「わかったから騒がないの。よし、何度足を踏み入れたかわからぬ神宮球場です! わたしがご案内しましょう!」
そう申し出ると、降谷くんがすす、と左手を挙げた。
「あ、降谷くんもお手洗い? ⋯⋯って小湊くんもなのね。じゃあ皆で行こう」
四回戦のあと、この三人が迷子になり轟親子とひと悶着起こしそうになったことは記憶に新しい。決勝前に面倒事は勘弁だ。
というわけで、四人で仲良く皆とは別方向へ歩き出す。その場面を、目敏く一也くんに見つかった。
「こらこらお前らどこ行く! バスはそっちじゃねーぞ」
「この子たちがお手洗い行きたいって。連れてってくるから、先にバス行っててくれる?」
「母親かよ」
「ふふ。では行ってきます」
ぴしっと敬礼して背を向ける。
「待て待て! 行ってきますじゃねえだろ。お前らだけじゃダメ、すぐ迷子になるから」
「だからわたしが引率するのに⋯⋯ってその目はなあに」
「いや⋯⋯あんな盛大に転んだヤツに言われても説得力が⋯⋯絶対全員で迷子になるだろ⋯⋯」
「んぐ、言い返せない⋯⋯!」
そんなこんなで五人で連れ立つという謎のイベントが発生してしまった。一也くんが引率してくれるならわたしは要らないのだけれど、なんとなく流れでついて来てしまった。
三人がトイレに入っていく。入口横の壁に背を預けて立つ一也くんに倣い、わたしも背を壁につけた。
その時だ。「おお、御幸じゃねーか!」と大きな声がした。聞き覚えのある声だ。加えて、一也くんの身体がギクッと強張った。
まさか、この人たちは──
ぴょこりと一也くんの影から顔を出す。
ああ、やっぱりだ。
見遣った先には、稲実の二年生が豪勢に五人も揃っていた。わたしを見つけた兄が、すかさず「名前!」と呼ぶ。
「お兄ちゃん! 皆も!」
反射的に駆け出そうとした首根っこを、一也くんに掴まれる。ぐえ、と絞まった声が出た。何するの、と目で訴えると「明後日戦う相手とあんま話したくねーって⋯⋯」と彼も目で訴えてきた。
「ちょいちょい! 一也! 名前に触んな!」
「へいへい」
ぱ、と彼の手が離れる。
その隙に兄たちのもとへ駆け寄る。まだ沢村くんたちもトイレから出てきていないし、どっちにしろ一也くんも動けない。
「おお、なんか綺麗になったじゃん」
フランクに話しかけてくれたのは神谷カルロス俊樹──わたしもフランクにカルくんと呼び、敬語も使っていない──だった。
「ふふ、ありがとう。カルくんは相変わらずバッキバキだね」
「だろ?」
ムキッ! と力こぶを作ってくれた。「腹筋も見るか?」と問われ、慌てて首を振る。失念していた。彼にはすぐに脱いでしまう癖があるのだ。公衆の面前にバッキバキの裸体を晒してしまうところだった。危ない。
彼は、個性派揃いで我の強めなこのメンバーの中では、気配り屋さんで優しい。わたしにもよく構ってくれる。
「ねえねえ、さっきのナックルボールってどんなだった? どんなふうに動くの?」
「やベェよあれ、こんなんだぞ、こんなん」
彼の腕がぐにゃぐにゃと動く。その関節の動きも相当やばいのだけれど、それよりも、そんなとびきりの変顔でやらないでください。
「ぷっあはは、その変顔やめて〜〜! お、お腹が、」
とんだエンターテイナーだ。お腹を抱えて笑ってしまう。
こんなにきゃっきゃしているのに、周囲の──というか、兄の──反応がまるでない。不思議に思い、視線を巡らす。
⋯⋯なるほど。
わたしが戯れている間に、兄は矢部くんや白河くんと一緒になって一也くんによってたかり、宣戦布告をしていた。一也くんは一也くんで好戦的な笑みを浮かべているから、好敵手との前哨戦として楽しんでいるのかもしれない。
高校入学前、兄は「最強チームを作る」ため、シニアの有力選手に誘いを持ちかけた。それを受けたのがこの場にいる六人。誘いを断ったのは、一也くんひとりだけだった。自らが最強チームに身を置くよりも、強者が集まるチームと戦ってみたい。そう言ったという。非常に彼らしい理由だ。
そういう意味でも、彼らは因縁の相手なのだ。
互いに不敵な笑みを浮かべ火花を散らし終えたところで、兄が口を開いた。
「よーし、言いたいことは言ったし帰ろーっと! 名前、俺の活躍よーく見といてよね!」
言いたいだけ言って、彼らは帰っていく。
ついにここまで来た。兄か一也くんか。どちらかが勝ち、──どちらかが負ける。明後日の試合を終えてしまうのが少し怖い。その結末を見てしまうのが、少し怖い。
正直に、そう思った。