その日の夕方遅く、空の色が夜に向かい濃くなっていく頃だ。部員全員が室内練習場に招集された。本日の試合結果も踏まえ、ついに一軍入りのメンバーが発表されるのだ。
ピリついた空気が刺さる。選手たちの顔には緊張が明らかだった。気づけばわたしまで手のひらを握りしめていて、そこには薄っすら汗が滲んでいる。
「一軍昇格メンバーは⋯⋯」
片岡監督が、真っ直ぐに選手たちを見据えながら芯のある低音で語る。監督の声以外の音が何も聞こえないと錯覚するほど、皆微動だにせずその声に集中している。
「一年小湊春市、同じく一年沢村栄純。以上だ」
ぐわん、と空気が大きく揺れた気がした。
それぞれの心情が空気を湾曲させ、足元が歪む感覚さえする。
「選ばれなかった三年だけここに残れ!」
監督に言われるがまま、歪んだままの地面を踏みしめ、外へと足を向ける。沢村くんは、歯を食いしばり拳を固く握りしめ、俯いたまま動かない。それを見たもっちー先輩が蹴っ飛ばし連れて行く。
外へと出る。夜の色がより濃くなり、満月が浮かんでいた。
足元の歪みに負け、わたしは入り口の横でしゃがみ込む。覚束ないのが足元なのか、こころなのかわからない。
二年半、その殆どすべてを野球に費やしてきた先輩たち。その努力、葛藤、苦しみは、ひとえに甲子園を目指し、レギュラーを目指し続けた強さの証明であり、彼らの結晶だ。
その歳月を越えてきた先輩たちの今の気持ちを考えると、立ち上がることができなかった。
ふと隣を見ると、沢村くんもその場で立ち尽くしていた。クリス先輩のことを想っているのだろうと、察するに余りある。
遠くから、先輩たちに語りかける監督の声が聞こえる。
「辛く悔しい想いなどいくらでもしたことだろう。だがお前らは決してくじけず、最後までこの俺についてきてくれた」
「これからもずっと⋯⋯俺の誇りであってくれ」
全身が痺れるような衝撃だった。
このひとは、監督は──
涙の落ちる音がする。
先輩たちから、監督の胸の内から、その想いを受け取った一軍選手から、沢村くんから。落っこちてくる音がする。
静かで、優しく、そして強かな音だ。
それに引っ張られ零れそうになる涙をぐっと堪える。
夏の本戦はこれからだというのに、先輩たちの夏は──ここで終わり。こんなに厳しく残酷な現実が、裏側に隠れているなんて。
両膝に顔をうずめる。
ザリ、と足音がして、その直後。
頭上から、結城先輩の声が降る。
「俺たちにできることはただひとつ⋯⋯選ばれなかったあいつらの分まで、強くなることだ」
沢村くんに向けられたその言葉に、わたしはそっと顔を上げた。一軍の先輩たちの強い瞳のなかで、確かな覚悟が静かに揺らめいている。
託された想いを受け止める強さ。
背番号を手にするということは、そういうことなのだ。
壁に背を預け黙っていた一也くんが、一歩、沢村くんに近づく。
「これでもう、とことん突き進むしかなくなったな。俺も⋯⋯お前も」
クリス先輩の分まで戦い抜くと決意した一也くんの強い眼差しを、わたしはしっかりと脳裏に焼き付けた。
強くなろう。沢村くん。
みんなで一緒に。
このひとたちと一緒に甲子園を目指せることが。心底尊敬できる選手とともに在れることが。
──幸福だと思った。
◇涙の降る音◆