相手の徹底したインコース攻めの結果、四球で結城先輩が出塁する。攻めにいった結果としての四球は、大きな意味を持つという。
一也くんは、続く増子先輩を「アウトコースの球を打たされるな」と予測した。その直後だ。外の変化球に手を出した増子先輩が、──ファーストフライに終わった。
的中した予想に、沢村くんは驚きを隠せない。本当にわかりやすい子だ。表情が豊かで、良くも悪くも素直である。
「な? 奥が深いだろ、ピッチングってやつは」
打席に向かいながら、一也くんが言う。ピタリと予想を当ててみせたことで、凄まじい説得力がある。
しかしながら、未だにノーヒットの彼である。ここらでひとつ、打ってほしい。結城先輩の二塁への盗塁のおかげで、彼の集中力も爆上がりなはずだ。
「一也くん、狙ってきそうですね」
「ああ。相手はどうピッチングを組み立ててくると思う?」
「ええと⋯⋯一也くんは今日まだ打ってないし、今がインコースだったから⋯⋯アウトコースで勝負にくる? うわ、その球きたら一也くんすごく打ちそう」
「フフ、そうだな」
捕手が構える。アウトコースだ。投手が振りかぶる。一也くんが、──右足を思い切り踏み込んだ。
カッ!
と、小気味いい音が響いた。
左打ちの一也くんへのアウトコース。そこへ投げ込まれた球が、ライト線に沿うように飛んでいく。
「なんて強引な。無理矢理引っ張ったよ今の⋯⋯」
抜群のバッティングセンスを見せる小湊くんさえ驚いている。
「──かっ、こいい」
気づけばそう呟いていた。
鳥肌が立った両腕を抱えるように、背を丸める。なぜこんなに格好いいのだろう。自分を抱き締めるようにして、その身震いをやり過ごそうとする。
「⋯⋯泣くな、苗字」
「泣いてません。でもちょっと、⋯⋯苦しいです」
「⋯⋯ああ」
苦しい。このままでは一也くんに殺されてしまう。でもそれもいいか。いやよくないか。纏まらない思考が物語るのは、ただただ、彼への想いの大きさだった。
この苦しさから逃れられないまま、桐生戦は【桐生 十四−青道 七】という結果で幕を閉じた。
合宿の最終日は、青道、稲城実業、修北の三チーム総当り戦となっていた。
稲実ということは、そう、兄がいるチームである。兄に会うのは、春休み以来だ。青道に入学してからは、兄が野球をする姿をまだみていなかった。
互いに主力を温存したまま対稲実戦が終わり、選手たちの昼食の準備を手早く済ませたわたしは、兄の姿を探していた。第二試合の稲実対修北で、兄はおそらく投げる。その前に声をかけたかった。
「ん、名前ちゃん、ウロウロしてどーした?」
「もっちー先輩。ちょっとお兄ちゃん探してて」
「兄ちゃん? って?」
「え?」
──あれ?
兄が“稲実の成宮鳴”であることは、もっちー先輩には話していなかっただろうか。
だとしても入部してから暫く経つし、適当なところで適当に誰か──といっても、もとから知っているのは一也くんか副部長くらいか──から聞かされ、皆知っているものだと思っていた。
彼と一緒にいた一也くんに尋ねてみる。
「一也くん、みんなに言ってなかったの?」
「ああ、別に言うことでもないだろ。お前はお前だし」
「わたしはわたし⋯⋯」
成宮鳴の妹。
彼の中で、わたしのポジションがそこから動くことはないと思っていた。けれど。わたしを、わたしとして見てくれていたというのか。
じんわりと胸があたたかくなる。
そして、他人の情報──と言うほど大袈裟なものでもないけれど──を軽々しく口にしない彼と副部長を好ましく思った。
「あれ、でも、じゃあ皆にはなんて言ったの?」
傍から見たら、先輩(一也くん)に対してこんな態度を取っている後輩(わたし)である。どんな関係なのかと聞かれそうなものだけれど、どんな説明をしていたのだろう。
「え? なんてって⋯⋯俺のファン」
ぷくくと笑って、語尾にハートさえつけて彼は言う。
「やっぱり⋯⋯」
まあ、ファンであることにも変わりはないか。幸いそのことで周りにイジられることも今のところないし、いいや。いいことにしよう。
皆様の揶揄ったりしない寛大なお心に感謝していると、もっちー先輩が「オイ、あそこ」と指を差した。