08.トワイライト


 震える声が、こいつの心を映しているようだった。

 出来ることならこのまま、俺のこの気持ちをぶつけてしまいたい。自分でも掴みきれていない想いを、不甲斐ない独占欲を、いっそのこと全部。

 きっとこいつは、それでも笑って受け止めてくれる。⋯⋯いや、この思考も慢心の産物だな。自嘲が落ちる。

 思慕を言葉にすると、こんなに心に浸透し、ぬくもりを与え、打ち震わせるのだということを。俺はたった今、身を持って実感した。せめてこれくらいは返してやりたい。これまで散々、振り回してきてしまったのだから。


 ⋯⋯馬鹿みてえ。


 野球から離れると、こいつと居ると、まるで自分が分からなくなる。格好つかないことばかりだ。

 髪で隠れた耳朶を顕にするように、髪を梳く。夕陽よりも赤く染まったそこに唇を近付けると、擽ったかったのか名前は身を捩った。

 耳元でそっと告げる。


「少しだけ、時間くれるか?」
「じかん?」
「夏の大会終わるまで待ってろ」
「待つって何を⋯⋯ていうかもうわたし、この状況限界なんだけど⋯⋯ちょっと、心臓が、もう無理です。いい加減どういうつもりなのか教えて」
「⋯⋯お前は鋭いんだか鈍いんだかどっちだよ」
「曖昧な言い方する一也くんが悪いもん⋯⋯これまで何回期待しないように頑張ってきたと思うの」
「だから、待ってろっつったろ。いいか? どこにも行くんじゃねえぞ」


 言いたいだけ言って、ぱっと腕を解く。こいつがずっと抱えていたユニフォームをすっと持ち、そのまま立ち上がって階段を降りる。


「ユニフォーム、サンキュな」
「ちょ、ちょっと! なにその言い逃げ! 全然わかんないし⋯⋯って既に遠い! 一也くんってば⋯⋯もう〜〜〜〜〜〜!」


 声だけが追いかけてくる。

 こんなに格好つかなくて悪りぃな、名前。

 自分の気持ちに、きちんとケジメをつけたい。俺から迎えに行きたい。しかし生粋の野球脳では、大会中はどうやったって十分な考えが及ばない。我儘は承知の上だ。


 少しだけ、もう少しだけ。

 ──待っててくれ。





 ◇トワイライト◆

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