10.最後の夜に、ならないように


 轟親子が率いる薬師高校。
 大巨人、真木洋介を擁する仙泉高校。

 激戦の末に二校を撃破し、青道は三年ぶりの決勝進出を果たした。準決勝を終え、荷物を持ち一度球場の外に出る。力投した沢村くんの荷物を抱えていたわたしは、気になる集団を見つけ足を止めた。


「うわ! 急に立ち止まるな苗字! 危うく弾き飛ばしちまうとこだったぞ!」

 後ろを歩いていた沢村くんに怒られる。

「あ、ごめん。ねえ、あの子たちもしかして」
「⋯⋯! お、お前ら⋯⋯!」


 彼らの姿を見た途端、沢村くんの表情がぱああと明るくなった。よくわからない叫び声を上げながら駆け寄っていく。

 やっぱりそうだ。試合中、スタンドから沢村くんに声を掛けていたからもしかして、と思っていたけれど。彼の地元の友だちだ。

 ということは、だ。
 あの紅一点が、噂の若菜ちゃんか。ショートカットが似合う、大きな目。可愛い。これは大変だ。一大事だ。もっちー先輩にお知らせしなければ。

 謎の使命感に駆り立てられ、わたしは駆け出した。





「⋯⋯いた! もっちー先輩〜〜〜〜〜!」
「おお、どした? そんな走って。つーかそのでかい荷物持って走ってたら転ぶぞ、」


 名前ちゃん運動得意じゃねえんだから。と続いた言葉は、わたしが地面と痛々しく奏でた音に見事にかき消された。


「ホレ見ろ言わんこっちゃねえ!」
「毎度毎度何やってんだお前は」

 なんだかんだもっちー先輩と一緒にいることの多い一也くんにも見られてしまった。

「ご、ごめんなさい⋯⋯そして痛い⋯⋯」


 周りにもたくさんの人がいたものだから、「わあ痛そう」とか「ハデにコケたなー」とか、くすくすと笑い声が聞こえてくる。穴があったら入りたい。

 
「大丈夫か? よし、荷物のおかげで顔は無事だな。足擦りむいたんじゃねえの? ⋯⋯ほらやっぱ血ィ出てる」

 
 屈んだもっちー先輩が、わたしの膝を覗き込む。その瞬間、捻挫してしまった時のことが蘇った。またやってしまった。選手を支えるマネージャーが、こうも怪我ばかりでは話にならない。


「大丈夫です! 今回は真っ直ぐに転んだだけなので!」
「ヒャハハ、前は球踏んづけてたもんな! ⋯⋯いやでも、消毒とか絆創膏とかいんだろ」
「持ってます! マイバッグに!」
「準備はいいのな。貸せよ、やってやっから」


 何故このチームの先輩たちは、こうも面倒見がいい人が揃っているのだろう。

 しかしただの擦り傷の処置である。それに、ここへ走ってきた当初の目的をまだ達成していない。


「そんなことよりもっちー先輩! 大変です!」
「そういや何の用だったんだ?」
 貸せよ、の形で手を出したまま彼が問う。

「⋯⋯若菜ちゃんです」
 わたしは声を顰めて告げた。

「わかな?」
「⋯⋯沢村くんの、あの例の若菜ちゃんが、来てるんです。ここに、今まさに」

 
 何ィ?! と突然凄まれた。
 さすが元ヤンチャボーイ、凄むと怖いです。やめてください。


「で、どうだ?」
 キリリと効果音がつきそうな表情だ。

「可愛いです。是非会ってきてください」
 負けじとキリリと返す。

 
「⋯⋯お前ら何のコントしてんの?」


 痺れを切らしたのか、呆れ顔の一也くんが口を挟んだ。屈んだままもっちー先輩が顔だけで一也くんを振り返る。素晴らしく堂に入ったヤンキー座りである。


「御幸は? もう会ったか?」
「いや、俺はいいよ。そこまで興味ないし」
「⋯⋯まあ、お前はそうだよな」


 ちら、ともっちー先輩の視線が動いてわたしを見つめた。何ですか? と首を傾げると、彼はニヤッと笑った。


「じゃあここはお前に任せて、俺は若菜見てこよーっと。あ、その沢村の荷物は俺が持ってくわ」
「えっ、わ、ありがとうございます⋯⋯って速いや」


 背中がすごい速さで遠くなる。さすがチーム一の俊足を誇る男だ。立ち上がろうとすると、一也くんが手を貸してくれた。邪魔にならないように球場の壁際に移動する。


「一也くん、ただ洗って絆創膏貼るだけだから大丈夫だよ」
「いーからつべこべ言わずに貸す」
「⋯⋯はい」


 問答無用で肩に担ぎ上げられた時と同じ空気を察知し、わたしは素直に頷いた。緊張するからやめてほしい、とは言えなかった。

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