽しかった。幸せだった。ずっと観ていたかった。けれど、終わってしまった。一抹の寂しさをベンチに残し、皆の輪に加わる。

 
「これで全員いるか? いたら並べよー、あ、キャプテン同士前行けば?」
「待って、山岡がまだトイレから戻ってきてない」
「あいつ一人くらい居なくたっていいだろ、さっさと撮っちまおうぜ」
「うわ、チームメイトのくせにひでぇ」

 
 という皆の会話を聞いたカメラマンが、律儀に山岡くんの到着を待ってくれる。その間、不意に生じた空白の時間。集まりかけていた選手たちが好き放題散らばる中、わたしは偶然近くに立っていたコンラッドを見上げていた。

 こうして近距離で見てみると、本当に。
 
 
「おっ⋯⋯きい⋯⋯!」


 思わず声に出していた。
 それに気付いたコンラッドがわたしを見下ろす。不思議そうな眼差しでじいっと見つめ、それから僅かに首を傾げる。

 
【⋯⋯? 小学生か? 誰かの妹が見学にでも?】
「えっ、何? エレメンタリースクール⋯⋯? ううん違うよー、あいむあはいすくるーすちゅーでんと!」
【ワォ、高校生だって? 冗談だろ?】
「あ、その笑い方⋯⋯さては『高校生だって? ハハハ冗談だろ?』って思ってるな〜〜〜?」
 

 わたしは日本語。コンラッドは英語。互いに一歩も譲らず母国語を喋る。果たして会話として噛み合っているのかは定かではないけれど、まあ何となく通じてはいる気がする。
 
 というかいくら日本人が諸外国に比べ幼く見えるとはいえ、せめて中学生に間違われたかったものである。カルくんだって大人っぽくなった──あくまでもおっぱいがだけれど──と言ってくれたのに。

 そんな気持ちも込め、ぷりぷりとジェスチャーで示す。コンラッドはまたもや「ハハハ」とアメリカンに笑った。未だにわたしが高校生ということを信じていなさそうである。悔しい。

 
「ていうか何センチあるんだろう?」
【何だ? 俺の背が高いって?】
「仙泉の真木さんくらいかな?」


 背伸びをしながらぐーっと手を伸ばし、背比べをするように手を翳す。その時、向こうから山岡くんが走ってくるのが目に入る。各々時間を潰していた選手たちも改めて集まって来て、一気に密度が高まる。

 わたしも写れる場所に移んなきゃ、と思った矢先、コンラッドが「ヘイ」と話し掛けてきた。


【この中でその背じゃ埋もれるんじゃないか? 写真に写らないだろ】
「えっ、何? ⋯⋯わっ、きゃーーー?!」

 
 突然脇を抱えられ、そのまま身体が宙に浮く。
 
 やはり表情とジェスチャーだけでは限界もあるようだ。何がどうしてこうなったのか甚だ不明ではあるけれど、とにかくわたしは、今この歳にして人生最高にアクロバティックな高い高いをして頂いている。
 
 
「かっ、一也くん〜〜〜! っていうか高⋯⋯っ!」
「あっはっはっ、何してんだ名前のやつ」
「笑ってないで助けて〜〜〜!」


 どうやら写真で目立てるように肩車でもしようとしてくれたらしい。しかしその振る舞いからもわたしを本当に小学生だと思っていそうである。切ない。向こうの小学生は一体どれほど大人っぽいというのか。勘弁してくれ。
 
 笑っているばかりの一也くんとは対照的に「ちょっとちょっと?!」と飛んできた兄に何とか地に下ろしてもらう。「何であーなったわけ?!」「わかんないよー、本場の英語すぎるもん」なんて。授業でのリスニングとはワケが違うことを嘆く。ちなみに「お兄ちゃんはわかる?」と訊ねてみると、「はあ? わかるわけないじゃん」と一蹴された。

 「お前はここ!」と最前列、兄の隣に配置され、何枚か写真──聞くと写真は後から貰えるという──を撮り終える。その後はまさに“親善”という単語がぴったりの談話アンド個人撮影会が始まった。

 その時になって、大事なことを思い出す。
 
 
「あ! 一也くん! 忘れてた!」
「? 何だっけ?」
「沢村くんたちからの餞別!」
「⋯⋯?」


 ベンチに戻り、一也くんのエナメルバッグを漁る。二日前。東京選抜招集の日。単身乗り込む一也くんを激励に来てくれた沢村くんと降谷くんが、大量に持たせてくれたものが入っているはずだ。
 

「あった! ほらこれ」
「ああ、そういやあったな。忘れてたわ」
「配ろう配ろう」
「ああ、お前も一緒にな」
「うん? ⋯⋯あ、さては一也くん、人見知りしてるの?」


 一瞬、図星だと言わんばかりに彼の顔が強張る。だってお前、バリバリの英語だぜ? なんて台詞が聞こえてきそうだ。しかしすぐにいつもの表情に戻り、「まあ俺じゃお前みてぇに高い高いしてもらう高度なコミュニケーション取れねえしなぁ」なんて揶揄ってくる。


「ふふ、コミュニケーションが取れなかったからこそああなったのですけれど」


 まあしかしこういうのは勢いだってよく聞くし、と取り敢えずにこにこしながら「試合お疲れ様でした、どうぞー!」と一也くんの持つ袋を掲げてみせる。アメリカ選手が中身を覗く。その途端、「Wow!」と陽気な声が上がる。

 
「Ohー! ハイチュウ!」
「HI CHEW!!」
「ハイチュサーン!」


 口々に感嘆が述べられ、たんまりと入っていたハイチュウはものの見事に完売する。その人気っぷりにわたしたちはぽかりと口を開けてしまった。

 
「すごーい⋯⋯」
「これが世界のハイチュウさん⋯⋯」

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