09.夏が世界にこびりつく


「⋯⋯って、あの、切り離すって?」
「そう、それが本題。あなたたちに頼みたいことがあるのよ」


 キイ、と高島先生の椅子が鳴る。美しいお御足を組み、眼鏡に指先を添えて先生は言う。


「夏の大会中、ウチと当たる可能性のある各校の偵察⋯⋯つまり情報収集をお願いできないかしら?」


 情報は宝だ。
 それは時に、命より重い価値を持つことがある。と、以前観た大河ドラマで誰かが言っていた。情報があるチームと、全く無いチームとでは戦い方がまるで変わる。選手に与える精神的な影響も大きい。

 情報は、宝だ。


「わたし、もですか? ⋯⋯そんな大事な仕事、お役に立てるかどうか」
「大丈夫よ。ビデオも回して貰いたいし⋯⋯それに貴女、おじさんと仲良くなるの得意でしょう?」
「ちょっ、せ、先生! 言い方!」
「フフ」


 誤解を生むような言い方をしないでいただきたい。しかもこんな職員室の真ん中で。そんなに白昼堂々と。そして先生はこの笑顔である。絶対に揶揄っている。絶対に楽しんでいる。なんて食えないお姉さまなんだ。


「予選であっても、必ずスタンドには情報が集まるわ。どんなに些細な情報でも構わない。去年、ウチのグラウンド周りで磨いた対おじさんスキルを、存分に活かす絶好の機会よ」
「えっと、磨くとかスキルとかそういうんではないんですけど⋯⋯」


 高島先生は案外天然の毛があるのだろうか。掴めない。掴めなさすぎる。

 しかし確かに、土日に限らず、高校野球ファンが予選から球場漬けになっていることはよくある。各校贔屓の応援も駆けつけるし、父母だって多い。
 

「それから、試合を観て気付いたことはクリス君に伝えて、皆がわかるように『言葉』にして持って帰ってきてちょうだい」
「はい」
「ウチの試合と被る試合に関しては私が行くわ。二人じゃ手が足りない事もあるでしょうから、追加の人選はクリス君に任せるわね」
「わかりました」


 こうしてわたしは、偵察部隊特攻員──対おじさん用(?)──に任命されたのである。

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