テーピングと自然経過で、受傷時と比べると随分動き回れるようになったものの、まだ治癒したとは到底言えない。これ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、あまり動かずにできる仕事をやらせてもらっていた。
今はティーバッティングの補助をしている。
時刻は全体練習のあとの、自主練の時間。誰に言われたわけでもないだろうに、皆それぞれ自主練に打ち込み、遅くまで汗を流す。あのハードな練習の後なのに、本当に尊敬する。
ポン、と球を放る。それをバッドが捉え、次の瞬間にはネットに吸い込まれる。ただ放ればいいわけではない。各選手に応じたそれぞれのやり方がある。打ちやすい球を。望む位置に。望むスピード、望むテンポで。
最近それを把握できるようになってきた。今打っている先輩は、二軍の二年生。夏が近づき、一軍へ上がるチャンスをものにしようと焦りが出始め、最近は調子を崩していた。苛立っている様子が、見ていて辛かった。
この状況を打開する糧に少しでもなれば、と。この数日近くで見ていて気付いたことを、思い切って伝えてみる。
「先輩。その軸足の角度って、あともう少しこっち向きだとどうですか? 最近、少しだけ窮屈そうな打ち方に見えて──」
「うるせえな」
わたしの言葉を遮ったのは、鳩尾に響くような重たい低音だった。うるせえな。その一言に、さあっと血の気が引く。
「自分で野球したこともないようなヤツに、そんなこと言われたくねぇ。黙って球放っときゃいいんだよ」
「⋯⋯そ、うですよね、ごめんなさい⋯⋯出過ぎたことを言いました」
「なんか気分悪りぃ、もういいわ」
「⋯⋯はい」
痛い。先輩の言葉が突き刺さる。
その棘は身体のあらゆる場所に刺さって、視界を歪める。指先の感覚がない。恐怖なのか羞恥なのか、よくわからない感情に支配される。
その場にいることができなくて、室内練習場を飛び出た。外はすっかり暗くなっていた。それが今はありがたい。こんな顔、誰にも見せられない。
逃げるように走る。
泣かない。
泣かない。
全部本当のことだ。
わたしはずっと見ていただけで、自分で野球をしたことはない。兄とした、お遊びのキャッチボールくらいだ。
すべてを懸けて野球をしている。
それでもレギュラーになれるのは、ほんのひと握りの選手だけ。皆それはわかっているはずだ。
しかし理解と受容はまったくの別物だ。
努力しても、努力しても、報われない。苦しい日々の連続。先の見えない真っ暗なトンネルを、毎日毎日走り続ける。
そんな時に、ぽっと出のマネージャーに指摘されれば腹も立つ。軽率だった。他の選手を通じて伝えてもらうとか、もっと言い方を変えるとか、やり方はあったはずなのに。
「でも⋯⋯悔しいな」
力になりたかった。ただそれだけが、相手を傷つけてしまう。こんなふうに思われてしまう。悔しい。
「悔しいよ⋯⋯」
ずきん。ずきん。
足首が痛む。心臓が痛む。こころが痛む。
指先の震えがおさまらない。ぐぐっときつく拳を握る。爪が手のひらに食い込んで、痕を残す。
おさまれ。おさまれ。
「おさまって⋯⋯」
拳を抱え込むようにして、その場にしゃがみ込んだ。