09.夏が世界にこびりつく


「ね、お兄ちゃん。怪我だけはしないでね」
「当たり前じゃん」
「⋯⋯約束だよ」


 こんなことを約束されても困るというものだけれど、そう言わずにはいられなかった。


「⋯⋯名前、何弱気になってる? 俺が取り損ねるようなピッチャーライナーなんて打たれるわけないだろ。⋯⋯⋯⋯一也だってダイジョーブ、あんな性格してるやつは怪我なんてしないの!」
「あはっ、一也くんの名前出すまですごい溜めたね」
「出したくないに決まってんだろ!お前がしょんぼりするから仕方なく言ってやったの!」
「うん。ありがと」
「わかればいーよ」


 甲子園まであと三戦。あと二試合を勝ち抜き、最後に決勝で稲実を下さなければならない。毎戦毎戦が濃くて、その道のりが果てしなく遠いように感じる。しかし毎日は同じ速度で進んでいて、その日は必ずやってくる。

 夏が終わってほしくない、と。こんなに強く思ったのは初めてだ。これまで野球を観ていただけの日々では想像できなかった心境に、戸惑う。


「もう平気か?」
「復活しました! もう弱気にはなりません!」
「よし。じゃあ、またな」
「うん。おやすみ」


 兄の言葉を抱くように、携帯を胸元に握り込む。不器用な優しさが嬉しかった。

 どうか一秒でも、お兄ちゃんの、一也くんの、このチームの夏が長くありますように。

 敵同士ではあり得ない矛盾をはらんだ祈りを、そっと呟いた。





 ◆夏が世界にこびりつく◇

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