08.トワイライト


 様子を覗い見るように彼の顔を覗き込む。眼鏡に夕空が反射している。風はほとんどなく、雲は動かない。美しい情景だ。その美しさに、ほんの一瞬だけ息を呑んだ。


「⋯⋯一也くん。目が夕陽の色になってる」
「は?」
「ふふ、綺麗」


 彼のユニフォームを抱いたまま、わたしも横になってみる。アスファルトにあたった後頭部が痛くて、少し笑える。

 笑えるのに、何故か泣いてしまいそうになった。

 わからないことばかりで、考えすぎて、もう限界かもしれない。一也くん。あなたへの想いで、──壊れちゃいそうだよ。

 何も言えずにいると、暫くして彼が口を開いた。


「⋯⋯お前さ」
「⋯⋯ん?」
「信じてるか?」


 ──俺らの甲子園。


 それまで流れていた世界の音が止まって。

 彼の唇がそう動いた。

 上体を起こして、彼のユニフォームを抱いたまま、真っ直ぐに彼を見下ろす。

 
「信じてるよ」


 ほんの僅かの迷いもなく、わたしは告げる。先程まで吹いていなかった風が、ざあ、と髪を攫った。


 
「信じてる」



 何度だって言える。信じている。彼の野球、そして彼自身に対する想いが、揺らいだことなど一度もない。

 苦しい。
 苦しい。

 溢れて、溢れて。

 もう、溺れてしまいそうだ。


「⋯⋯一也くんは、ほんとにずるい。なんでそんなこと聞くの⋯⋯わかってるくせに」
「⋯⋯名前」
「わかってる、くせに⋯⋯」


 彼ははっとしたように目を開いて、慌てて起き上がった。視界が滲む。ぼやけてしまった世界の輪郭の中、夕陽の色した彼だけが浮かぶ。


「もう、一也くんの意地悪! ばか! あんぽんたん! 人でなし!」
「わ、わかったから叩くなって」


 べしこべしこ! と、彼の胸を手のひらで打つ。彼は困ったような、どこか辛そうな表情をした。

 その手をそっと、しかし確かに掴まれる。


「名前、ごめん。わかってるから⋯⋯そんな顔すんな。お前のその顔、弱ぇんだよ」
「⋯⋯そんなの知らないもん」
「⋯⋯名前、頼むから」


 切なそうな彼の声がそっと触れて、


 ──わたしを包んだ。

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